2020.11.22
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発達障害のある子どもへの支援の実際「記憶が残りにくい子どもたちへの対応のヒント」(NO.11)

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

子どもたちの様子

記憶力の大きさというのは、残念なことに誰もが同じとはいかないようです。一度聞いたらずっと覚えていられる人もいれば、聞いた途端に忘れてしまう人もいます。忘れてしまうといっても、認知症のような症状とは区別されなければなりません。得た情報を記憶に留めることが難しい場合もあれば、記憶を呼び戻すことに困難な場合もあるのです。それは、多かれ少なかれ誰にでも経験のあることではないでしょうか。

しかし、誰にでもあることとはいえ、子どもたちに学習をさせていく際には、記憶力は大きな働きをします。また、記憶力を育てていかなければ成果が上がらないということは言うまでもありません。丸暗記をさせることが大事だと言っているのではありません。意味のある形で、記憶に残していくこと、必要なときにそれを引き出すことができるようにさせていくことが大切だと申し上げているのです。

さて、記憶に残りにくいタイプの子どもたちを見ていると、その原因のひとつとして意識のあり方に課題があることがわかります。大勢の子どもを相手にしている授業では気づきにくいのですが、一対一で勉強を教えていると、子どもの意識がふわっと飛んでいるのを感じることがあるのです。そんなときの子どもは、頭の中のシャッ子どもたちの様子ターを下ろして店じまいをしているかのようです。大好きなゲームのことを考えているのかもしれませんし、何も考えていないのかもしれません。

たいていの子どもは、途中で余計なことを考えることがあっても、ポイントを聞き取っているので問題にはなりません。しかし、極端に意識が飛んでしまう子どもの場合、意識が戻るまでに時間がかかってしまって、聞き逃すことが多いようです。そもそも必要な情報を得ていないのです。そして、意識が戻ってきたときに、「えっ、なんのことだっけ?」となってしまうのです。


二つ目に考えられるのは、学習の内容が難しすぎるために、意識を集中するのが困難になってしまい、情報を得たり記憶に留めたりすることが困難になる場合です。英語の苦手な人が長いスピーチを聞いている最中に、難しくてわからないからと聞くのをやめてしまうというイメージに似ていると思います。学習内容を簡単なものにすることができなくても、説明に使う表現を平易なものにするなどの対応が必要です。

三つ目の理由として、話を聞くだけだと情報を受け取りにくいことが考えられます。そのような場合には、何を言っているのかわからない、つまらないから聞くのをやめようという流れが起きてしまいます。視覚的な情報で補うことが必要です。

学級という大きな集団の中では、子どもたち一人一人の集中力について一日中見張っている余裕はありません。ですから、大勢の子どもの気持ちを自分の話に向けさせることは、とても大切なのです。授業の中の規律や空気感を大事にしていかなければなりません。ただ、一対一であっても集中できないときには、発達に課題を抱えていると捉えた方がいいと思います。

対応のヒント

このタイプの子ども達に、言い聞かせたり叱ったりしながら話を聞かせようというやり方は間違っています。子どもたちに「話を聞いてみたい」、「新しいことを知ってみたい」と思わせることができるように、自分の指導力や話術を高めることこそが大切です。

話し方のポイントは、内容を明確にし、イメージをもたせることができるようにすることです。概念を押し付けて暗記することを求めるのではなく、情報を得て自分で考え、自分自身で概念を作り上げていくような指導をするのです。情報を提供する際には、絵や図、動画などを適宜使っていくことも必要です。タブレットなどを活用できるのであれば、積極的に使っていくといいでしょう。また、教師の話し方や声に慣れさせていくことも、とても大切です。

それから、授業の中にはユーモアも必要だと思っています。和やかな雰囲気の中で学習できるように、意図的に教師が間違えてみるとか、楽しい語呂合わせを考えてみるとか、工夫次第で楽しい授業になると思います。

記憶に残るような授業を作っていくことは、発達障害の有無に限らず、全ての子どもたちにとって必要なことであり、ユニバーサルデザイン教育であるといえます。

漫画を見てください。私は担任をしていたときには、月に一編の詩を教え、それを書き写させたり暗唱させたりしていました。特に効果的だったと思うのは、朝の会の挨拶のあと、全員が立った状態で詩を朗読させることです。学校生活のスタートに、全員が声を揃えて詩を読むこと。その意味やリズムに浸ることは、かけがえのない経験となるのです。

副産物として、そうやって読んだ詩は、ずっと覚えていられるということです。大人になっても、九九を暗記したように忘れることがないのです。何かの出来事があったときに、その詩を覚えていることが力になるかもしれません。

それからテンポも大切です。みなさんは、「理解できるように、ゆっくり教えた方がいい」とお考えかもしれません。しかし、それは逆です。子どもの様子を見ながら、スピードを速めていくことも必要なのです。そうすると、意識をどこかに飛ばしてしまう余裕がなくなり、集中しやすくなります。だからといって、教師が早口に話すとか、黒板に書いた文字を素早く写させるとかではありません。テンポ良く問題を解かせていく、質問していくというやり方を工夫するのです。

手遊び歌などで、スピードを上げたりゆっくりしたり、声を大きくしたり小さくしたりという工夫をすることは、大人が想像する以上に大切なことだと思います。

 
それから、教師が話したことを、すぐに声に出させることも有効です。私は算数のポイントとなる事柄を説明した後、子どもたちにも同じ内容を友達に伝えるように指示することがあります。教師が話したことを、聞き取っているのかという確認にもなりますし、相手に伝えることで記憶にも残りやすくなるのです。

その際にも、遊び感覚で行うことが大切です。例えば友達に説明し、教師と同様のことが言えていると思ったら、サインをしてもらうというやり方を、子どもたちは面白がってやります。その日の授業内容に合わせて、「今日は3人からサインを集めてきてね」などと声をかけると、歩き回れるというリラックスした雰囲気も手伝って、楽しそうに活動することができます。中には、黒板を貸して欲しいと言って、黒板の前で説明を始める子どももいます。

この授業の仕方を始めたのは、クラス全体の聞き取りの力が弱いと感じたときでした。繰り返し行ううちに、子どもたちから、「メモをとっているので、もっとゆっくり話してほしい」という要望が出るようになりました。それは、彼らにとっても、そして私にとっても、ターニングポイントだったと思います。伝えたつもりのことが、果たして伝わっているのか、常に子どもたちの様子を見て確認していくことが大切です。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

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