2023.12.27
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先生にとっての何だかともたいせつなもの 子どもとの「信頼」はどこからやってくるのかということ

授業をするのが私たちの役目なのだけれど、特に小学校の子どもたちは、年齢が低くなればなるほど学習を施す側(先生)との結びつきが学習の効果にあらわれる感触があります。調べてみると、いくつかの教育に関する論文でも同様のことは取りあげられていました。
なるほど、結びつき=信頼関係と考えれば、それは目には見えないけれど担任としての役目を続けていく上で欠かせないものですよね。今回はそれがどこで生まれるのか、どこからやってくるのかというお話です。

静岡市立中島小学校教諭・公認心理師 渡邊 満昭

年度末、少し前向きな子どもたちのあらわれより

いよいよ今年度も大詰め 1・2・3月はまさにジェットコースターのように過ぎていくのは、担任の先生ならひしひしと感じるところだと思います。そういえば、目の前の子どもたちがなぜか 前より自分から勉強をしようとする姿がちらほら見える気がします。(珍しいことではあります。もちろん日によって違いますが・・・)そちらのクラスの状況はいかがですか。
学期が進むからあたりまえと思いがちですが、ではなぜ子どもたちはそんな表れを見せてくれるのでしょう。

まとめの時期だから、勉強が好きになったから、自分のためだから、なりたい目標ができたから、もうすぐ一つ上の学年だから、卒業が見えてきたから、進路が決まってきたからというのが思い浮かぶことでした。たぶん子どもであったかつての自分もそう思っていたことでしょう。
ただこの思いが生まれるためには、どうやらその前のステップが必要なのではないかということにやっと気がついてきました。

それはあたり前といえば当たり前なのですが、子どもにとっても先生にもお互い気心の知れたクラスであること。そんなクラスは、学習の効果も上がりやすいし予後も良いと思うのです。
学期の最初は私も子どもたちとぶつかることが多々あります。子どもたちの価値観と私の価値観のすりあわせの時期だと思います。なぜか自分のクラスは例年活発な子が多いので、冷静な話し合いが成り立つことはそんなに多くはないのです。

それでも、なんとかして積み上げていきたいのは子どもたちとの信頼感です。授業の中で得られた信頼感もうれしいのですが、それは授業で活躍できる子たちがメインになりがちかなと思います。授業で得られた信頼以上に強く結びつく、授業外の信頼もあるのかもとも思っています。

子どもとの「信頼」はどこからやってくるのか

かなり元気であれこれいろいろなことをしでかしてくれるその子は、今日もあちこちでトラブルの火種を作ったりとなかなかに手がかかります。指導もなかなか通らず、その時も他の子からの訴えで話をしている最中でした。
その時連絡が入りました。けがをした子がいて大変なのだということ、すぐ担任は来てほしいということ。でも指導も授業も半ばなのです。目の前にはその子が一人だけ。   

いろいろ思うことはあるのですが、事態が事態なのでその子に頼むしかありませんでした。学習の継続、落ち着いて待っていることなどちょっと慌て気味の私が、その場で思いついたことをです。
ところがいつもは「しらねえよ、いやだね」と突っぱねるその子が、その時は「わかった」としか言わないのです。

とにかく現場へ駆けつけそちらは事なきを得ましたが、自分のクラスの状況は散々だろうなあと思っていました。対応を済ませ、もどってみるとどうでしょう。平然と自分たちで学習している姿が見えるのです。かえって静かなくらいでした。聞けば、いつもと違う様子のその子が、状況を話し呼びかけをしてくれたとのこと、クラスのみんなも、いつもとちがうその子のあらわれに応えたのだということのようでした。
そんな一面もあるんだと思えた瞬間でした。

だからといって次の日から表れが変わるというようなことはありませんでした。トラブルはその後も続きます。だけど、私はその子にささやかな信頼を置くようになりました。どうやらその子にも同じような思いはあるらしく、いつもの話しの詰めが少々柔らかくなったように感じました。そして学年の終わりには、その子も私もまあまあお互い気心が知れた感じで、クラスでの毎日をすごしていたのです。

子どもたちとの対話ややりとりからサインやマーカーを読み取る力の大切さ

子どもたちはいろいろな価値観や多様な考えに触れて大きくなっていきます。信頼とはその中で、私がこどもたちの期待に応えたり、期待に応えようとする姿を見せてもらったりしつつ、積み重ねていくものではないかと考えています。
結局クラスすべての子どもたちと信頼感でつながることは、難しいのかもしれません。でも、せめてこの大人の人は手本になるところもありそうだとか学習の教え方が上手だとか人の命を大切にしているとか、何かその子に伝わるものがあれば良いのかなと思っています。その結果が、練れたクラス(円熟したクラス)としてあらわれてきたのなら最高なのですが。

これまで30回分の視点でいろいろ考えてきましたが、子どもたちと私たち先生とが構成するクラスの日常の中に「先生にとっての何だかとても大切なもの」の「なにか」があることはほぼ間違いないと思います。アンケート調査と分析で「なにか」を明らかにしようとする試みをしたこともありますが、そもそもアンケートがおぼつかない年齢層でもあるため、しっくりこない部分もありました。
では自分はどうやってクラスの状況を把握しているのかというと、子どもたちとの対話ややりとりから何らかのサインやマーカーをつかんでいるように思います。上記のようなその時その瞬間の言葉や表れこそ、その子の本質に近い大切なものだと思うのです。この積み重ねがいわゆる学級風土や学級の雰囲気を形成するものではないでしょうか。

渡邊 満昭(わたなべ みつあき)

静岡市立中島小学校教諭・公認心理師・学校心理士・環境教育インタープリター・森林セラピスト


いつの間にか、小中学校全学年+特別支援学級+特別支援学校+通級指導教室での担任を経験し、生徒指導主任+特別支援教育コーディネーター+教育相談担当経験も10年を超えていました。すると担任を離れたとたんに何かを忘れてしまって、担任に戻ってみると忘れていたことに気がつくということがたびたびありました。それはうまく言えないけど何だかとても大切なもの。先生を続けていくための糧のようなもの。
その大切なものについて、自分の実践と合わせお伝えしていこうと思います。

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