「組体操、感動した。大型ピラミッドではなく、
あの“気をつけ”の姿勢に感動したよ。」
今年の秋も、組体操の危険性について報道され、○段以下のピラミッドという規定ができた市もありますね。
下村前文部科学大臣が、安全、健康に特に留意し、教師間で補助体制や安全対策を万全にしながら、指導にあたるべきであると10月上旬の会見で述べられていましたが、まさにその通りと私も思います。
ただし、だから組体操をやめた方がいいという意見には、異議を唱えます。
今回は、このデリケートな話題に、母として、教師として、一石を投じたいと思います。
組体操の指導、小学校においては、男性教師が指揮をとることが多いのではないでしょうか。本校では、若い教師も増え、世代交代という意味も含め、若い男性教師が組体の指揮を担うことがここ数年続いていました。
去年とはちがう技を取り入れて、自分の色を出した組体操にしたいという思いを持つ、血気盛んな若手男性教師。その思い自体は、何も間違っていないし、旧態依然を繰り返すのではなく、チャレンジしようとすることは、素晴らしいことです。
ただし、それは、真摯に子供のためを考えた指導になっているとは言えなかった。
ただ、5・6年の児童が集まり、心構えは述べられるものの、何がめあてなのかはっきりしない中、技の指導が続いていく。淡々と進むので、数日後、子供達のモチベーションが下がると、怒鳴り声が飛ぶ。もちろん、大きな声で厳しい指導が必要な場面はあるので、全てを指しているのではありませんし、若手教師自身が小学生や中学生の時に、そのような指導を受けていたのですから、同じような指導をすることは当たり前でしょう。私自身も何の疑問もなく、そのような指導を、指揮台に立たないまでも、行ってしまっていました。
でも、母として、娘が組体操を取り組む姿を見て、さらに、昨今の組体操の危険性を唱える報道、そのほか、私の胸に刻まれた大きな経験から、わき上がってきた思いがあったのです。
「技ができるかどうかだけに捕らわれてはいけない。
組体操は、表現。組体操を通して、生き方を育てたい。」
何かに導かれるように、指揮をとりたいと申し出ました。
テーマは「生きる」
子供達自身が、一生懸命に生きることの大切さを感じる時間に、そして精一杯に表現する組体操にしたいと思いました。
表現運動ですので、技の順番としてではなく、場面設定を行い、そこから表現にふさわしい技と曲を提示しました。
第1場面・・・命の誕生(集団演技)
第2場面・・・地球に生まれ立った自分(1人演技~2人演技)
第3場面・・・命を育む家族(3人演技~4人演技)
第4場面・・・広がる世界、繋がる世界(5人演技~トラストフォール・架け橋)
第5場面・・・ぼくらが築く未来の世界(6段ピラミッド・5段ピラミッド)
フィナーレ
ただし、第1場面とフィナーレは、この時点では白紙です。なぜなら、6年の子供達が考えるべきだと思ったからです。表現運動は、「表したいイメージを『はじめーなかーおわり』を付けた簡単なひとまとまりの群の動きにして、友達と感じを込めて」(文部科学省 学習指導要領解説 体育編より)表現する運動です。組体操の全容をそのようなものにできればよいのですが、なかなかそこまでは難しいので、始めと終わりを子供達に委ねることに決めていました。
そして、誰一人、けがをさせずに本番を迎えられるように、20ページに及ぶ指導冊子を作りました。
指導冊子には、教師の願いと安全対策を満載に。
場面設定の次のページには、指導のめあてを記しました。
以下は、指導冊子より抜粋
★指導にあたって・・・技をできるようにすることよりも、一生懸命に取り組む努力、仲間と励まし合う心、生きている今がかけがえのないものという感覚を培いたいと思います。当日、成功するかどうかではなく、運動会本番に向かう中で、子ども自身が「生きる」ことを感じ、味わい、努力の姿勢と仲間と支え合う姿勢を伸長させていくことを大切にしたいです。
そのために、3つの大切にしたいめあてを子ども達には1時間目に伝えます。(写真参照)
「一人で立つ」しっかり一人でたてる自信と集中力をもとう。
技を成功させるかどうかに気持ちが行きがちだが、大切なのは一人で立っている表現の時。気をつけの姿勢をするときに一番力を込め、堂々と一人で立てる子になってほしい。
「移動は思いっきり!素早く移動」一生懸命取り組み、生きるすばらしさを感じよう。
技と技の合間の隊形移動は思いっきり走る。集中力を高めること、いい表現をつくろうと努力することが大切です。意識で変えられる部分が一番大切で、一人一人の意識を高めてこそ、最高の表現がある。この意識を常に持てる子にしたいです。
「技をやるときは、丁寧に。優しく。」仲間、学級への思い、優しさを伸ばそう。
支え、支えられ、組体の技は成り立っていく。さぼる、なまけることが優しさではない。自分のできることを丁寧に努力していく。誰かの背中にのるときなど、支えてもらっていることを感じて、相手を思う優しさが大切だと思う。また、支える時は、相手の命を受け止めているのだから、全力で支える。
また、各演技の欄には、演技の説明だけではなく、ケガを防止するために、指導する教師がどのような視点をもつのか、どのような言葉をかけるのかを記しました。
指導の初期段階には、特に初めて組体操に取り組む5年生が、技のイメージを持ったり、技の順番を覚えやすくしたりするために、拡大印刷した演技の図をその順番で提示し、「何日には、この図は外すよ」と予告し、意識をどこに焦点化するかを明らかにしながら指導しました。
誰一人、ケガをすることなく、本番を迎えられました。
今年を代表する曲で表現。何年経ってもその曲を聴けば、細胞に染みこんだ経験が、この子達を勇気づけるはず。
選曲も大切です。そのイメージに合う曲を選ぶことと、今年の代表曲を選ぶことにこだわりを持ちました。第4場面は、この年に世界的に流行した映画「アナと雪の女王」の主題歌(英語ver.)を1曲使い、表現を行いました。躍動的に表現した場面では、観客席から「うわあ」というどよめきとともに、拍手や手拍子が鳴り響きました。この曲は、きっとこれから10年先も20年先も取り上げられることがあるでしょう。この曲を耳にするとき、この組体でがんばった自分や、かけがえのない日々を積み上げたこの1年を思いだし、勇気に変えて欲しいと思うのです。
組体集会「心をいっぱいにしよう会」
算数などの授業でも言えることですが、一方通行の教師主体型学習だから、学習効果が上がらないのです。児童主体正解発見型学習を目指し、研究を重ねてきている本校です。第1場面は、6年児童が計画し、その指示も、児童が前に出て話すようにしました。
ほとんどの時間をもちろん教師主体で指導しました。
ですが、子供の思いが動くように指導を考えていきました。
その日その日のめあてを打ち立てること、そして、子供の思いを見えるようにすることを意識しました。
本校では、授業の振り返りを「あしあと」として書くことを全校的に取り組んでおり、組体指導の中でも、日記などに「組体のあしあと」を書くようになりました。そこで、6年生の「あしあと」(振り返りと組体への思い)を練習の始めに紹介しました。何日か経つと、それに答えるように5年生が組体の「あしあと」を書くようになりました。またそれを紹介しました。教師の願いは、毎日のめあての提示の際に、それまでにも十分に伝えていましたので、「あしあと」の紹介により、教師の願いと子供たちの思いの合致点、子供同士の思いの合致点も明確になり、そうすることで気持ちは高まっていくのです。
本番直前には、6年生自身がマイクを持ち、こんな組体にしようと話す時間も作りました。
始めにも書きましたが、技ができるかどうかではなく、心をいっぱいにした組体にすることに意義があると、私は思います。なぜなら、心をいっぱいにした経験は、その子の生き方を真っすぐに伸ばすからです。
運動会が今週末に迫った月曜日、「心をいっぱいにしよう会」という集会を設定しました。月曜日、休み明けはどうしても、めあて意識が薄まる子が多いです。金曜日の高まりが、月曜になると半減していることって、ありますよね。今一度、何を目指すのかを、子供達と再確認する時間が必要だと思い、しかもそれを月曜日に設定しました。もう一押しして、今週の練習に臨み、週末の運動会へと高めるために。
しかも、子供自身が自分自身のこれまでの毎日を振り返られる時間にしようと思い、練習風景の写真、動画、それと私からのメッセージをスライドショーにして体育館の大型スクリーンに映し、見せました。その後、担任の先生、一人ひとりから、子供達にメッセージを言ってもらいました。1コマ(45分)かけたこの集会。技ばかりに捕らわれている指導者には、もったいない時間と思うかもしれません。いいえ、何より、この時間の意味は大きいのです。なぜなら、技ができることがゴールではないからです。私たち教師は、子供の生き方を育てているのです。心のない組体は生き方につながりません。心をいっぱいにして、臨むことが大事なのです。さらにいえば、技ができるようになったこの最終週は、気持ちが大事で、技の完成をゴールにしていれば、気持ちが緩み、ケガをしやすい時期です。気持ちを高めることは、安全を強化することにも繋がります。
「組体操、感動した。大型ピラミッドではなく、
あの“気をつけ”の姿勢に感動したよ。」
これは、尊敬する先生から頂いた言葉です。50代の男性教師で、見識も深く、何度も組体の指揮も務められた大ベテランの先生。うれしかったです。
この組体のめあての中で、私が一番大切にしたかったのは、この“気をつけ”なのです。技の完成のみに捕らわれた指導の中では、一番と言っていいほど、ないがしろにされる、もしくは、罵声だけで指導されてしまうこの姿勢。ただ単にまっすぐ立つだけじゃないか、そう思われる方もいることでしょう。
そう、一人で堂々と、ただまっすぐに立つ。意思を持って、凛としてそこに自分を存在させること。これが、人生を幸せに生きる基本ではないでしょうか。だから、私は、この「自分の足でしっかり立つ」という“気をつけ”の姿勢を一番子供達に育てたかった。
実は、運動会前日、後輩の粋な計らいで「今日だけは、生き方を教えてくれた松井先生のために演技してほしい」と子供達は言われていたらしく、270人の子供達が、指揮台の私だけへ、組体を表現してくれました。涙がとまらなかった。あの“気をつけ”の姿勢、眼差し、一生懸命に走る姿、優しさと強さに溢れた演技に、後輩の言葉なんて何も知らなかったけど、「みんな、ありがとう!」とさけんでいました。(そして、熱い心の後輩に感謝です。)
もう一人、いつも助けていただく、大先輩のS先生。5年担任だったS先生は、いつも迷っている私の背中を押してくださいました。大尊敬するS先生からいただいた言葉、
「こんなに子供を育てる組体を初めて見た。」
組体の指揮の経験もある若手男性教師の一人は「組体の指導冊子を見たとき、正直、この技で大丈夫かと思った。でも、すごい組体になった。」と言いました。
親も、育っていくものなのです
娘が5年生の時、背が高い割に体重が軽めの子でしたので、なかなか肩車でペアの子を持ち上げられず、家でも妹で練習していました。涙の時もありました。担任の先生のおかげで、気持ちだけは萎えずに、でも技としては成功することなく、運動会当日を迎えました。母として心配でした。でも成功でも失敗でも、一生懸命に取り組む娘を応援しようと思っていました。1人演技から2人演技と進んだとき、娘は見事に肩車を成功させました。「できたね・・・」ビデオを撮りながら、涙でした。そして、娘が家で教えてくれた練習での先生の言葉が、演技が進むにつれ、思い出されました。「クラスで1つのピラミッドをつくるねん。クラスで心を一つにするから。」「最後には、6年生の中で、一番しんどい土台の場所の子が、朝礼台の真ん前に並ぶんよ。」私は、今まで、自分の娘ばかりにレンズをあててビデオを撮っていました。今は、お友達のがんばりも、大切にとらえられるようになりました。この時の担任の先生に、娘は人生を頂いたと思っています。娘に関わっていただいた先生方にも感謝です。
組体は、特に親として心配なことも多いです。弱音を吐けるのは、お家だからこそ、その言葉だけを聞くと、保護者は、痛いだけ、つらいだけと思うかもしれません。だからこそ、教師は、安全対策に万全を期し、子供の気持ちを支えないといけません。でもその先に、我が子の成長を見ることができたとき、親も親としてまた成熟するのです。
組体操も、技だけに捕らわれない、ゴールの姿を遠くに見据えた教育活動として、指導することが大切なのです。
「危険だから組体操はやめましょう」ではなく、そこに内在する教師の意識と指導方法を考えることが大切なのだと思います。これは、何も、組体に限ったことではありません。これまで、このつれづれ日誌で私は、理科、道徳、算数科の中でも主張してきたことです。
それは、子供に真摯に向き合っているか、子供の人生をつくっていることを意識して教育活動を営んでいるか、です。
親はどうしても心配や結果への叱責を押さえられない面も多い。だからこそ、教師は、子供の生き方を伸ばそうとする教育観をもってほしい、いえ、持つことが責務なのです。
もし仮に、組体操ではない、高学年の表現運動を行うとしても、同じです。大切なことは、一つだけ。どんな子供に育てたいかです。もちろん、どんな教育活動にも安全管理が必要なことも同じでしょう。
さて、次回のつれづれ日誌には、学校の研究について執筆しようと思います。いつも熱い内容で長くなってしまい、最後まで読んでいただいている方がいるのかなと、若干の心配を感じつつ、研究に対する熱い思いを、次号から載せたいと思います。今回もご一読、ありがとうございました。
松井 恵子(まつい けいこ)
兵庫県公立小学校勤務
兵庫県授業改善促進のためのDVD授業において算数科の授業を担当。平成27年度兵庫県優秀教職員表彰受賞。算数実践全国発表、視聴覚教材コンクール特選受賞等、情熱で実践を積み上げる、ママさん研究主任です。
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