アグネス×新人教師 教育対談:教育再生の原動力とは何か? 戦火のソマリア教育事情から考える

今月は特別企画"現役教師との教育対談"です。今年、20年間内戦が続くソマリアを視察した日本ユニセフ協会大使のアグネスさん。避難民キャンプで「今日生きていられれば、今日私は勝利者なのです」と、一人の母親が言いました。生きることに精一杯の中、それでも我が子に教育を受けさせたいと望む母親たち。「教育とは何か?」アグネス・チャンさんが、新人教師・四ツ分祥子さんと語り合います。

ソマリア基礎データ
北部旧英領と中南部旧伊領が1960年に独立、合併し「ソマリア共和国」を形成。91年、独裁体制をしいていたバレ元大統領が武装勢力に追放され、氏族間 での内戦状態に突入、無政府状態に。同年5月に北西部のソマリランドが独立を、98年に北東部のプントランドが自治を一方的に宣言。南部はアルカイダ系武 装勢力シャバーブが実効支配中で、暫定政府が掃討作戦にあたっている。人口約900万人。国際社会から国として承認されていない。
ソマリアでは小学校に行けるのは5人に一人

四ツ分 今日は、今年2月、戦乱の続くソマリアでアグネスさんの目に映った教育の現状と、そこから浮かび上がってきた教育課題について伺えればと思います。また、私は教師になってまだ2年目の新人ですので、教えることについても色々質問させてください。
アグネス よろしくお願いいたします。四ツ分先生は何の教科を教えていらっしゃるのですか?
四ツ分 私立高校で全学年に英語を教えています。
アグネス そうですか。生徒さんは皆、英語の勉強を頑張っていますか?

四ツ分 うーん……、なんとか授業に集中させるよう工夫しているつもりですが、なかなか思うようにはいきません。
アグネス 日本のような恵まれた環境にいると、生徒にやる気を出させるのは大変ですよね。ソマリアでは小学校に行ける子どもは5人に一人という状況です。これはアフリカの中でも非常に低い割合です。
四ツ分 学校は政府が運営しているのですか。
アグネス ソマリアは1960年に独立したのですが、その後91年に当時の独裁政権が追放されて無政府状態になり、氏族間の内戦が勃発しました。それ以降、暫定政 府はありますが、正式な政府はありません。その暫定政府が作った学校と、イスラム系の学校、そして避難民キャンプに女性中心の団体が運営するフリースクー ル(「フリー」とは「無料」の意味)があります。どれも日本の小学校段階の学校です。

ユニセフが配布した教科書を見せる子どもたち
ユニセフは、暫定政府が作った学校とフリースクールに教科書を配布したり、教師の人材育成を支援したりと、さまざまな活動を行っていますが、国内 情勢があまりにもひどいため、すべての子どもたち、特にユニセフが目標としている“すべての女の子に小学校段階の教育を”という目標はまだ達成できていま せん。
四ツ分 フリースクール以外は有料なのですか?
アグネス そうです。国の予算は7割が軍事費なので教育にまでは回らないのでしょう。生徒一人につき、月200円から300円の学費が必要です。避難民キャンプで は5~6人の家族を1日約100円でなんとか養っている状況ですし、どの家庭も子沢山ですから、生活費以外に学費を出すのは大きな負担です。ユニセフは民 間の女性団体を通して奨学金を出していますが、特に「女子は家の仕事をするもの」という価値観が根強いため、なかなか学校に通い続けることができない状況 です。

「I made it」――今日生きていれば今日は勝利者

四ツ分 さきほど、ユニセフが「この人は教師に向いている」という人材をスカウトして研修を受けさせるなど、人材育成の面でも支援していると聞きましたが、ソマリアでは現地の人たちだけで学校を作り、運営していくことはできないのでしょうか。
アグネス 作りたいという希望は持っていると思いますが、生きていくだけで精一杯という状況では難しいと思います。放っておいたら、子どもの教育まではとても手が 回らないため、ユニセフが教科書など物的支援や教師の育成という人材面での支援、そして奨学金という金銭面での支援を行っているのです。今この国の人々の 生活を支えているのは、国外移住したソマリア人からの仕送りです。その仕送りをもらえるのも、国外から送金してくれる親戚がいるほんの一部の人たちだけで す。

ハルゲイサ市内のいたる所に銃弾の跡が残る

四ツ分 暫定政府しかなくて、おまけにその政府は頼りない、国際社会も適切な支援をしてくれない、そんな過酷な状況の中で、女性の民間団体がフリースクールを作って活動している。どうして彼女たちは頑張れるのでしょうか。
アグネス 私は今回、比較的安全な北西部ソマリランドのハルゲイサを視察しました。そこに、戦闘の激しい南部から逃げてきて、私が会ったその日に出産した母親がい ました。お金がないので小屋での出産。病気の長男を病院にもやれないという状況。私が「頑張って。生まれてきた赤ちゃんがきっと幸運を運んでくれるわ」と 励ましたら、彼女は「I made it ――そうよね。だって私は成功者なのだから。こうして生きているのですもの」と。つまり、この国では“生きているだけで勝利者”なのです。そうやって今日 一日を生き、子どもを育てるのに必死になっている女性たちの思いを私は知りました。同時に、内戦状態が20年も続いているソマリアの現状を突き付けられた ようでした。

4万人が暮らす避難民キャンプ
教育は希望。復興のスタートになる

病院で栄養失調の子どもを抱くアグネスさん
四ツ分 ソマリアは、戦火を逃れてくる先の母親のような国内避難民が約140万人もいて、深刻な食糧危機や子どもたちの栄養不良などを抱え、緊急の人道援助を必要としているそうですが、そうした中でも親は「子どもに教育を」と考えているのでしょうか。
アグネス その通りです。生きているだけで精一杯でも、次世代を担う子どもたちには教育を受けさせて、こうした生活から脱してほしいと思っています。そうした親の願いは万国共通です。
以前、東ティモールが独立し、まだ無政府状態で国内が混乱していた頃、ある村にユニセフの担当者が入って、散り散りに なってしまった村人たちを呼び戻そうと、学校をスタートさせることを思いつきました。それで、「Back to school campaign」という村に学校を作り、村人を呼び戻すキャンペーンを始めました。

ユニセフの職員にスカウトされた先生が村に戻って「学校を始めます」と言ったとたん、なんと村人たちが戻ってきたのです。親たちは「学校が始まる」と聞く と、「なんとしてでも村に戻らなくては」と思うのでしょう。村に戻ると、子どもにきちんと食べさせなくては、学校に行かせるには服も着せなくてはと、学校 を核にして、だんだん通常の暮らしが戻ってきたのです。しかも、子どもが学校へ行けば、その間に親の手が空くので復興が早く進むという利点もあります。学 校があると人々は希望を持ちます。学校は希望、教育は希望なのですよ。
四ツ分 学校が復興の中心になるとは! 「子どもに教育を」という親の願いが万国共通という点にも心を打たれます。
子どもたちの頭をフル回転させるには?

ハルゲイサ市内

四ツ分 勉強自体をあまり好きではない生徒が多いので。授業中、苦しそうな表情を浮かべている子を見ると、私も 辛いです。そういう子は、ただ授業が過ぎればいいとしか考えていないのではないかなあ。そこで私は「勉強は楽しい」ということを教えたいと思ったのです。 しかし実際には、カリキュラムがあって、テストの点や進学率も考えなければいけない。その兼ね合いが難しいです。
アグネス そうですね。日本は受験勉強がありますから。ただ、これからの社会で英語はツールとしてますます大事になってきますから、先生の英語の授業に生徒さんをもっと集中させたいですね。
四ツ分 本当にそう思います。物質、環境共に満たされている日本で、生徒の頭をアフリカの子どもたちのようにフル回転させるにはどうしたらよいのでしょうか。

アグネス 生徒の頭の中の使っていない部分を呼び起こすのです。日本は安全な国でインフラも整備されていますから、ボーっと歩いていてもなんでもガイドしてくれま す。だから頭の中も休んでいる部分がたくさんある。私たち教師は、その部分を起こすために、学生たちに爆弾をたくさん落とさないと。
四ツ分 爆弾!? アグネスさんご自身は、どんな爆弾を落とすのですか?
アグネス まず「私は若い人たちのことを全然うらやましくない」という挨拶をします。若いのは大変、物事を何もわかっていないのに、わかったフリをしなくてはいけないし……などと、挑発的な姿勢をとるのです。皆、私のイメージと違っているせいか、びっくりしますよ。
四ツ分 なるほど。私も授業で何か爆弾を落として、生徒たちの頭を刺激しなければ! そして、その刺激が帰宅後の自主的な学習に結びつくようにしてあげたいと思います。
アジアの知恵を世界に――AIC学園長就任の理由

アグネス そもそも、四ツ分先生はどうして教師になろうと思ったのですか?
四ツ分 実は私、学校が嫌いだったのです。英語の授業は、板書された文法を写して終わ り、発音は自分でやりなさい、と。こんな授業つまらない、どうにかならないかな、こういう先生にはなりたくないな、というのが最初でした。その後、アルバ イトで塾講師をして、たくさんの子どもたちに教える経験ができたことや、大学で教職課程を履修し、教育実習をした時に指導教官が「教師に向いていると思う よ」と言ってくださったこともあり、教師を目指しました。
アグネス 学校が嫌いだったというのはすごい強み。「学校が大好き」という先生より、生徒は親近感を持ちますよ。「私は学校が嫌いだった」と言えば、皆、驚くでしょう。これは爆弾になりますね(笑)。

四ツ分 そうだといいなあと思います。生徒は素直な子が多いので、授業以外の場でもきちんと向き合うと、こちらの言葉を受け取ってくれます。あとは私がもっと教え方を上手くなって、彼女たちの頑張りを引き出せればと思っています。
アグネス 四ツ分先生が教える時の一つヒントになるかもしれません。外国の子どもたちで、家が貧しくても運よく奨学金がとれて学校に行けた子というのは、必ず「目 標」を持っています。私はこの春からニュージーランドにあるAIC高校の学園長になりました。そこには全世界から生徒が集まってきます。ニュージーランド 全国における最優秀校の一校でもあり、本当に勉強をしたいという子には奨学金を出します。東南アジアから来る子には、お金はないけれど、目的がはっきりし ている子が多い。そういう子たちにとって勉強は苦ではないのです。先生たちも必死に教えて、最終的にはケンブリッジ大学やオックスフォード大学、コロンビ ア大学など世界の有名大学へ多くの生徒が進学します。
四ツ分 日本の生徒たちにも目標を持たせることが大事ですね。アグネスさんは、なぜ学園長を引き受けられたのですか。

あなたにとって教育とは?

アグネス 今日は、戦災や天災によって子どもたちの教育の機会が奪われた国で、どのような教育再生の試みが行われているかを中心にお話ししてきましたが、最後に、四ツ分先生にとって教育とは何でしょう?
四ツ分 教育とは何か……。教育は、可能性を広げることだと思います。知識を得て考え ることで、できないことができるようになる。人と関わって学ぶことができるようになる。壁にぶつかっても、乗り越えられる道具を得られる。そうしたエネル ギーも教育によって生み出せると思います。
アグネス 先生は今、とても大事なことをおっしゃった。できないことができるようになって、世界が広がる。アフリカの母親たちも、そう思っているのだと思います。自分には見えない世界、でも教育を受ければ、子どもにはその世界が見えるかもしれないと。

四ツ分 母親にとっては、子どもの成功が夢なのでしょうか?
アグネス そう、母親の夢、希望ですね。私自身は、教育とは子どもたちに夢を見させることだと考えます。自分の夢を探して、かなえるための道具を与える。くじけて 倒れた時、立ち上がる強さを教える。あきらめない粘り強さを教える。成功したら威張らない謙虚さを教える。それが教育だと思います。
子育ても同じです。子どもが一番好きな自分でいられるように。そして、その自分が誰かのためになるように。そう育ってくれたら、素晴らしいことではないでしょうか。
ソマリアの避難民キャンプで出会ったホーダンという16歳の女の子は医者になりたいという夢を持っていました。でも、今のソマリアでその夢をかなえることは非常に困難です。私たちは、どの国の子どもでも、夢がかなえられるようにしなければならないと思います。

四ツ分先生も、英語の授業の中で子どもたちの内なる火をつけましょう。本当に燃えるまで時間はかかるかもしれないけれど、どこかで火種を投げないと。好きな自分を目指そう、なれたら本当に素敵だよ、ということをぜひ伝えてくださいね。
四ツ分 頑張ってみます。今日はありがとうございました。

アグネス・チャン
1955年イギリス領香港生まれ。72年来日、「ひなげしの花」で歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、78年カナダ・トロント大学(社会児童心理学科)を卒業。92年米国・スタンフォード大学教育学部博士課程修了、教育学博士号(Ph.D.)取得。目白大学客員教授を務め、子育て、教育に関する講演も多数。「教育の基本は家庭にある」という信念のもと、教育改革、親子の意識改革について積極的に言及している。エッセイスト、98年より日本ユニセフ協会大使、2016年よりユニセフ・アジア親善大使としても活躍。『みんな地球に生きるひと』(岩波ジュニア新書)、『アグネスのはじめての子育て』(佼成出版社)など著書多数。2009年4月1日、すべての人に開かれたインターネット動画番組「アグネス大学」開校。2015.6.3シングル『プロポーズ』release!!(Youtubeで公開中)
取材・文:菅原然子 写真:柳田隆晴(ソマリア視察写真はT&A) イラスト:あべゆきえ
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