2021.07.08
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

本当に大切な評価は何だろう?

前回の最後に、本当に大切なことは評価軸を自分で作ること、そして自己評価ができる力を育てることではないでしょうかと書いて終わりました。
今回は評価のまとめとして、この点について書きたいと思います。

立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任) 酒井 淳平

評価は他者だけが行うものではない

「外の評価にあわせにいくか、自分のうちにあるもので行動するかのどっちかだ」。
昨年度(2020年度)のマイプロジェクトアワード全国大会で、元陸上選手でスポーツコメンテーターの為末大さんが言われていた言葉です。為末さんは同時に「人生はこの2つのバランスだ」ともいわれていました。評価について考えるときに、この言葉がすべてかもしれないと思います。

ここまで2回評価について書いてきました。観点別評価が実は評価の意味を問いかけていること、学校での評価には説明責任や生徒の成長のためなど様々な要素が含まれていることを指摘しました。

ただ評価を議論する際の根底に「教員が生徒を評価する」という暗黙の前提があること、一般的に評価が議論される際にはそうなりがちであることは忘れてはいけないと思います。もちろん通知表や指導要録など公の書類は教員が学校で生徒を評価し、それを記録して残すものです。このとき生徒は教員が作った物差しで測られます。
生徒の立場に立つと、外の評価にあわせにいき、その結果を評価されることになります。もちろん人生において外の評価にあわせにいくということは必要です。そもそも評価する側の教員も、採用試験に合格して教諭になっています。採用試験合格が教育委員会など他者が作った物差しで評価された結果であることは事実です。しかし外からの評価にあわせることがすべてではありません。自分で自分を評価する自己評価も重要です。

自己評価と他者評価をすり合わせることが重要

横浜創英中学・高等学校の工藤勇一校長と、神経科学研究者の青砥瑞人さんが書かれた『自律する子の育て方』では、自分と向き合う機会が少ないと人が外部評価に依存しやすいことが指摘されています。そして外部評価に依存する形で自己が形成されていくと、結果的に周囲の意見に流され、行動が起こせないようになってしまい、それをこじらせると自分を見失うことにもなりかねないとのことです。
一方で人間は自分の物差しで自分を見ることもできるので、大事なことは自分と向き合うことなのです。ここからメタ認知能力の重要性が明らかになります。本の中ではメタ認知能力は「自己を俯瞰的に捉え、自己について学ぶ機能」と定義されていましたが、メタ認知能力こそが重要であることは間違いありません。 

評価の場面において、生徒が自己評価し、それを他者の評価とすり合わせていく、その経験を重ねることで自己評価と他者評価を一致させていく。これはメタ認知能力向上につながることで大人にも大事な力でしょう。他者評価を受け入れて自己成長につなげること、自分のことを俯瞰的にとらえて他者評価と自己評価が一致していくこと、これらが大切なことなのです。
学習指導要領では「学びに向かう力」の評価について、自らの学習状況を把握し、学習の進め方について試行錯誤するなど自らの学習を調整しながら学ぼうとしているかどうかを評価するということが書かれていますが、おそらくこれはメタ認知能力を意識しているのではないでしょうか。

評価軸を自ら作る

メタ認知能力を育てる。これで十分だとも思いますが、最後にもう一つ大切だと思うことを書きたいと思います。そもそも評価はその人のある側面でしかないこと、そして評価軸は誰かが作ったものということです。

生きていく中で、すでにある評価軸にあわせることは必要です。しかしそればかりになると、外の評価に依存してしまい、自己を見失う危険性があることは先ほど書いた通りです。たとえば「こういう教育をしたいけどうちの学校は○○だしなあ」「○○したいけど大学受験があるから」このようなことはよく言われることです。
しかし、この発言は裏返せば進学実績など外の評価に合わせることしか考えていない発言です。本当に自分のしたいことがあるなら、外の評価にある程度あわせつつ(結果をそれなりに残しつつ)、自分の取り組みたいことを形にして、最終的には自分で評価軸を決めてしまう。それができれば、自分の人生を生きることができ、社会を変えることもできるのでしょう。為末さんの言う「自分のうちにあるもので行動する」はこちらにあたります。

評価軸を自ら作る。これは究極の目標かもしれません。そのためにもまずはメタ認知能力を高めることが大切なのではないでしょうか。『自律する子の育て方』では、メタ認知はメタ認知ができる人しか教えられないとも書かれていました。評価ということを契機に、まずは私たちが自分と向き合い、何のための評価するのか考え、取り組まなければいけない評価には粛々と取り組みながら、どのような評価をしたいのかという思いを形にしていくこと。今問われているのは、私たちがこうした姿勢を持てるかどうかなのかもしれません。みなさんはどう思われますか。

お読みいただきありがとうございました。評価について3回書いてきましたが、これで終わりとし、次回はコロナ禍での職場体験について考えたいと思います。引き続きよろしくお願いします。


酒井 淳平(さかい じゅんぺい)

立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任)
文科省から研究開発学校とWWLの指定を受けて、探究のカリキュラム作りに取り組んでいます。
キャリア教育と探究を核にしたカリキュラム作りに挑戦中です。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop