2017.04.26
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道徳の特別教科化で求められる「考え、議論する道徳」授業(vol.1) 相手の気持ちを尊重するスキルを学ぶ にしみたか学園三鷹市立第二小学校 荒畑美貴子 主任教諭

今、道徳教育で大改革が進められているのをご存知だろうか。道徳教育の質的転換を図るため、小学校では平成30年度から、中学校では平成31年度から「特別の教科 道徳」となる。そして「教訓的な物語の読み解き」中心の授業から、「考え、議論する道徳」の授業へ変わるという。では、どんな授業を行えばよいのだろう。道徳の副読本編集にも長年携わっている、にしみたか学園三鷹市立第二小学校の荒畑美貴子主任教諭の授業をリポートする。今までの道徳の授業とどこが違うか、比較しながら読んでいただきたい。

道徳の特別教科化で求められる「考え、議論する道徳」授業 ~相手の気持ちを尊重するスキルを学ぶ ―にしみたか学園三鷹市立第二小学校 荒畑美貴子 主任教諭― 前編

授業を拝見!

本音をぶつけ合い、議論し、他者との関わり方を身につける

学年・教科:道徳 6年
主題:相手の気持を尊重する表現を
内容項目:【B 主として人との関わりに関すること】相互理解、寛容
指導者:荒畑美貴子 主任教諭
使用教材・教具:荒畑主任教諭自作の教材文『ナイトウォーク』、ワークシート

「道徳の授業」と聞いて、皆さんはどんな記憶がよみがえるだろうか? 教訓的な物語を読み、登場人物の心情を想像し、最後に「いじめはいけないと思いました」といった、言葉は悪いが表面的な模範解答を述べてオシマイだった印象がないだろうか。事実、文部科学省の「道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会議」が昨年夏に出した報告にも、今までの道徳教育は、「登場人物の心情の読み取りのみに偏り、望ましいと思われることを言わせたり書かせたりする指導に終始している」と、手厳しく指摘されている。

そういった反省から今、道徳教育改革が進められている。「特別の教科 道徳」として新たに教科となり(今までは教科ではなかったのだ!)、検定教科書が作られ、学年ごとに身につけさせたい道徳的価値が明示され(例えば「善悪の判断、自律、自由と責任」など)、評価も行われるようになる。

にしみたか学園三鷹市立第二小学校  主任教諭(取材当時)  荒畑美貴子 氏

にしみたか学園三鷹市立第二小学校 主任教諭(取材当時) 荒畑美貴子 氏

授業の内容も大きく様変わりする。「教材文の読解」にとどまらず、自分の考えを基に話し合ったり、道徳に関する体験的な学習を取り入れたりすることによって、「考え、議論する道徳」に向けた質的転換を図る。そして「特別の教科 道徳」を学校で行う道徳教育の要として他教科や特別活動などとリンクさせ、そこで学んだ道徳を学校生活に活かせるように、ひいては自分の人生に活かせるようになることを目指すのだ。

道徳教育が新たな時代を迎えた今、どんな授業を行えばよいだろうか。荒畑美貴子主任教諭の授業を見てみよう。

教材文のセリフパートを交互に演じる「ロールプレイ」

A4用紙1枚の物語『ナイトウォーク』を配る

A4用紙1枚の物語『ナイトウォーク』を配る

授業が始まると、まず荒畑主任教諭は子ども達に向けて、静かに語り始めた。
「今日の授業を考えていて、先生は思い出したことがあります。君達と同じ小学生の時に、いじめられた思い出です。放課後に、同級生があるいたずらをしていました。それを見た私は、いい子ぶって、担任の先生に報告しました。そしたらね、すごく攻撃されました。『何、優等生ぶってんだよ』と。自分では良いことをしたつもりなのに……。今思い出しても、涙が出てきます」
この告白を聞いて、子ども達はシーンと静まり返った。心なしか背筋が伸び、表情が引き締まったようだった。

子ども達の様子を見ながら、荒畑主任教諭は今日の教材文を配った。『ナイトウォーク』というA4用紙1枚の物語である。以下にあらすじを記すので、読者の方々もぜひお読みいただき、各々感想を持った上で、本授業リポートを読み進めてほしい。

荒畑美貴子・作【ナイトウォーク(あらすじ)】

6年生の「僕」は、間近に迫った自然教室の実行委員会に参加していた。自然教室で行われる「ナイトウォーク」のペアをどう決めるかで、会議は盛り上がる。ナイトウォークとは、暗い林の中を二人一組になって歩くイベントだ。

「去年はくじ引きで決めたらしいよ」
「それはやだ。自分の好きな相手と歩きたいな」
「えっ、誰が好きなの?」
「そうじゃなくて、嫌いな人とは組みたくないってこと」
「そうだね、同感!」

口々に勝手なことを言い続ける皆に焦った「僕」は、話を遮るようにこう提案する。

「くじ引きにしようよ。仲間はずれになる人も出ないし、皆、楽しく参加できるし」

しかし、思いがけず集中砲火を浴びる。
「いつもいい子ぶってんだから」
「優等生はいいよね。成績のためなら誰とでも仲良くするんでしょ」
「いいよ、言い訳しなくても」

学校からの帰り道、「優等生ぶってる」と批判されてショックを受けた「僕」は、自分の何が悪かったのかと振り返るが答えは出ず、もう学校で発言するのは控えようと打ちひしがれる。

「皆、ナイトウォークって知っている?」
と、荒畑主任教諭が水を向けると、
「知っている! 自然教室でやったもん! 楽しかった!」
と、子ども達は目を輝かせて、思い出話に花を咲かせた。
「では、先生が読みますから、皆、黙読してね」
と、荒畑主任教諭は朗読し始めた。登場人物や心情によって声色や調子を変えた見事な朗読で、光景が目に浮かぶようだった。朗読を終えると、荒畑主任教諭は今日の課題を提示した。

「なぜ友達に批判的な言葉を浴びせるのでしょう?」今日の課題を投げかける

「なぜ友達に批判的な言葉を浴びせるのでしょう?」今日の課題を投げかける

○友達に、批判的な言葉を浴びせるやりとりは、なぜ起きるのかを考えよう
○より良い解決法を考えよう

「こういう批判的なやりとりは、今の学校や社会でよく見かけますが、皆さんはどうですか?」
と、荒畑主任教諭は問題を投げかけた。実はこの教材文、今の小学生が抱える課題に合わせて荒畑主任教諭が自作した物語なのだ。しかし、ここでは荒畑主任教諭はそれ以上この問題を追及せず、
「『僕』と『友達』の気持ちを実感するために、いつものように交代で演じてみましょう」
と指示した。

「僕」と「友達A・B・C」をロールプレイ

「僕」と「友達A・B・C」をロールプレイ

指示を受けた子ども達は机を向かい合わせ、4人一組になった。あらすじの下線部場面の「僕」と「友達A・B・C」のセリフを、持ち回りで演じるのだ。ソーシャルスキル・トレーニング(以下、SST)の「ロールプレイ」という手法だ。
「『僕』と『友達』を演じてみてどんな気持ちがしたか、ワークシートに書きましょう。そして集団で批判したのはなぜか、『僕』と『友達』の何が原因だったのかも考えて、書きましょう」。

子ども達は慣れた様子で演じる順番を決めると、ガヤガヤとロールプレイを開始した。

本音をぶつけ合い、議論する

「『僕』を演じてみて、なぜ誰も賛成してくれないの? と思った」と児童

「『僕』を演じてみて、なぜ誰も賛成してくれないの? と思った」と児童

ロールプレイを行う子ども達を見ながら、筆者は(「僕」は間違ったことを言ってないのにかわいそうとか、「友達」が全面的に悪いのだから謝るべきといった意見が出て来るのだろうな……)と、漠然と予想していた。筆者が受けて来た道徳の授業では、そうだったからだ。だが、この子ども達は予想外の反応を見せた。

まず、「僕」を演じて感じたことを問われると、子ども達は口々にこう述べた。
「言われっぱなしでイラッと来た」
「むかついた」
「なんで誰も賛成してくれないの? と焦った」
さらに、「友達」を演じてわかったことでは、こんな生々しい意見が次々と出てきた。
「論破できてスカッとした。優越感を感じた」
「こっち側の味方が多くて安心した」
「普通によくある出来事だと思った。いかにも、な感じ」

「『友達』が集団で『僕』を批判したのはなぜだと思いますか?」
と荒畑主任教諭が尋ねると、もっと赤裸々な意見が噴出した。
「皆が盛り上がっているのに話を遮った『僕』も悪い」
「いきなりくじ引きを提案するなんて、友達の意見を尊重していない」
「『僕』は正論ばっかり言うんじゃなくて、自分の気持を言うべき」

「『僕』は正論を言うのでなく、もっと自分の気持ちを言うべきだった」という意見も

「『僕』は正論を言うのでなく、もっと自分の気持ちを言うべきだった」という意見も

正直、ビックリした。まさか「僕」にも責任があるという指摘が出るとは、思いもよらなかったからだ。「友達」側にも原因があるという意見も、もちろん出たが、
「話が盛り上がっているのに、『僕』に遮られてむかついた」
「優等生ぶっている『僕』を、ねたんでいる」
と、どちらかというと「友達」に同情的な意見が多く、自然と子ども同士で議論が巻き起こった。
「多分『僕』はいつも先生にほめられているから、『友達』は嫉妬しているんだよ」
「嫉妬しているから、論破するとスカッとする。優越感を得られるよね」
「論破っていうか、『僕』の意見の方が正しいんだよ。でも、正論だから余計にイラッとするんだ」
建前論ではなく、子ども達は本音で議論していた。

和解策を考え、演じてみる

「自分にもいい、相手にもいい伝え方『アサーション』を考えましょう」と荒畑主任教諭

「自分にもいい、相手にもいい伝え方『アサーション』を考えましょう」と荒畑主任教諭

子ども達に一通り意見を出させると、荒畑主任教諭は次の活動に移った。
「前回の授業で、伝え方には3種類あると習ったよね。1)攻撃型、2)受け身型、そして3)自己主張型。攻撃型は、相手を攻撃して自分の考えを押し通そうとするやり方で良くない。受け身型は、自分の考えを押し殺し、当たり障りのないことを言っていればいいだろうという話し方。一番良いのは、相手の気持を尊重しながら、自分の考えを上手に伝える自己主張型だと、学びましたね」
そして荒畑主任教諭は、自己主張型のコツを子ども達に確認させた。
「前回の授業で、『Win-Win』も習ったね。自分にとっても、相手にとっても良い。これを英語で、『アサーション』と言います」
コミュニケーションスキルを高める手法の一種である「アサーション・トレーニング」。「自分と相手を大切にする表現技法」を教える指導法だ。
「では、『Win-Win』になるには、『僕』と『友達』は次の実行委員会の冒頭でどんなセリフを交わせばいいかな? 話し合って考えてみましょう」
と荒畑主任教諭が指示すると、子ども達は顔を寄せ合って議論し始めた。

「『僕』がこれ以上“もっともなこと”を言うと、またもめるよね……」
「『僕』が先に謝るのは嫌だな! だって何も悪いことしてないもん!」
「もし『僕』が謝っても、また優等生ぶっていると『友達』は腹が立つかもね」
「やっぱり『友達』が先に、前回はごめんねと謝るしかないんじゃないかな……」
「でも、謝られたからって、『僕』は許せる?」

まさに本音と本音の応酬。各グループで激論が続けられたが、なかなか解決策を見出せない。そこで荒畑主任教諭は、追加でヒントを出した。
「前に習った『作戦ゴリラ※』を思い出してみて。(ゴ)ごめんねと謝り、(リ)理由も述べ、(ラ)お互いにとってラッキーな提案をすると、『Win-Win』な関係を築きやすいんだったよね」
この「作戦ゴリラ」を手がかりに、子ども達は意見をまとめていった。そして自分が考えたセリフを、皆の前で演じてみせることになった。SSTの「リハーサル」という手法だ。「僕」と「友達」を1名ずつで演じるのだが、敢えて異なるグループから指名したので、相手がどんな発言をしてくるかわからない。

「今日の道徳はホンネが言えて良かった」「身近な話だったから、今日の体験を活かしていけそう」と児童達

「今日の道徳はホンネが言えて良かった」「身近な話だったから、今日の体験を活かしていけそう」と児童達

僕役「この前は、君達の意見を尊重せずにごめんね」
友達役「ううん、こっちこそ、君の意見じゃ嫌だと言って、ごめんね」
僕役「どうすれば好きな人とペアになれるか、くじ引き以外の方法を考えようよ」
友達役「うん、一緒に考えよう。ジャンケンとかいいかもね」

見事に和解成立! 思わず拍手を送りたくなった。

授業の最後に、子ども達は今日の感想を発表したが、普段の道徳の授業と違ってとても良かったと指摘する意見が次々と出てきた。
「いつもの道徳の授業だったら、自分の思っていることを言えないけど、今日は本音を話せたのが良かった」
「いつもの道徳は、偉い人を見習いなさいみたいなのが多くて……でも今日は身近なテーマだったので、考えやすかった」

そして、今日の学びをこれからの人生に活かしたいという決意も表明された。
「身近なテーマを体験することで、今後どう行動すればいいか、考えるきっかけになった」
「(ロールプレイをして)批判的な言葉をぶつけたら、相手がどんな気持ちになるのかよくわかった。これからは相手の気持ちを考えて発言しようと思った」
「これからは、発言のタイミングにも気をつけるようにしたい」
そのコメント一つ一つに荒畑主任教諭の授業の特徴が凝縮されており、今までの道徳の授業とは違う! と感心した。

最後に、荒畑主任教諭は子ども達にこう呼びかけて、締めくくった。
「相手を尊重することも大事、でも自分を尊重することも大事。言いたいことを我慢するのって、自分を大切にしていないことになります。自分と相手、両方を大切にできるようになりましょう」。

後編では、荒畑主任教諭に今日の授業のねらいや各学習場面の目的を解説していただくと共に、道徳の授業にSSTを取り入れている理由や、そもそも「ソーシャルスキル」とは何かについても語っていただく。お見逃しなく。

※「作戦ゴリラ」は、東京都立矢口特別支援学校主任教諭の川上康則氏のオリジナル実践です。同氏の講演会等で度々紹介されています。

記者の目

荒畑先生の授業は、すべてが新鮮だった。一つ一つの活動も、子ども達の姿も、今までの道徳の授業ではなかなか見られないものだった。そして授業の最後に、「今日学んだことをこれからの学校生活でも活かしたい」と、子ども達が異口同音に決意表明したのがとても印象的だった。決してうわべだけでそう言っているのではないとわかった。道徳教育改革の最大の目的は、「学んだことを人生に活かせるようになる」こと。荒畑先生の授業を受けた子ども達は、実生活で活かせるコミュニケーションの方法を学び取り、それを活かそうとする姿勢を獲得していた。

取材・文:長井 寛/写真:言美 歩

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