2026.06.20
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学校には、目に見えない学びがある

学校の価値とは何でしょうか。学力でしょうか。授業でしょうか。
もちろん、それらは大切です。しかし、学校で育っているものはそれだけではないようにも思います。
友達との関わりや先生とのつながりの中で、子どもたちは目には見えにくい大切なことを学んでいます。『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』を読みながら、そんなことを改めて考えました。

兵庫県西宮市立総合教育センター 指導主事 羽渕 弘毅

子どもが誰かのために動く学校の力

山崎エマさんの『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』を読みました。
映画『小学校~それは小さな社会~』も見ていましたが、本書を通して改めて山崎さんが語る日本の教育について考える時間になりました。

著者は、日本の学校を外だけではなく中からも見つめる立場だからこそ、私たちが当たり前だと思っていることの中にある価値を丁寧に拾い上げています。
その中でも、私が考えさせられたのは、日本の学校が大切にしてきた集団の力でした。

近年は、個を大切にすることが重視されるようになりました。それはとても大切なことです。一方で、日本の学校が育んできた集団意識にも、やはり大きな価値があるように感じています。
ただ、私が価値を感じているのは、単にみんなで頑張ることではありません。

学校を見ていると、子どもたちが自然に誰かのために動いている場面に出会うことがあります。

・休んでいる友達のためにプリントをそろえる。
・列の全員分のノートを集めて、きれいにまとめて先生へ提出する。
・保健室へ行っていた友達に「ここまで進んだよ」と伝える。

誰かに「こうしなさい」と言われたわけではありません。
その友達が困るかもしれない。先生や友達が喜ぶかもしれない。不安になっているかもしれない。
そんなことを想像しながら、あるいは意識せずとも自然に動いているように見えます。
目の前にはいない相手のことを考える。
そうした姿を見ていると、学校で育っているものは学力だけではないのかもしれないと思うのです。

子どもたちの姿を見ていると、不思議に思うことがあります。
こうした行動は、道徳の授業で教えたから身に付くものなのでしょうか。
むしろ、日々の学校生活の中で、友達と関わり、先生に見守られながら少しずつ育っているものなのかもしれません。

誰かのために動くこと。誰かを気に掛けること。当たり前ですが、そうした力は、テストでは測れません。

つながりの中で育つ子どもの学び

前回の「見えない力で、学校はできている」では、人とのつながりが教師や学校を支えていることについて書きました。
その話は子どもたちにも当てはまるように思います。
子どもたちもまた、つながりの中で育っています。友達とのつながり。先生とのつながり。そして、学校と家庭とのつながりです。

担任をしていた頃、私は連絡帳によく子どもたちのよかった姿を書いていました。
授業中に頑張っていたこと、友達に優しくしていたこと、係活動で活躍していたこと、ふと見せた意外な一面などです。

翌日になると、「家の人が喜んでたよ」と教えてくれる子もいました。
子どもの成長を学校だけで見守るのではなく、家庭と一緒に喜び合う。
今思うと、そうした何気ないやり取りもまた、子どもたちを支える大切なつながりだったように思います。

学校には、授業時間だけでは見えない関わりがあります。朝のあいさつ。休み時間の会話。連絡帳の一言。放課後の何気ないやり取り。

そうした積み重ねの中で、「自分は見てもらえている」「ここにいていい」と感じられることがあります。
学びを支えているのは教材や指導法だけではなく、人と人との関係なのだと改めて感じます。

学校で学ぶテストでは測れない力

コロナ禍では、学校は教科だけを教える場所ではないのだと、改めて気づかされました。
当時は、オンライン授業や動画教材など、さまざまな工夫が行われました。
学習を止めないための努力が全国で続けられました。

それでも、多くの子どもたちが待っていたのは、授業そのものというより、学校という場所だったように思います。
友達と会いたい、先生と話したい、みんなで給食を食べたい、一緒に遊びたい。そんな声が聞かれました。
あの経験は、学校の役割について見つめ直す機会でもありました。

もちろん、学校は知識や技能を身に付ける場所です。それは大切な役割です。
けれども、学校にはそれだけではない価値もあるはずです。
誰かと協力すること、誰かを気に掛けること、助けたり助けられたりすること、自分とは違う考えに出会うこと。そうした経験を積み重ねながら、子どもたちは少しずつ成長していきます。

学校では、毎日いろいろなことが起こります。
友達と笑う日もあれば、けんかをする日もある。
誰かを助ける日もあれば、誰かに助けられる日もある。
そうした積み重ねの中で、子どもたちは少しずつ人との関わり方を学んでいるのかもしれません。

学校には、目には見えにくいけれど、大切なものが流れている。
子どもたちが誰かのことを気に掛けたり、誰かに支えられたりしながら過ごす毎日の中に、その一端があるのかもしれません。

『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』を読みながら、そんな当たり前の価値について考えました。

羽渕 弘毅(はぶち こうき)

兵庫県西宮市立総合教育センター 指導主事
専門は英語教育学、学習評価、ICT活用。高等学校や小学校での勤務経験を経て、現職。これまで文部科学省指定の英語教育強化地域拠点事業での公開授業や全国での実践・研究発表を行っている。働きながらの大学院生活(関西大学大学院外国語教育学研究科博士課程前期)を終え、「これからの教育の在り方」を探求中。自称、教育界きってのオリックスファン。

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