2024.06.06
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先生にとっての何だかとても大切なもの~学校でのアタッチメントの補いと家族的な学年経営には関係があるのだということ

最近時々考えているのは、愛着とかアタッチメント(※)と名付けられているもののことです。 たとえば保育の場では0歳からの乳幼児を預かることもあり、アタッチメントを相当に意識されているのではと思います。
※アタッチメントとは この文中では「特定の対象との間に築く親密で情緒的なきずな」(Bowlby1988 二木監訳1993)と捉えています。

静岡市立中島小学校教諭・公認心理師 渡邊 満昭

私の勤務先は6歳から12歳の子どもたちが集う小学校なので、一般的にそれが育まれるとされる時期からは少し外れているのかもしれませんが、様々な子どもたちに出会い一緒の時間をすごしことばを交わすなかで改めてアタッチメントを意識させられる現象に出会ってきました。 
その日その時の気持ちがすぐれなくても、子どもたちがいつのまにか足を運ぶことのできる学校・学年・学級作りは、たとえわずかではあってもその子のアタッチメントの補いにつながるのではと感じています。 では、どんな学校のあり方が子どもたちの足を学校に向かわせるのでしょうか。
 今回はあまり着目されていない、小学校での複数担任から構成される学年部のあり方と子どもたちとの情緒的なきずな(アタッチメント)について考えてみましょう。

子どもたちが学校へと足を運ぶ理由は何だろう

将来への目的意識をその子なりに持ち、そのための学習を進めようとする子どもたちなら、学校での勉強がおもしろい・楽しいということが一番となるのでしょうが、やっとの思いで学校にやってくる子にとっては、ちょっと違ったところにこそ学校のよりどころがあるとも思っています。
友達との会話がとにかく楽しいという子もいるのでしょう。そんな友達に支えられて学校に通ってきた子もたくさんいるのだと思います。ただ相手との関係を結ぶのが苦手な子にとっては、それもなかなかに大変なことのようです。

そんなとき、その子の状況も受け止められる大人である「先生」とのやりとりは、その子にとってほっとできるとても大事な一時となるのでしょう。その積み重ねで居場所感(安心・安全の意識)も高まっていくような気がします。
つまりクラスでのアタッチメントの補完とは、家庭がその役目を担うように、先生という安心・安全の場を確保した上で徐々にクラスに学校にこぎ出していくような感覚かなと思っています。

この場合、安心安全の対象となる先生は、一人よりも二人三人と複数であったほうが、その子の関係の広がりが期待できそうです。一人の先生を足がかりに学校にやってくるよりは、複数の先生に足がかかりとなってもらえる方が、その子の安心ワールドは広がります。
我々にとっては「えっ」となる話ですが、その時のその子の気持ちによって、話したい先生は変わるのでしょう。時には悪態をつくこともあるのでしょう。それは当たり前と言えば当たり前のことです。家族の中でなら、今誰とどんな話したいのかということにもつながる感覚です。

通常級における学年部の家族的な運営とは

そういえば、ある先生が「何だかこの学年部、家族っぽいね」と話してくれたことがありました。私を含めベテラン二人と若手二人で構成される4クラスの構成です。オープンフロアーもある学校でしたので、一堂に会して4人で学年全体での活動を進めたり、担任を交換して授業したりと4人ならではの工夫を続けていました。
しだいにどのクラスのどの子とも4人の担任が関われる関係が構築でき、かつ先生同士の気さくなコミュニーションが確保されていました。子どもたちも、別のクラスの先生とも日常的に交流があり、内容によってどの先生と話すかを選んでいたように思います。私に対しては、「ちょっと○○先生と相談してくる」と言ってクラスからでかけていくのが日常でした。

子どもたちはいろいろな状況を抱えていましたが、それでもこの家族にも似た学年集団の連携で、卒業していくその時まで子どもたちを支えきることができたのです。
最近は学校規模の縮小により、3人以上の教諭で構成される学年部は通常級では構成しにくくなっています。でもそんなときは、学校全体がファミリーのような感覚で、教科担任制や委員会活動やクラブを通じて担任以外の先生ともそれぞれの子が関係構築できるようなことを考えても良いのかもしれませんね。

支援級での家族的学年運営とその効果

一方支援級は、教室数も増えそれなりに大きな学年部となってきました。男女とも幅広い年齢層の先生がそろっており、教員だけで一家族という感じです。なおかつ一児童と教諭の距離がいろいろな意味でとても近いのです。
するとここでは、なぜか学校に足が向かなかった子もそれなりに回復していくような事例に何度か出会うことができました。その子にあった学習内容の効果というとらえもできますが、私はアタッチメントの補完の効果ともいえるのではないかと考えています。

ここでも家族的な学年部のあり方を念頭に、機会を捉えてすべての子どもたちとすべての先生が関係作りを進めています。担任であってもなくてもどのクラスにも出入りでき、気楽に子どもたちや各先生と話せるのがちょっとうれしいなと我ながら思っております。
かくなる私も、もしかしたらアタッチメントの補完を当時の学校の先生達から受けてきたのかもしれないとも考えています。だからなぜか担任の先生だけでなく、その時の学年の先生方のしてくれたこともよく覚えていますし。

覚えていられるだけ関わってもらったのだ、そういう子どもだったのだということが、今ならなんとなく推測できますね。なんだか「ありがとう先生方」とちょっと言いたくなりました。

渡邊 満昭(わたなべ みつあき)

静岡市立中島小学校教諭・公認心理師・学校心理士・環境教育インタープリター・森林セラピスト


いつの間にか、小中学校全学年+特別支援学級+特別支援学校+通級指導教室での担任を経験し、生徒指導主任+特別支援教育コーディネーター+教育相談担当経験も10年を超えていました。すると担任を離れたとたんに何かを忘れてしまって、担任に戻ってみると忘れていたことに気がつくということがたびたびありました。それはうまく言えないけど何だかとても大切なもの。先生を続けていくための糧のようなもの。
その大切なものについて、自分の実践と合わせお伝えしていこうと思います。

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