2020.12.05
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

発達障害のある子どもへの支援の実際「記憶が残りにくい子どもたちの実例」(NO.12)

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

授業の初めに前日の内容を思い出させようとしても、ほとんど覚えていない子どもたちを前にすると、自分の指導力の未熟さを感じることがあります。一方、とても残念なことですが、教師はそういった子どもたちに「積み重ねができない」という烙印を押しがちです。

しかし、そういった現状はあっても、私が出会った子どもたちの全員が何かしらの方法によって記憶力を高め、学習に前向きになっていきました。それは、私だからできたということではなく、心ある多くの教師が努力を重ねることによって、子どもたちの力を伸ばしているのです。

ツルツルした板を傾け、そこに水を流したとします。水は全て流れていってしまうでしょう。しかし、板の一部に凸凹があったとしたら、そこに水が溜まることができます。繰り返し水を流すことで、水溜りを大きくすることもできます。子どもたちの中にも、同様のことが起きていると思います。ただ、その水溜りを作るきっかけを見つけるためには、ある程度の経験も、子どもと仲良くすることによって子どもから教えてもらうことも必要なのです。

 

A君

A君は、学習内容のほとんどを難しいと感じているようでした。教科書の長い文章を読むことや、ワークシートに自分の考えを書くことなどには、苦手意識が先立つことが多かったように思います。直前に伝えたこともすぐに忘れてしまうので、活動の指示を出したときには、やり遂げるまで見守る必要がありました。40人に近いクラスの中で学習するのは厳しいのかなと思いましたが、一対一での学習では、おやっと思わせるような場面に出会うことができました。得意とすることがあり、それを伸ばすことによって自信をつけることができたからです。

その例のひとつは、彼と鍵盤ハーモニカを練習したときのことです。音楽会があるというので、一緒に練習することにしました。週に1度、10分間程度の練習であったにもかかわらず、A君はドレミの歌を覚え、ゆっくりなら正確に演奏できるようになりました。漫画で描いてもらったように、できるようになったときのセリフと表情には、私の方が驚かされました。

Bさん

BさんもA君と同様に、長い文章を読んでも内容がほとんど理解できないようで、心のシャッターを下ろしてしまうタイプでした。絵本であっても、絵を見ながら想像することの方が得意で、文章を聞いてイメージすることは苦手なように感じました。

たまたま国語の教科書に、金子みすゞの「わたしと小鳥と鈴と」が掲載されていたので、それを一緒に読むようにしました。すると、この詩を大好きになりました。この詩にはリズムがあるので、読んでいて心地よいのです。他には、谷川俊太郎さんの「きりなしうた」などにも興味をもつことができました。

残念ながら、リズムがあって内容が素晴らしい子ども向けの詩は、そんなに多くはありません。内容が素晴らしくても、リズムが感じられないことがあるからです。ぜひ、リズムに注目して教材を選んでみてください。詩人の方が、子ども向けのリズムある詩を書いていただけると嬉しいです。

さて、Bさんは、算数も得意な方ではありませんでした。しかし、九九を覚えることができたのは、学習のよい土台となりました。Bさんの集中が途切れないように、算数などは彼女に合ったレベルの問題を、次々にテンポ良く解かせるようにしました。これは、大きな集団での指導では難しいので、一対一の指導が可能なときにやってほしいと思います。この手法によって、Bさんは自信をつけることができたように思います。

 

漫画では描ききれませんでしたが、記憶力に不安のある子どもであっても、大きな力を発揮する場面を目撃することがあります。C君もその一人でした。彼は、指示されたことも理解できなかったり、学習に取り組むことすら避けようとしたりするところがありましたが、大好きなダンスの振り付けを完璧に覚えることができました。また、トランプの神経衰弱ゲームをしたときには、誰よりも多くのカードを取ることができ、喝采を浴びました。

どんなタイプの子どもであったとしても、方法を探ることによって彼らの記憶力に働きかけ、学習の成果を上げることができます。ただ、クラスの担任が探りながら授業を進めることは、とても困難だと思います。時間的にもエネルギー的にも、キャパシティを超えていると思われるからです。

知り合いの子どもは、漢字を全く覚えられなかったので、6年生になってから個人塾にお世話になったそうです。すると、漢字のテストの点数が上がっていき、自信をつけることができたと聞きました。その話を聞いて、やり方が子どもに合っていれば、遅過ぎることはないんだなと考えさせられた記憶があります。

子ども一人一人の特性を生かし、伸ばしていくことは試行錯誤の連続です。学校の中でも担任一人が担うのではなく、多くの助けを求めていきましょう。また、学校外に思わぬ助っ人がいることもあるのです。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

同じテーマの執筆者
  • 松井 恵子

    兵庫県公立小学校勤務

  • 松森 靖行

    大阪府公立小学校教諭

  • 鈴木 邦明

    帝京平成大学現代ライフ学部児童学科 講師

  • 川村幸久

    大阪市立堀江小学校 主幹教諭
    (大阪教育大学大学院 教育学研究科 保健体育 修士課程 2年)

  • 髙橋 三郎

    福生市立福生第七小学校 ことばの教室 主任教諭 博士(教育学)公認心理師 臨床発達心理士

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop