2021.11.15
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教員の意識と意欲が未来の授業を切り拓く 北海道教育大学附属函館中学校の先駆的な取組(後編)

北海道函館市にある北海道教育大学附属函館中学校(以下、同校)は、2012年度から教育現場に1人1台端末とインターネット環境を整備しているICT活用の先駆けとなる学校。2017年度からは生徒が1人1台Chromebookを購入し、クラウド環境を活用しながら授業が展開されている。後編では、前編でリポートした授業でのICT活用のねらいや、ICTを導入した経緯、当時の課題などについて、研究主任の郡司教諭、有金教諭と、白川副校長へのインタビューをリポートする。

1人1台だから実現できる学習活動

-まず、見せていただいた授業でのICT活用について教えてください。

郡司教諭 社会科の授業では、1時間1時間きっちり目標を積み上げるよりも、単元での目指すゴールに向けて進めています。今回の授業は地方自治の学習で、3~4人1組のグループごとに好きな市町村を選んで自治体の政策について調べるという内容でした。前時までに知識をしっかり習得してきたので、本時は特に情報収集の技能の習得を意図して行いました。生徒が各自Googleスプレッドシートを使ってまとめているのですが、ほとんどの生徒が適切なホームページから情報を持って来れていました。

誰がどの程度の進捗なのかをはじめ、しっかりと出典元のリンクが入っていて適切なサイトから引用しているかなど、調べ方やまとめ方を見て個別の学習状況がどうであったかを考えていきます。

グループごとに好きな町を調べるという活動には、いくらでも情報を検索できるインターネット環境が必要です。生徒たちの間でもICTは十分活用されていると思います。

数学科 有金 大輔 教諭

有金教諭 今回の数学の授業内容は一次関数と図形に関するものだったのですが、式や表、グラフを利用するとどんなことがわかるのかというまとめの段階でした。数値の変化をどうやって見取るのか、視覚的にわかるグラフや計算できる式に重点を置いています。数値の変化に合わせて図形内の点が動くことで、関数のイメージをしやすくするというねらいがあります。

ICTの活用において、社会科は情報量が必要ですが、数学は情報量があればあるほど難易度が高くなるので情報量は必要としていません。デジタル教科書のようなシミュレーションを手軽に提示できるということがICT活用の重点だと思います。

数学におけるICTを活用する一つの例として、ノートに書いたり黒板に書いたりしていたものを、授業中に私がiPadで写真を撮って生徒の意見を前に投影しながら私が書き込んで共有することもできます。こうしたことは時間短縮になるので、生徒が思考する時間が増えます。

ただ、ネットワークの接続に時間がかかったり、図形やグラフを作る際に色分けにこだわることなどへ重点がいったりしてしまうと、数学の本質とはずれてしまいます。生徒たちもだいぶ慣れてきていてこの点はあまり心配ないのですが、「今日は何を学んだのだろう?」ということになってしまわないよう、学びの根本的なところには注意が必要です。

保護者の意見が強い後押しとなって導入を決定

-多くの学校では2021年度から1人1台の活用を始めています。貴校は2021年で活用9年目になると伺っていますが、導入当初はどのような苦労がありましたか。

郡司教諭 この中で在任期間が一番長いのは私ですが、着任した時に1人1台の活用が始まったので、導入経緯については聞いている話として私からお伝えします。

9年前の導入当時は今のようなBYODではなく、学校所有のタブレット端末を1人1台貸与するという形をとっていました。1人1台の貸与を実現するにあたり、課題が大きく2点あったそうです。1つ目は、先生方の意識の問題。2つ目はネットワーク構築の問題です。

-先生方の意識の問題とは?

郡司教諭 導入の旗振り役をしていたのは当時の副校長先生だったのですが、ほかの先生は導入に否定的な方が多く、職員会議でかなり反対意見が強かったようです。先生の多くは反対でしたが、生徒の保護者にアンケートをとってみたところ、300人中、賛成280反対20で圧倒的に導入に賛成という結果が出ました。

学校内からやるぞという意見が強まって導入に至ったのではなく、学校外の声、つまり保護者の意見が強い後押しとなって導入に至ったという経緯です。実際導入しても使わない・使いたくないという先生もいたほどです。

-ネットワーク構築の問題についても教えてください。

郡司教諭 1人1台を実現するには当然学校内にインターネット接続が円滑にできるネットワークの構築が必要になります。専門業者に依頼しても莫大なコストがかかるし自前でやるにも難しいことだと思います。

当時の副校長が情報関連にとても強い方だったので、大阪のIT関連の見本市などに出向いて機器やシステムなどを見聞きして、副校長ご自身が校内に無線LAN環境と情報蓄積のためのWEBサーバの設置もされたのです。

社会科 郡司 直孝 教諭・研究主任

-当初1人1台のタブレット端末の貸与だったにも関わらず、現在は生徒自身が1人1台所有するBYODに変わったのは何か理由があったのでしょうか?

郡司教諭 取り組み始めてから月日が経つと、課題が出てきました。大きく2点あって、1つ目は、各種機器は各方面から集めたものなのですが、数年経つとアップデートができなくなり、更新する経費を準備することが難しかったことです。2つ目は、ICTに精通した副校長が転出したことでサーバの管理が難しくなったことです。

そこで、この先どうしようかという話になり、BYODに移ろうということになりました。

セキュアなクラウドサービスを利用しつつ、ネットワークとセキュリティについては引き続き学校が担うものの、端末の導入経費などについては国や自治体の補助に期待できなかったので保護者負担にならざるを得ないという結論になりました。職員会議や保護者説明会を経て学校貸与から保護者購入に変わり、安価な端末でGoogleの各種クラウドサービスを利用するためにChromebookを導入しました。

変更直後は購入しないご家庭もあり学校から予備の端末を貸与しましたが、3カ月程度するとどのご家庭も購入するようになりました。貸与ではなく所有することの必要性に気づいたからだと思います。借りていると学校のものですが買うと自分のものなので、愛着が湧いてくるのでしょう。使いやすいようにカスタマイズもできますし。

BYODによって生徒自身が考え発信するツールに

-BYODで持ち帰るようになって2021年で5年目になると伺っていますが、どのような変化がありましたか。

有金教諭 学級作業のほとんどがChromebookに変わりました。毎朝の連絡なども入力しておけばいつでも見ることができるので、朝の会で都度連絡する必要がなくなりました。ほかにも朝の会や帰りの会でやることや内容も変わってきました。例えば朝の会では1分間スピーチをしているのですが、Chromebookを活用してスピーチ内容をスライドで作ってくる子もいます。子どもたちのICTスキルもアップしましたし、クラス担任の仕事がChromebookでこと済むようになりました。すべての活動がChromebookに置き換わったと思います。

郡司教諭 クラウド環境があるという点が大きな変化を生んだと思います。例えば、以前なら動画をアップするにはサーバがある学校ではないとできなかったので、授業の準備は学校で行う必要がありました。クラウドならインターネット環境さえあればいつでもどこでも準備ができますし、職員会議の資料を家で見ることもできるようになりました。

それと、以前なら各階に用意していたプリンターで資料をプリントしていましたが、今はクラウド上にデータをアップすればペーパーレスで済みます。

時間や場所に制限されず、シームレスにリアルタイムで共有できるので、先生たちの仕事の仕方が大きく変わりました。

-1人1台の環境があることで、先生方の授業準備など仕事の仕方にも変化があったということでしょうか。

郡司教諭 2020年と2021年はコロナ禍で臨時休校になって教育現場が大きく変わったと言われていますが、私たちは日々BYODを実践してきたおかげで普段とほとんど同じでした。毎週金曜の17時までにクラウド上のクラスルームへ1週間分の課題を出しているのですが、普段からやってきたものですし、学校に来なくてもできることです。

こうしたことも、1人1台の端末を所有しているという生徒主体の方策に支えられている結果だと思います。以前タブレット端末を貸与していた時は、タブレットは単に生徒が見るためのものでしたが、PC所有になって見るものというより生徒自身が発信するものに変わったように感じます。生徒が何かをする時にICTを活用することが絶対的に多くなったと思いますので、授業内容も変わりました。

有金教諭 授業の仕方や準備が変わったというより、授業自体が変わってきたと思います。子どもたちが主体となって授業が進められるので、単に教員が教えるのではなく生徒が考えるように教えられるようになりました。管理作業の時間や手間がだいぶ減ったので、授業スタイルが変わったと思います。

例えば冬休みの宿題であれば、今までは休み明けに一斉に提出して、それを教員が順次チェックして後日返事をするというスタイルが一般的でした。今なら、冬休みの途中で宿題の写真を撮って送ってもらえれば休みの真ん中でチェックをして戻すこともできるので、生徒は考え直してから提出することもできますし、教員も各人の宿題をゆっくりチェックすることができます。クラウド環境があるからこそ、ぱっと点検できるようになりました。

情報活用能力育成カリキュラム作成が教員の意識を変える

白川 卓 副校長

-今は他の先生方も積極的に活用しているのでしょうか。

白川副校長 タブレット端末からChromebookになって、教員から生徒へのフィードバックでは使い勝手がよく、授業づくりにプラスに働いていると思います。英語のスピーキングの授業のようにまだ活用が難しいかもしれないものもありますが、各授業のこの部分だけ使えばいいという考え方ではなく、個々の能力アップにアプローチするという考え方でいかに活用してみるかという発想力が必要です。授業ではなく部活動でも、野球のスイングを見合ってよいフォームを探ってみるなど、使いようだと思います。

タブレット端末ではアプリ中心だったので、子どもたちにとってはゲームのような受け身になってしまっていました。今は端末がツールの1つなので、表にしてもデータにしても子どもたちが主体的に関わらないと使うことができません。型があるわけではなく、先生方の教えるスタイルもそれぞれです。先生の発想によってだいぶ変わってくるでしょう。

-「情報活用能力育成カリキュラム」を定めていると伺っていますが、内容について紹介いただけますか。

郡司教諭 情報活用能力育成カリキュラムとは、生徒の資質や能力を育成するために、どの教科のどの単元でアプローチするかということをまとめたものです。当時、重点テーマとしていた教科の資質能力、情報活用能力、市民性それぞれの能力について1年間のうち、いつ、どの教科のどの単元で、どの学習活動をしてアプローチするのかを体系化した表です。

まとめたのは2017年なのですが、一から作るのは難しいので、まず全教科の全単元ごとに1単元1シートで資質能力シートを各教員に作ってもらいました。全教科を集めて整理して一つの表にすることで、どの教科のどの単元でアプローチしていくのか、3年間で穴になっている部分はないかを確認することができます。アプローチできていないものは、総合の授業などで意図的に組み込むようにするなど考えて使いました。

さらに、同校のほか附属の小学校や幼稚園でも作ることになり、できたものを12年間分貼り合わせてみました。見比べてみて面白かったのは、幼小中どこも低学年では知識や技能に関すること、高学年になるにつれ思考判断するものが中心になっていました。小学校高学年で思考判断を習得したと思ったら中学校1年で知識技能に戻るという状態です。この先連携がとれて、小学校までに学んで習得したものを理解したうえでカリキュラムを組んでいけるようになればより変わっていくかもしれません。

こうしたことも表にしてみて初めて見えてきたことです。ICTの活用が単発的にならないよう、「あの学年ではこれをやっているので、うちの授業ではこれをやろう」という整備ができるようになりました。

-「情報活用能力育成カリキュラム」を定めて、1人1台であることなどを特に活かせる場面はありますか。

郡司教諭 これを作ったからどうということではなく、先生方に意識をもってもらうということに活きていて、副校長が述べたように作ることに意義があるのです。各先生方が1人1台で普段やっていることが、情報活用能力の育成には十分役立っているということを理解いただいたうえで、教科だけの育成ではないということに気づいてもらうということです。2017年の時点で先生方の意識の転換や意識の改革を図れた一つの方策だったのかなと、今振り返ってみるとそう思います。

白川副校長 先生方は「ICTを整備しました、はい、使ってください」と言われてもなかなかうまく使いこなせないでしょう。このような取り組みをすることで、ICTを活用する意義や活用の仕方を自分なりに見つけられるので、有効だと考えています。

-昨年(2020年)10月に、GIGAスクール構想推進拠点として設立された、北海道教育大学の未来の学び協創研究センターとはどのような連携をされているのですか。

郡司教諭 ここにいる教員はみな一緒に研究していきましょうという立場です。未来の学び協創研究センターでは2カ月に1回セミナーを開いているのですが、第一回で発表を担当しました。

白川副校長 具体的な動きはこれからですが、大学で研究を進めてもらって、そのお手伝いや実践を同校でできるということが多いのではないかと思います。実践例をサポートしていくためにも教員研修やセミナーを積極的にやっていきたいですし、未来の学びを体感できるスペースも作りたいです。

記者の目

今回2クラスの授業を見学し、積極的に活用しようとする教諭の前向きな姿勢とともに、ICTを当たり前のように難なくこなしている生徒たちの姿が印象的だった。黒板の板書が当たり前だった旧来の教育現場を振り返ると隔世の感がありつつも、生徒自らが調べて考え理解する力を養う視点では非常に効率的で有意義な教育環境になったと感じる。BYODが始まったばかりの日本の教育現場で真に根付くか否かは、デジタルネイティブ世代の子供たちの知識や技術の有無よりも、長年の教育方法からの発想の転換を求められる教員の意識と姿勢によるところが大きいのではないかと実感した。

取材・構成・文・写真:学びの場.com編集部

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