2021.06.21
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帰国子女の見た目問題~続き~

両親が日本人で家庭内の文化は日本。当然見た目は日本人。日本語も流暢。だけど、アメリカの学校しか知らない子どもたち。彼らが日本の学校に通い始める時の戸惑いや緊張に、日本の学校しか知らない私たち大人は気づいてあげているでしょうか(前回の続き)。

ユタ日本語補習校 小学部担任 笠井 縁

新1年生との大事な確認 1つ目

図1

アメリカの教室で使われるハンドサインの例(筆者作成)補習校ではもちろん使いません。

日本語補習校の小学1年生を迎えるにあたり、忘れずに子ども達に伝えておかなければならないことが2つあります。それは、登校から下校までおやつはないということ、そしてトイレは休み時間の内にすませ授業中には行かないこと。当たり前のようですが、これを聞いたアメリカ育ちの子ども達は不思議な顔をしていました。「なんで?」と聞いてくる子ももちろんいます。

まずはおやつ。アメリカの学校では先生からのご褒美で小さなおやつがもらえることが結構あります。自分の誕生日にクラス全体にカップケーキやクッキーなどを配ることを楽しみにしている子もいます(そう、お誕生日の子が他のみんなに配るのです)。息子が4~5年生の時には、学年ごとに割り振られたランチタイムが遅いので(教室ではなくランチルームへ移動して食べるので学年ごとに入れ替わる)ぜひおやつを持たせてくださいと年度当初の担任からの連絡事項に含まれていました。学校でのおやつの是非は置いておいて、アメリカの学校ではよくある光景です。各自で課題に取り組む時などにおやつをつまみながら…ということもあるようです。

ユタ日本語補習校の授業は土曜日の9時から12時の3時間ですが、開校当初はこの件について検討し公式の方針を「きまり」として打ち出さなければなりませんでした。アメリカ生活に慣れ、ちょこちょこ食べ物を口に入れる習慣のある子どもたちにとって、このたった3時間の「我慢」がなかなか大変なのです。ましてや補習校の場合、車で30分以上かかる遠方から通ってくるご家族もいます。その場合、朝ごはんを摂るのはもっと前になります。

この問題はしかし、子どもたちには比較的すんなり受け入れられます。家庭内の文化に日本的な側面があれば、なんとなく「日本語の学校ではおやつはない」「(幼稚部ではおやつがあるけど)1年生になったからおやつはない」という感じで子どもたちも一応納得するようです。もとより、私たち大人があげなければ食べることはできないので我慢するしかないのです。

新1年生との大事な確認 2つ目

時間割の例と帰国中高生

表1-1は筆者作成 表1-2は「パーソナリティ形成の心理学」青柳肇・杉山憲司編著(福村出版,1996)をもとに筆者作成

ところがトイレについては、生理的なものですから用を足したくなったら我慢することはできません。そのために日本では「休み時間の間に済ませておく」という習慣づけがあるわけです。これがアメリカの学校にはない。この場合「ない」のは習慣づけではなく、それ以前に「トイレや次の授業に移るための準備をする休み時間がない」のです。

日本人の私には初め、この意味が分かりませんでした。1時間目、2時間目、3時間目…と4~6時間くらいの授業時間に区切られていて、その間に10~15分の休み時間があるのが世界共通だと思っていたのです。

しかしアメリカの学校では、表1-1にあるように外に出てしっかり遊ぶのは昼食後(ランチタイム自体が30分から長くても40分程。その半分が食べる時間、後半が外で遊ぶ時間)と午前か午後に1回だけある20分程の休み時間だけ。あとは活動から活動へクラスの中で移行するのみ。もちろんそんなに集中力は続きませんから、活動の合間に先生の指示で体を動かしたり、自由度の高いことをして気分転換を図ります。

ではトイレや水飲みは、いつ済ませるのでしょう。

答えは「いつでも行っていい」です。ただし、先生の許可を得て。その度に「先生、トイレに行ってもいいですか?」と声が上がったら授業の妨げになるので、図1のようなハンドサインで静かに知らせて、先生に「〇〇さん、行ってもいいですよ」と言われたら席を立つのです。

これが学校での普通の振る舞いだと思っていたら…というよりアメリカの学校にしか通ったことがなければこれしか知らないのですから、補習校で「トイレは授業中に行かないこと」と言われたら「なんで?」と思うのは当たり前ですよね。

学校のきまりはその文化内のみ有効なものも多い

社会や集団のルールを論理的に説明するのは難しいと改めて気づきます。文化的文脈の中で「ここではこうする」と決められただけなのです。アメリカにも日本にも、どちらにもそれなりの理由があります。静かに素早く用を足してきて授業の妨げにならなければ、授業中にトイレに行ってはいけない理由とはなんでしょう。

今回ご紹介したのは、ほんの一部、表面的な学校文化の違いだけです。この他に、先生と生徒の距離感、先生の振る舞い、学校生活におけるルールやその評価方法(褒め方、注意の仕方)など日本とは違うなぁという面がたくさんあります。

表1-2にあるように、中高校生であればこういった文化や習慣の違いを言語化したり客観視することが可能になってきます。しかし小学生、しかも低学年の子どもたちはどうでしょう。一見無邪気に馴染んでいるかもしれません。それでもその心の内は穏やかではないと思うのです。

さらに、外見が日本人で日本語も流暢で漢字もよく読める…そんな児童だったら、このような内面の動揺や戸惑いは、大人が想像力を働かせて意識的に観察をして、そこで初めて見えてくるのではないでしょうか。テレビでもハーフタレントさんのタメ口キャラは成立しやすいですが、見た目が日本人の帰国子女枠で同様の好感を得るのは難しいようです。今後このような児童や生徒を受け入れる機会があったら、この記事を思い出していただけると幸いです。

笠井 縁(かさい ゆかり)

ユタ日本語補習校 小学部担任


アメリカの小さな補習校で多文化の中で成長する子どもたちと一緒に学んでいます。アメリカの現地小学校でも非常勤で子どもたちと接し、日本との違いに驚くこともありますが、子どもたちの学びの過程には共通する部分も多いのではないかと思っています。

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