入試問題を探究の素材に変える日本史授業実践
「探究学習は大切だが、教科書を終わらせ、入試対策をするだけで精一杯......」
そんな悩みを抱える現場は少なくありません。しかし、難関大の論述問題や共通テストの資料こそが、実は教科における探究の最高級の素材になるとしたらどうでしょうか。
この記事では、入試問題を解く対象から探究の種へと転換し、生徒たちが自ら納得解を紡ぎ出す日本史の授業実践を紹介します。教科の本質を突き詰めれば、受験対策と探究は地続きになる。その仮説にもとにした実践を共有します。
花園中学高等学校 社会科教諭 伏木 陽介
探究的な教科学習と入試問題

現在、学校において探究という言葉を聞かない日はありません。いたるところに探究の文字があり、研修や開催される探究発表会の情報。しかし、それは、いかに現場が探究の実践に課題を持ち、悩んでいるか、その状況の裏返しだと感じています。
特に教科教育の現場では、探究的な学びを「総合的な探究の時間(総探)」のような、課題設定からフィールドワーク、発表までを行ういわばパッケージ化された取り組みの教科版だと捉えてしまうことがあります。「ただでさえ教科書を終わらせるのが精一杯なのに、そんな時間は取れない」「探究をやると入試に必要な知識が疎かになるのではないか」という懸念です。
しかし、学習指導要領が求める教科における探究とは、決して教科の本質から離れたイベントや特集授業ではありません。むしろ、教科固有の見方・考え方を働かせ、知識を構造化し、未知の事態に活用するプロセスそのものを指すところに目標があるのだと感じます。この記事では、高校3年生の「日本史探究」で実践したことのある国立大学論述対策を事例に、教科指導と探究を結びつける手法について考えます。
探究的な教科学習とは何か
教科における探究とは、単なる調査、調べ学習だけではありません。例えば問いに対し、根拠(史料やデータ)に基づいて仮説を立て、論理的に構築し、他者との対話を通じてその妥当性を検証していくプロセスだと言えます。
特に地歴科においては、暗記した知識を獲得し、表現するだけではなく、与えられた史資料や歴史的な素材を読み解き、既習知識と結びつけて歴史像を再構成する作業もまた、探究的な取り組みとして考えられます。
では、その素材はどこにあるのか。その糸口を国公立大学の二次試験に見つけました。
東京大学の入試問題を教材にする
この授業は、文系クラス(中堅進学校、20名ほどのクラス)で実践したものです。必ずしも選ばれた生徒たちの授業ではなく、最難関校ではない環境でも、入試問題を思考の素材として活用することで、探究的な学びを成立させることができるという一例として共有できればと思います。
高校3年生の「日本史探究」(自身は日本史Bの段階から実践)の演習授業で、私は東京大学をはじめとする国立大学や私立大学の論述問題を教材として活用しています。なぜなら、これらの問題自体が、近年の歴史学界の潮流や、現代的な歴史観を鋭く反映した良質な問いで構成されているからです。
実際に授業で東京大学の入試問題を提示すると、生徒の多くは最初、「難しい」「何を書けばよいかわからない」と戸惑います。しかし、資料を丁寧に読み、既習内容と結びつけながら意見を出し合う中で、「この史料はどの立場から書かれているのか」「この政策は幕府の財政と関係しているのではないか」といった仮説が少しずつ生まれ、議論が動き始めます。
東大の入試問題(日本史)の多くは、初見の史料や図表が提示されます。これに解答する生徒たちは、自分の知識を単に書き連ねるのではなく、「なぜこの資料が提示されているのか」「この資料と既習の事案はどう結びつくのか」をその場でさまざまな仮説を提示、考察し、資料に即して(論としての説得性も持たせながら)、限られた字数でアウトプットすることが求められます。これは、学問としての歴史学をはじめとする研究に見られる(史料)批判と解釈のプロセスそのものであり、発展的な学びを構築するための最良の基礎となります。
特に東京大の入試問題の場合には、既存知識を書き連ねても正答になることは少なく、作問者のメッセージの核を読み取り、自身の学習してきた内容と結びつけ、丁寧かつ、理論として飛躍せずに解答を行う必要があります。
また付け加えれば、入試問題を扱うのは、受験対策のためというよりも、良質な問いと歴史資料が凝縮された教材だからとも言えます。
例えば、2026年東京大学入試問題の大問4は「日中・アジア太平洋戦争期と高度経済成長期における男女の働き方」がテーマでした。戦中・戦後の女性就労率のデータが示され、政治の変化と社会構造の変化を織り交ぜて考える問題でした。生徒たちは教科書を検索する情報源として活用し、就労率の変化がなぜ生じるのか、そのような問いに迫る資料として問題を逆利用することができます。
では、このような問題にどのように生徒に取り組ませていったのか、実践のプロセスは以下の通りです。
論述問題を教材化する授業実践

生徒同士で論述を共有するためのワークシート。現在はロイロノートや Google Workspace の共有機能も活用している。
自分で考え、文章にまとめる
生徒はまず、与えられた資料と自身の知識を総動員し、論述回答を自力で作成します。自分の持っている知識はもちろん、必要に応じて教科書や資料集、デジタルでの情報収集も許容し、活動を促します。
文章を共有し、意見を出し合う
作成した文章をクラス全体、あるいはグループで共有します。ここで重要なのは、単なる褒め合いではなくダメ出し(クリティカル・チェック)の視点を持つことです。「この一文は根拠が薄い」「資料Aの解釈がこの文脈では矛盾している」といった指摘を互いに行います。もちろん、より適切な表現をお互いに指摘し合ったり、資料内容から言える内容に無理はないか、逆に不足部分はないかを検討したりするなど、交流を促します。
写真はその交流の際に作成した、生徒みんなで書いた論述を共有したワークシートプリントです。現在はロイロノートやGoogle Workspaceなどの共有機能を活用して実施します。
視点を広げ、模範解答を練る
自分とは異なる視点や解釈に触れることで、生徒一人ひとりの視野が広がります。最終的に、全員で議論しながらその時点での模範解答を練り上げていきます。
生成AIで考えを広げる
近年では、このプロセスに生成AI(ChatGPT等)をスパイスとして導入することもあります。生徒が作成した解答に対し、AIに「別の歴史的視点から反論して」「この資料の欠落している視点を指摘して」と問いかけることで、思考をさらに深めることができます。AIを答えを出す装置として使うのではなく、異なる視点を提示する思考のパートナーとして活用する姿勢で活用を促していきます。
思考の過程をどう評価するか
この活動では、単に正答に近いかどうかだけでなく、「史料を根拠として論を構築できているか」「他者の視点を踏まえて修正できているか」といった観点で評価を行います。いわば思考プロセス自体を評価対象としていきます。評価シートを生徒間で共有し、評価平均点を出し合いワイワイ騒ぎながら、なぜその評価点なのかも議論します。
この繰り返しの中で、生徒たちは次第に教員が教える正解を待つのではなく、自ら資料を読み解き、妥当性の高い答えにたどり着く能力を獲得していきます。教員は正解を教える人から、思考を促し、議論の方向性を整理する伴走者へと役割を変えるのです。
驚くべきことに、こうしたプロセスを経て導き出された生徒たちの解答は、時に予備校や市販の問題集が提示する模範解答よりも、多角的で深い洞察を含んでいることさえあります。
また、この授業では、必要に応じて、「どのような歴史的な仮説が他に考えられるか」「どのような考察が可能か」「活動の中で残った疑問はどのようなものがあったか」についてもワークシートや発言を促します。この活動は、授業で答えを提出したら終了ではありません。歴史を素材に、教科内容そのものが「現在進行形の問い」として残り続けることを、生徒たちに実感させることにつながります。これはどのような単元においても、大切にしている視点です。
実際、この活動を経験した生徒たちからは、「教科書に書かれている歴史はすでに決まった事実だと思っていたが、史料や立場によって解釈が変わることがわかった」「歴史は答えを覚える教科だと思っていたが、自分たちでも考える余地があることに気づいた」といった感想が聞かれました。
入試問題を素材として扱うことで、生徒たちは単に難しい問題に向き合うのではなく、歴史を多面的に捉え、問いを立てながら考える学びへと踏み出していきます。この実践を通して、生徒たちは日本史を覚える教科ではなく、史料をもとに考え続ける学問として捉えるようになりました。
入試問題から教材研究を広げる
「東大の問題はレベルが高すぎて、うちの学校では無理だ」という声もあるでしょう。しかし、本質は問題の難易度ではなく、資料活用のスタンスにあります。
東大の問題も、分解すれば、良質の授業資料として活用できます。特に設問のスタートに提示される史資料は、近年の歴史研究の動向や、教科書理解の深堀りを企図するものであることが多く、通説を相対化させたり、既に理解している一面的な歴史理解を他のアングルから生徒たちとともに見つめ直す上で、とても示唆に富んだ内容を含んでいることも多くあります。
また、大学入学共通テストの問題なども、一級の歴史資料や、それを構造化したメモ、図表が豊富に盛り込まれています。これらはそのまま授業教材として転用可能です。「共通テストを解くために過去問を使う」という、いわゆる赤本的な使い方から脱却し、教材を発掘するためのソースとして活用するのです。おそらく、共通テストの作問者もそのようなメッセージも含め問題を作っているのだと私は感じます。
共通テストの設問をベースにしつつ、授業者がその資料を抜き出し、問いを再構成してオリジナル教材へと作り変える。これにより、例えば中学生などであっても活用できる興味深い資料読解の授業を作成することが可能になります。高校の指導教本や教科書の解説だけに頼るワンパターンな教材探しから、いかに脱却するかが鍵となります。
また、このような考え方は、日本史に限らず、あらゆる教科や段階に応用できるかもしれません。例えば中学校の社会科であれば、高校入試の過去問に含まれる統計グラフや地図資料を「なぜこうなるのか?」という問いの素材として切り出すことで、同様の対話的な探究が構築できます。理科であれば、共通テストの実験データを「なぜこの結果が出たのか」と問い直すことで、科学的探究のプロセスを追体験させることができるかもしれません。教科を問わず、入試問題は探究素材の集積所として捉える視点が重要です。
日常の素材を教材化する視点

歴史シミュレーションゲームの画面から、歴史人物のステータス(能力値)の理由を探る授業プラン
最後に、教材探しについての私見を述べます。教材は教科書や教科関連の書籍の中だけに存在するわけではありません。 教材と思えないものを、どう教材化するかという観点こそ、教員の専門性が表れるところであり、オリジナルなものを作成できるところに、学校で行う教科学習の可能性があるのではないかと感じています。
普段の生活で見かけるニュース、街角の掲示板、あるいは趣味で読んでいる本。日本史だからこそ歴史的なものではない分野の書籍や、文学・映像作品、時にはアニメ・ゲーム作品など…。そうした一見、非教育的な素材から、いかにして問いを見出し、生徒の探究心を刺激する資料へと転用していくか。その意外性の発見は、生徒の興味関心を引き出し、授業を面白くしていきます。この活動は、誰にも真似できるものではないので、先生一人ひとりがオリジナルで創り上げる愉しさがあります。
例えば一例として、写真にも掲載している「そのデータはなぜそうなんだろう」を紹介します。この授業は、有名な歴史シミュレーションゲームの画面を使いながら、歴史人物になぜそのようなステータス(能力値)が付与されているのかを探ります。実在の歴史人物を活用したゲームでは、たいてい歴史事実からその数値を類推して措定しています。この原因をそれぞれの人物史の中から、それこそゲーム感覚で探っていく。地理の授業では、例えば地域の生鮮食品売り場の陳列物を写真に納め、この生鮮食品売り場のレパートリーの特徴から、その販路や地域的特徴を仮説を立てながら探っていく…、など、いろいろな切り口を考えるのは楽しいものです。数学の授業で「和算」「算額」 などに注目し、歴史✕数学での授業を実施したこともありました。
もちろん学習指導要領やさまざまな内容を前提とする中での活動です。しかし、このオリジナルさを追求する姿勢は、教員の教材研究を楽しくし、また、教員の足で稼ぐ活動の姿勢こそが探究的です。その姿勢こそ、生徒に教員が要望しているものなのではないでしょうか。
探究という、言葉に押され、特別なものとして構える必要はありません。入試問題や目の前に広がるあらゆるものを、例えば日本史であれば歴史的に捉え直し、生徒と共に面白がり、疑い、構築し直す。そうしたプロセスこそが、これからの教科の探究の姿の一つなのかと感じています。
この記事で紹介した実践が、その一歩を踏み出すためのヒントになればと思います。
参考資料

伏木 陽介(ふせぎ ようすけ)
花園中学高等学校 社会科教諭/中高一貫(ディスカバリー)コース統括・ICT担当、東西探究交流会代表
長年にわたり、探究学習のプログラム策定や実践に携わってきました。
学校や授業の改革には何が必要かを考え、現場でのチーム作りや実践を重ねております。
また、大学などの「学術知」を中高の教科指導とどう結びつけるかを追求し、共通テストの分析やICTとの接続等の教材開発に取り組んでおります。
こうした経験を活かし、未来の学びの創造に貢献したいと考えています。
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