2016.02.17
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よりよい授業を創るためにNO.21 「子どもたちが授業をやってみる」

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

  年度末のこの時期は、どこの職場でもお忙しいと思いますが、学校も同様で慌ただしく過ごしています。ただでさえやることが多いのに、ちょうどこの原稿がアップされる2月17日に、本校では研究発表会が予定されているため、例年と比べものにならない忙しさを味わっています。研究のテーマを、「言語能力の向上を図る授業のあり方を追究する」としていることから、私が担任している6年生は、国語の単元「伊能忠敬」を通して、子どもたちに読みの力を培うための工夫を模索してきました。

 ずいぶん前に「田中正造」が教科書に掲載されていたときには、正造の生き方や時代背景、公害問題などを幅広く読み取ることが求められていました。しかし、この単元はそういった深い読みを何時間もかけて行わせるものではなく、忠敬の生き方から共感できる部分を読み取ったり、それ以外の人物の伝記を読んで自分の生き方を考えるきっかけにしたりすることをねらいとしています。

 授業計画の時間数も少ないので簡単そうに思える単元ですが、「田中正造」と同程度の難しい文章を、数時間の授業だけで読み取らせようとするのは、無理があると感じました。そこで一計を案じ、卒業を前にした子どもたちが興味をもつような授業を展開することにしました。今回は、子どもが授業者の経験をすることによって、読みを深めることができた授業の実践をお伝えしたいと思います。

 

 さて、授業に際してまず行ったことは、予習をさせることでした。「伊能忠敬」は6つの章に別れているので、毎日1章ずつを読んで、読み取ったことを書き出してくる宿題を出しました。読み取る内容を忠敬が行ったことに絞り、誰もがやりやすい課題としました。そして、感想も短く書いてくるように指導しました。

 宿題の1日目は、難解な文章の前に挫折しそうになっている子どももいて、感想には、「何をどうやっていいのかわからなかった」と書いていました。そこで全体に丁寧に説明をし直したり、個別に声をかけてやり方を周知させたりしていきました。回を重ねていくうちに、「やり方がわかっておもしろくなってきた」という声も聞こえるようになってきました。ちなみに、その宿題を出していた1週間は、卒業文集などに時間を割いていたので、「伊能忠敬」を授業で詳しく読み取ることはできませんでした。

 ほぼ全員が、長い文章を読み終えたころ、最も興味をもった章を選んで、授業してみてはどうかという提案をしました。そしてクラスを6つのグループに分け、それぞれのグループで教材研究をさせることにしたのです。

 ところが、6年生というのは時間割にスキがなく、国語の授業をまとめて行うことはできません。また当地は中学受験を目指す子どもたちも多く、時間のやりくりにはとても苦労しました。そこで、授業の仕方をパターン化し、授業の流れを示す簡易な台本を示すことにしました。時間短縮のためには、教師がたくさんの準備をしなければならないのだと、改めて考えさせられました。

 以下が授業の流れです。

(1)学習の課題を提示する

(2)範読をする

(3)言葉や地名について補足説明をする

(4)個人で課題を解決するよう指示する

(5)グループで意見交換を行い、考えを深めるよう指示する

(6)話し合った内容をクラスでシェアするために発言をさせ、それを黒板に書き取る

 学習の課題は子どもたちに考えさることにし、必要に応じてワークシートを工夫する手伝いをしました。また、保護者会でこの授業に関する説明を行い、保護者にも公開することにしました。さらに、ちょうど管理職による授業観察の時期でもあったので、参観してもらうことになりました。

 授業のための準備は2時間しか取れなかったし、子どもたちは簡単にできると思い込んでいて、真剣さが感じられなかったこともあって、私は数日間、伊能忠敬の夢にうなされることになりました。夜中に目が覚めると、どうやったら子どもたちによい経験をさせてやれるのかを考えている自分がいました。

 

 いよいよ第一章から授業を始めてみると、音読は練習してきた成果がみられたものの、クラスの仲間に自分たちの意図していることを伝えることは難しいようで、私もしょっちゅう口を挟むことになりました。もちろん、授業の質を下げることはしたくなかったので、最初から支援することは伝えてありました。

 ところが、3時間、4時間と続けていくうちに、授業する方も授業を受ける方も要領がわかってきて、子ども同士のやりとりも上達してきました。子どもたちの中に満足感や達成感が育ってきている様子も感じられました。

 この授業を通して、私自身も多くのことを学びました。そのひとつは、学習課題の設定の仕方です。課題によっては、答えがひとつしかないこともあり、考えを深めたり、シェアする楽しみに欠けたりすることがあったのです。グループに別れて事前に学習させたときには、自分たちが設定した課題を解決してみて、本当にそれがふさわしいかどうかを考えてほしいと伝えていましたが、想定の甘さが出てしまったのです。一方で、私の予想とは違った課題を設定することで成功した例もありました。子どもたちは、考えを深めさせるためには、課題をもっとよく考えなければならないことを学んだようです。

 もうひとつは、子どもたちが教師の仕事の大変さを学ぶ機会になったということです。6年生は、間もなく職場体験を行います。教師の仕事をやってみたことは、他の仕事に対する見方を変えるきっかけになったのではないかと思います。

 授業後の感想で、「自分たちは5人で協力して授業をしたのに、あまりうまくいかなかった。でも先生は一人で授業をしているからすごいと思う」という内容が何人もから発表されるので、私は面映ゆくて仕方がありませんでした。でも、そう思ってくれたのは嬉しいと思いました。彼らは、私をほめたというよりは、「もう一度こういった機会があるなら、もっと上手くやってみせる」という闘争心を私に対してもったのです。大人はすごいと思う気持ちも大事ですが、負けてなるものかと思うことも、思春期の子どもたちには必要なのだろうと思いました。

 

 卒業までの授業日数が一日一日と減っていき、別れの寂しさを私が一番に感じているように思います。残りの日々を、豊かなものにするために全力を尽くそうと思っています。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

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