「わたしたちは、6年1組の実力があることを、証明したいと思います!」
見出しの言葉は、「資料の調べ方」の授業でのNちゃんの言葉です。今回紹介する授業も、撮影したビデオをもとに、子供たちの言葉をそのまま紹介しています。
このNちゃんの言葉、教科書に掲載の6年1組と6年2組のソフトボール投げの記録を、平均値ではなく、記録の散らばりで分析する時間に発せられたものです。
1組は、平均が上だけれども、散らばりが広範囲にわたっているという記録。
2組は、平均は下だけれども、散らばりの範囲がせまい記録。
Nちゃんのグループ以外すべてのグループが、2組に実力があるという反対意見でした。そんな中、この言葉を皮切りに、主張が繰り広げられるのです。
Nちゃんのこの言葉の力強さ、感じていただけますか?
では、どうやってこのような力強い主張へと導かれていったのでしょうか?
シンプルが子供を動かす!
この単元は8時間構成にし、前半の4時間は、全くグラフを書かせず、分析のみを行いました。
まず、既習事項には、新鮮な再会を用意します。
1日の気温の変化を円グラフや棒グラフで示すと、子供達は「おかしい!!」と大騒ぎ。
気温の変化を示すためには、折れ線グラフが適していることを再確認し、グラフは適したものを選び、使うものということを意識づけました。
次時は全国スポーツテストの平均を取り上げ、昭和60年度の11歳と平成25年度の11歳(まさしく自分たちもその一人!)のスポーツテストの各種目を分析しました。
そして、ボール投げなどの平均が下がっている種目をこれから体育や遊びで取り入れたらよいという結論を出しました。
柱状グラフについては、分析のみ行う時間を設定しました。
棒グラフと似ているけどちがう柱状グラフを「棒グラフ2世くん」と名付け、そのよさを味わい分析を行いました。
このように、単元の前半では、全くグラフをかかせず、「資料→分析→これからに生かす」という経験を設定したのです。
なぜなら、この単元は、柱状グラフをかくことや散らばりや代表値を知ることがゴールではないからです。
ゴールは、統計的に考察する力を養うこと。
代表値やグラフはそれらを用いて、資料の傾向を読み取ることができてこそ意味がある。
だから、前半は分析のみを行う。
グラフは一切かかせず、子供の目的意識と活動を「分析」という1つに絞る。
このシンプルが、子供を動かすのです。
「平均が上のクラスの方が、実力が上と言い切れるか」
冒頭で紹介した言葉は、この課題からスタートした授業で繰り広げられました。
平均値が上だけれども、散らばりが広範囲に広がっている1組と、平均値は下だけれども、散らばりの範囲がせまい2組を比較しながら、クラスの特徴を分析するという授業です。
この時間も、グラフは一切かかせません。
グラフをかけば、子供はグラフをかくことで手一杯になり分析の時間がとれないことも予想されるし、目的が「グラフをかくこと」と「分析をすること」の2つになり、意識がぶれるのです。
授業は、シンプル IS BEST
だから、必要とされるであろう資料は、全て教師が用意しておき、自分たちの主張に合うものを選択できるようにしました。
用意したものは、柱状グラフ(棒グラフ2世くん)、散らばりが表された数直線、表、データが大きい順に並べられた表の4種類、それと電卓。
目的と活動をただ一つ、「1組と2組の分析」におくのです。
クラスの特徴を調べよう
「今日のめあてはこれです。」といって上記のめあてを板書し、授業をスタートしました。ビデオから子供の発言を聞き起こして書いていきますので、多少交じる関西弁をご容赦ください。
T「ある学校の6年1組と2組のソフトボール投げの記録について、比べながら、ここ(クラスの特徴を調べること)にもどるよ。」
T「何が知りたい?」 C「人数が知りたい。」
T「1組が28人 2組26人」
C「平均がわかるんだったら人数はいらない。」
T「なるほど、そうだよね。平均はね、1組26.8m 2組26.2m」
C「お-。」
T「どう?」
C「6年1組の方が、0.6m多い。」
T「あ、じゃあ昨日調べたように、平均が上の1組の方が実力がある。」
迷い出す、子供達・・・「え?・・・」「そうとは・・・」ざわざわ
Yさん「平均なので、めっちゃ飛ぶ人もおれば、飛ばない人もいるから、全体的に実力が上とは言えないと思います。」
Sくん「もしかしたら2組は、20mから30mにかけていいぐらい飛んでいるかもしれへんけど、1組は、もしかしたら、一人が四十何mくらい飛んで一人が十何mくらいしか飛んでへんかもしれへんから、全体的にいいとはいえないと思います。」
私「平均が上だから、実力が上って昨日まで喜んでいたのとちがう?(笑)」
話したそうな子供達の様子。ここでペアトーク。
この後、一番飛んだ人の記録(最大値)を知りたいという声から、最大値を紹介。
「1組は45m 2組は35m」
「お~~~」そして笑顔。
「じゃあ、最小は?」「最低が知りたい!」
「あなたたちの言い分は、その開き具合がみたいということやね。
ということは、最大の記録と最小の記録の差があれば、平均が上でも実力があるとは言えない。
じゃあ、6年1組は実力はない。」
「うーん。」
そして私から「比べながら、1組と2組のクラスの強みが見つかればいいね。」と付け加えます。
ここで、「今の時点で、平均が上の1組の方が実力が上と思う人。」と言うと、たった一人だけT君が挙手!
「じゃあ、6年2組の方が実力があるのではないか、という人(手を挙げましょう)。」と私が尋ねると、
「いや・・・」と首を横にふり、教師の言うことに納得しない子供達。
これがまた、うれしかったです。
2択を示しているのに、迎合しない我がクラスに、教師の発言にそう易々とは流されない強い意思を感じ、それがうれしかった。
教師の腕の中から、たくましく巣立っていくような感覚を持ちました。
「他の記録も知りたいってこと?君たちが言っているのは、平均以外の資料もつかって、クラスの特徴を調べようっていうことかな。」
ここで、50インチのテレビに全てのデータを表示しました。
「Tくんがんばって1組のよさを見つけてね。」と言いながら。
「うわ、見にくい!」と子供達。
「見にくいので、データをアイテムとして用意しました。」そう言って、前述したグラフ等を出しました。
Tくんのグループは、Tくん応援グループになり、1組の強みを探します。グループ活動の間、ずっと電卓をたたいているTくん。その理由は後ほど紹介します。
グループ活動こそ、教師が気を抜くな!
グループ活動の時、教師の役割は大きいです。決してやってはいけないのは、だれも話をしなくなったから、ペアやグループで話しましょうという教師の身勝手な投げかけ。
教育活動は、意図的に、子供達の学びのために仕組まなければいけません。
また、教師に意図があったとしても、何のためにグループ活動をしているか、子供達が迷わないように、コーディネートしないといけません。
グループ活動に入る前に、論点を示したり、机間巡視をしながら、時に全体に指示をしたりすることが大切です。
私がこの授業で行ったコーディネートの言葉です。
「たくさんの資料がありますが、後でみんなで、特徴を探していくんだから、これが一番主張が分かりやすいという資料を選んでいくんですよ。
どれがあなたたちの主張を強調できる資料でしょうか。」
そして、にぎやかだけれども、ぶれない話し合いの声が教室に響く時間が満ちていきます。
きっとこれを「楽しい」と子供達は感じている、そんな心地よい空気が教室に広がっています。
この子達が、3年生の時から言語活動の充実を謳い研究を方向付け、毎年、公開研究授業を行ってきました。
この4年の礎があるからこそ、この心地よい空間ができてきたのだと、研究主任として自負できます。
「わたしたちは、6年1組の実力があることを、証明したいと思います!」
全体討議の時間の始まりです。
「では、時間も迫ってきているので、モグラたたき方式(次々に発表していく方法)で、“同じで”とか“ちがって”という風に続いていってください。」と投げかけて一つめのグループがスタートです。
今回の全体討議は、発表会ではなく、あくまで、判断をしていく過程を重視したいと思ったので、始めから、全員が発表する必要はないと考え、進めていきました。
「ソフトボール投げの特徴で、1組は記録にばらつきがあって、2組は記録がかたまっています。
数直線でみても、2組は差があまりないけど、1組は差があります。
1組は、人数が一番多い記録は、20m以上25m未満だけど、2組の人数が一番多い記録は、25m以上30m未満だから、2組の方が実力があると思います。」
「ぼくたちの班も、さっきの班と同じように、・・・人数にばらつきがあるので・・・」
「記録にばらつきがあるやで」すかさず、フォローが入ります。
「ぼくたちは、棒グラフ2世くんをつかって、1組と2組のグラフを重ねて見てみました。・・・」
やはり、記録にばらつきがあるけど平均が上の1組より、平均は少し下だけど、記録にばらつきのない2組を実力があるという主張が続きました。
この間も、1組が実力があると主張するTくんは、ずっと電卓をたたいています。
さあ、Tくんのグループの登場です。「T君グループ、今、もくもくとデータを集めております。ちょっときいてみよう。」
Nちゃん「わたしたちは、6年1組の実力があることを、証明したいと思います。」
みんな「お~!!」
Tくん「・・・・1組の合計が750mで2組の合計が680mで、2組の最高記録は35mでその最高記録の人が2人いたとしても、同点になるから、1組と同点だと思います。」
みんな「・・・・?」
同じグループのYちゃんがみんなを見ながら、「わかっとるんかな?」
聞き手を意識しながら発表することも、大切にしてきたことです。
ここで、私から補足を加えました。
Tくんが言いたいのは、1組は28人、2組は26人。もし2組にあと2人いて、しかも、2組の最高記録である35mを出していたとしても、1組の記録の合計と同じになるから、1組の方が実力が上ではないかという主張。
それに対して、「でも!」と主張が飛び、また「それに対して!」と他の意見も飛び交いました。
すると、そこに、Rちゃんのグループが、「1組が上という結論になった。」といって、前に出てきました。
それが3枚目の写真の画用紙です。
「6の1のいいところは、差はあるけど、飛び抜けで出来る人が2組よりも多いことです。
それはここに線をひいてみると、2組よりいい人が5人もいるからです。
6年2組のいいところは、みんな平均的にできているところです。
1組の改善点は、うまい人が苦手な人に教えたらいいと言うことです。」
私「今後にいかすということがでてきたね。」
「2組の改善点は、全体的にもう少しがんばるということです。
全体的に記録を伸ばすより、うまい人が苦手な人に教えた方が、簡単に記録が伸びると思うので、
6年1組の方が、実力があると思います。」
「そういう問題?」と笑い合う子供達。
私「今後どうなるかはわからないけれど、今のデータの傾向としてみたんだね。」
私「このように自分たちの主張したい事柄によって、データから抜き取る情報がちがったね。」
この後、平均が近い時は平均だけではなく、それ以外の見方でみることが大切であるとまとめ、散らばりや柱状グラフという用語を教えました。
すると、「柱状グラフ?棒グラフ2世くんでええやん。」と子供達。
「中学校で棒グラフ2世くんって言ったら困る!」
「え?中学校でもでてくるん?」
「でてくるよ。」
さらに、自分たちのクラスのソフトボール投げの平均値、散らばりを見せると、なぜか大爆笑。
「明日は、いよいよ、柱状グラフをかくよ。自分たちのデータを、柱状グラフにかこうね。」と締めくくろうとすると、
「先生、正解は、どっちなん?」
「正解は、先生が決めるものじゃなくて、あなたたちの中にある。」
子供達は、正解を探して授業を受けることが殆どです。だから、この授業の「平均が上だと実力が上と言い切れるか。」という課題を設定するにあたり、他の先生から反対も受けました。
でも、私は、どうしてもこの課題にしたかった。
とにかく子供自らが、どう読み取ろうかと考え、関わるようにしたいという、一途な思いがあったからです。
分析の仕方によって様々な傾向が見られ、多角的に特徴を捉えることのよさやおもしろさがこの単元の醍醐味です。
その醍醐味を味わわせたい!その思いただ一つです。
授業最後にふっとでた子供の思い、「どっちなん?」
すかさず、答えました。
「正解は、その時のあなたたちの見方によって違う。
先生が決めるものじゃなく、あなたたちの中にある。
今日の結論をあなたたちで決めて。」
そう言って、結論を挙手で採りました。
すると、始めはTくんだけだった「1組が実力が上だ」と思う人が、クラスの3分の2を占めました。
拍手が起こり、授業が終わりました。
でも、やっぱり、2組が上だという主張をノートに書く子もいましたよ。
それでいいと思っていますし、それも力だと思っています。
単元のゴールは、遠くにえがく
今回の授業には、賛否両論あることと思います。
私自身、悩みに悩み抜き、授業をつくりました。
私の思いはただ一つです。
単元のゴールを、できるようになった姿ではなく、もっと先、将来、子供達にどう生きて欲しいかにおくこと。
私たち教師は、子供達に生き方を教えているのです。
それは、道徳や学活、生徒指導だけではありません。
全教育活動を通じて、意図的に行うべきなのです。
今回なら、資料の整理という活動を通して、的確な判断をしたり、合理的な予測をしたりしようとする態度をゴールの姿にしました。
多くの情報が溢れる現代社会、そして予測不能な未来社会において、特に重要な意味を持つはずです。
子供達の幸せを願い、真摯に授業をつくりこと、あなたの欲を捨て、子供にとって力となる授業を考えること。
それが教師の最重要課題です。
そのためには、「遠くのゴールの姿」を持ちつつ、「シンプル IS BEST」な授業づくりを!
松井 恵子(まつい けいこ)
兵庫県公立小学校勤務
兵庫県授業改善促進のためのDVD授業において算数科の授業を担当。平成27年度兵庫県優秀教職員表彰受賞。算数実践全国発表、視聴覚教材コンクール特選受賞等、情熱で実践を積み上げる、ママさん研究主任です。
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