「卒業に向けて、どうしていったらいいですか?」
「卒業に向けて、クラスをつくっていくために、どうしていったらいいですか?」という質問を投げかけられることがあります。方法として以前の記事に載せたように、学級活動や卒業式の指導、卒業表現の指導など述べることができるでしょう。
でも、本当に一番大切なものは、マニュアルで残せないところにある。それを感じられるかどうかが、教師としての勝負所ではないでしょうか。
兵庫県公立小学校勤務 松井 恵子
方法を求め過ぎるな。
授業も教育活動も、これをしておけば、必ずうまくいく、などというものはありません。ですが、情熱だけで、方法がおかしければ、なかなか子どもに伝わらないことも事実です。
ただし、あまりに、方法を求めてばかりはいませんか?
例えば卒業式に向けて、どうやっていくかを説明すると
①唯一無二の卒業表現にするために、6年間の振り返りと詳しく書かせ、子どもの言葉、ほぼ100%でつくる。
②正式な卒業式の練習が始まる前に、プレ練習として、体育館の4隅に分かれ、卒業表現の各場面ごとで発声練習を行う。一斉に声を出させることで、声を安心して出させること、注意を受けることは、大事な過程であることを経験させる。
③座り方・気をつけ・礼の仕方を指導。
そして、卒業式の練習を重ねていく。
以上のようなことを方法として、挙げることができますが、例えば、休憩やふとした空白の時間、子どもがわいわいと体育館で騒ぐことを許す教師もいる。私は、絶対に許さない。厳かな場所で、急に騒ぐということは、やはり、式だけきっちりやっているふりをしたらよいという人の気持ちの愚かさがでていると思うからです。このような場で、厳かな空間をつくることは、人としてのマナー、もっというとその人の人間性が垣間見える。
やはり、いつでも思うこと、それは、卒業式を通して、生き方を育てたいということです。
私のクラスの子どもの言葉を借りるならば、「一生の力に」できる卒業式にしたいということ。それは、授業も学校で行う全ての活動を、「生き方を育てよう」と投げかけてきたからこそ、出てきた言葉でしょう。
卒業式でなくとも、教師が、その場しのぎで、なんとなくうまくいくことを望んでいるなら、子どももそのような行動になる。たまたま、卒業という大きな節目で、子どもの考え方、言葉として如実に表れただけで、どの学年も、言語にされないだけ。
もちろん、どの子も、私の魂の叫びとでも言える思いを、常に素直に受け取っていたのではない。だからこそ、言えることがある。それは・・・
どんなにうまくいかないときも、届けることに徹せよ。
というか、「うまくいく」って何ですか?つつがなくスムーズに授業が流れることが「うまくいく」でしょうか。保護者からクレームなく、子ども同士にけんかがなく、なにごともなく進むことが「うまくいく」でしょうか。
それとも、担任が子どもと仲良しで、なんとなく毎日が楽しくすぎることが「うまくいく」?クラスの団結が感じられると「うまくいく」?
うまくいっているかどうかって、教師の見え方だけの問題かもしれません。もちろん、子ども同士の関係がよくなかったり、物事に向かう姿勢が斜に構えてしまったりする状態は、子どもにとっても教師にとっても、つらくしんどいものです。でも、教師が、しんどくても、子どもとうまく関係がつくれてなさそうに見えても、たいていの頑張っている子達は、教師の生き方をまっすぐ見ています。
だから、魂を届け続ける。
だから、今までの教師経験なんていくらでも捨てます。毎日、フラットに子どもを見ます。あらたに、今、子どもに必要なことを考え、新しい授業をします。本やSNS、ネットを見て、参考にするのはもちろん、年上の方だけではなく、10歳いや20歳?ほど年下の方でも相談し、次に向かう一歩にします。
ダイヤモンドを磨くには、ダイヤモンドしかないそうです。固い石であるダイヤモンドの原石を、光り輝くように削るには、小さなダイヤモンドの粒でしか磨けないそうです。
人にとって一番大切なのは、「心」
「心」を磨くのは「心」でしかない。
そこには、教師が、教師という立場でのみ、話したり教育したりしていては、育てられないものがあるのです。
「どうやったら、あの先生のようになれるのだろう。子どもをあんなに導くにはどうしたらよいのだろう。」
そのような憧れを持つことがスタートラインです。そう思うだけで素晴らしいです。憧れる力なくして、教壇にたってはいけません。生きるモチベーションの高さを感じさせることこそ、一番、大事な教育です。若くても、年齢を重ねても、一番大事な根本だと私は思います。
スタートラインにたったら・・・あなたの魂を磨きなさい。
子どもの成長のためを思い、自分の出来ることを常に考え行動し、人としての生き様を届ける。受け入れるところと、決して屈せず、だめなものはだめと伝え続ける魂。いらいらしたり、たじろいだりすることなく、毅然と、時に柔らかく、時に剛速球で、思いを届ける。そこに、いらいらした感情や「こんなはずでは」というような感情をいれては、魂にはなりません。それは、教師の傲慢になってしまいます。どんな状況でも、受け入れ、でも、自分自身を腐らせることなく、教師として、人として、伝えなければならないことがあるはずです。まっすぐに子どもを受け入れ、そして、「心」を届け続ける。それは、あなたの生き様そのものであり、魂である。
自分の感情におぼれることなく、魂を磨いてください。
そしてその魂は、完成させるべからず。
これが自分のスタイルというものなんて、いつでも捨てて、明日の子どもを考え、授業を作る、しなやかさこそが、魂に磨きをかけるのです。
こちらが心を開き、魂を届け続ければ、今、子どもに届いてないように見えても、きっといつか忘れ去られたころに、何かの芽になっているかもしれません。
私は、幸せなことに、1年が終わろうとする前に、その芽生えを届けてもらっています。
毎日の日記に、子ども達の言葉がかわってきました。4月に、飾ろうとしていた言葉が、次第に本音となり、弱音部分の本音から、毅然と前に向かおうとする本当の心の叫びになってきました。もちろん、人それぞれです。でも、その子その子で、確実に心の変化・成長を果たしています。
私が守り、導いてきたつもりでしたが、私の方が、守られ、そして、新しい世界に導いてもらったように感じます。ただ、それは、勝手に子ども達がそうしたのではなく、やはり、担任の魂が届いたからなのだと思います。
卒業に向けて、学年末に向けて、あなたの魂を、どうか子どもに届けてあげてください。方法は、思いの上に、成り立ちます。マニュアルを求めずに、泥臭くても構わないから、あなたの魂を届けましょう。それが、心の土台となる。
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松井 恵子(まつい けいこ)
兵庫県公立小学校勤務
兵庫県授業改善促進のためのDVD授業において算数科の授業を担当。平成27年度兵庫県優秀教職員表彰受賞。算数実践全国発表、視聴覚教材コンクール特選受賞等、情熱で実践を積み上げる、ママさん研究主任です。
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