2026.07.27
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AI時代に考えるELSI(倫理的・法的・社会的課題)と教師のあり方 New Education Expo 2026 リポート vol.8

未来の教育を考えるNew Education Expo 2026東京。vol.8では、教育現場でAI・データの利活用が進む中、教師が果たすべき役割や、そのあり方について考えるセミナーの模様をリポートする。公平性、プライバシーの侵害、責任の所在といったELSI(エルシー/Ethical, Legal and Social Issues/倫理的・法的・社会的課題)の視点を踏まえ、人間の教師に何が求められているのか、白熱した議論が繰り広げられた。

ELSI(論理的・法的・社会的課題)を考える 〜AI時代に「人間」の教師は何を求められているか〜

滋賀大学 教育学部 教授 加納 圭 氏
元杉並区教育長  井出 隆安 氏

【コーディネータ】
教育ジャーナリスト/上智大学 特任教授/帝京大学 客員教授 松本 美奈 氏

AIの問題を教師は指摘できるか?

教育ジャーナリスト/上智大学 特任教授/帝京大学 客員教授 松本 美奈 氏

最初に、教育ジャーナリストの松本美奈氏が2つの問題提起を行った。

1つは、「国は教師に何を求めているか」。2022年1月にデジタル庁が関連省庁と共同で策定した「教育データ利活用ロードマップ」では、「子どもたちの学びをデザインし、コーディネートする」のがこれからの教員の役割であるとされている。一方で、教員の多忙化と教員不足が問題となり、文部科学省は教師の負担軽減のためにその業務範囲を整理する「学校と教師の業務の3分類」を進めてきた。

「しかし、教師だけが担う業務というのは未だ明らかになっていません。ところが、指導の個別化や学習の個性化にAI・データを利活用する流れはもうできている。これは果たして人間の教師にしかできない業務なのでしょうか」と松本氏は問いかける。

そもそも、AIやデータの利活用には問題が山積している。教育委員会が企業に丸投げし、企業も保護者の同意なく、子どもの個人情報を収集し、ビジネスに利用していた問題は記憶に新しい。また、AIが人間の無意識の思い込みを反映して偏った結果を導き出す「バイアス」も問題視されている。事実、松本氏が生成AIのCopilotとGemini に料理を作る人のイラストを描くように指示すると、いずれも若い女性が料理をしている似通ったイラストを出してきたという(2025年時点)。

こうした「AIの問題を指摘できる教師か」というのが、もう1つの問題提起だ。ところが、松本氏が教師を対象としたセミナーで「博士と聞いて思い浮かべる姿」を描いてもらったところ、そのほとんどが「白衣を着た年配の男性」を描いた。果たして、このような教師がAIの問題を指摘できるだろうか。

「文部科学省の政策と現場にはギャップがあり、企業は利益を上げることに注力しています。こうした状況の中、子どもたちに AI の入ったデジタルツールが渡されているのです」と松本氏は警鐘を鳴らした。

AIが「あたりまえ」の教室で、教師は子どもをどう守る?

滋賀大学教育学部教授の加納圭氏は、まず「AIと人間(学習者・教師)とのインタラクション」と題した図を提示した。「OECD ティーチング・コンパス(教師の羅針盤)」(2025年)に掲載されている図を改変したもので、人間の教師・学習者・同級生からなる従来の教室にAIチューター(個別指導塾の講師)・AIアシスタント(教師へのアドバイザー)・AI同級生(塾の同級生)が加わり、複雑になった様子を示している。

このように教室でAI を活用していく中で、教師は子どもをどう守ればよいのか。海外の事例として、加納氏は日本に先んじてAI を教育に導入している欧州、アメリカ、オーストラリアの対処法を紹介した。欧州は子どもの権利の保護を最優先してAI法やGDPR(一般データ保護規則)を定めており、企業は開発が難しい。一方、アメリカはマーケットと人権保護のバランスを重視して、何か問題が起きたら保護者や子ども向けの法律を整備するというやり方を採用し、企業団体も自主規制を行っている。オーストラリアは「Let Them Be Kids(子どもを子どもらしく)」というスローガンのもと、16歳未満に中毒性の高いアルゴリズム型SNSの利用を禁止している。

滋賀大学 教育学部 教授 加納 圭 氏

では日本はどうか。加納氏は、「マーケットを広げたい、子どもを守りたい、教育をより良くしたいなど、いろいろな人の夢を同時に叶えようとする同床異夢型」と分析。それゆえに、日本の AI 法は市場推進型と評され、文部科学省が出した教育データ利活用のガイドラインも個人情報保護法や著作権法の遵守を求めるに留まる。結果としてAI 搭載の教育アプリの開発や個人情報の活用がしやすい環境にあり、子どもが守られない可能性も出てきているという。

最後に、加納氏は自身の上梓した『その取扱いで大丈夫? 教育データ利活用のリテラシー』(ナカニシヤ出版・2026年)より、AI時代に「人間の教師がすべきことは何か」「物理的・制度的な学校の役割とは何か」「AIの補助からいつ・どのように自律するのか」という3つの問いを投げかけ、参加者の思考や対話を促した。

偶発的な学び、予期せぬ学びに教師は対応できるか

元杉並区教育長  井出 隆安 氏

「社会を支える人的資源が枯渇し、その質も低下しています。学校はその最たるもの。教員養成・免許制度はきちんと機能し、教師の質の担保はできているのでしょうか。」

元杉並区教育長の井出隆安氏は冒頭、AI時代の背景にある問題をこう指摘した。

文部科学省が2024年12月に公開した「初等中等教育段階における生成 AI の活用に関するガイドライン(Ver.2.0)」には、「最後は人間が判断し、生成AIの出力結果を踏まえた成果物に自ら責任を持つという基本姿勢が重要である」と書かれている。一方、同月の中央教育審議会諮問には「概念としての知識の習得や深い意味理解をすること、自分の考えを持ち、根拠に基づいて他者に明確に説明すること、自律的に学ぶ自信がある生徒が少ない」との指摘がある。それに対して、先述のガイドラインは「課題の内容等を吟味することや問題の本質を問うこと、深い意味理解を促すことを重視した授業づくりを行うことも期待される」と、教師のすべきことを示している。

「ここまで答えが出ていて、教師に何が求められているかを議論する必要などありません。教師がこの通りにできないことが問題なのです。ではどうしたらいいか。松本さんの話にあったように、教師は『教える人』から『子どもたちの学びをデザインし、コーディネートする人』になればいいと国は言っています。」

しかし、もともと学びというのは、「どうして?」「なぜ?」という問いから発するもの。 AI にどれだけ情報を与えて授業を組み立ててもなお、子どもの想定外の発言は起こりうる。

「こうした偶発的な学び、予期せぬ学びに対応するのは、目の前にいる生身の教師。これが『人間の教師に何が求められているか』という問いへの答えです」と井出氏は言う。

ところが、子どもの本質的な問いに答えず、何事もなかったように授業を進めていく教師は少なくない。なぜなら偶発的な学び、予期せぬ学びの瞬間を捉えるには、経験、知識、児童・生徒への理解といった複雑な情報、いわばヒューマンインテリジェンス(人智)が必要だからだ。

「人間とは何もので、子どもとはどういう存在か。教育とはどういう営みで、学ぶとはどういう行為か。教員を目指す学生や現場で教えている教員の皆さん、こうした普遍的な問いについて考えたことはありますか? 私たちは教師という存在について、もう一度問い直さなければいけないでしょう。」

AI時代に子どもを守ること、教師がすべきこと

最後に、3氏によるディスカッションが行われた。

今、多くの学校で子どもたちに朝の気分を入力させるソフトが使われている。子どもの健康状態を把握するのが目的だが、これは国によっては違法になる可能性が高いという。

「欧州では、顔認証で出欠を取るシステムに GDPR 法違反として罰金が課せられました。出欠を取るという目的に対し、顔のデータを取るのは過剰だというのがその理由の1つです。朝の気分を打ち込むソフトの場合は目的が多義的故に曖昧で、データを収集する必要性が日本では適法でも欧州であれば認められない可能性が高いのではないでしょうか」と加納氏は指摘した。

また、加納氏が学習指導要領を確実に実施する教科書がない代わりに、人間の教師が偶発的な学び、予期せぬ学びに対応できるような素地を残している国もあるとコメントした。これに対し、井出氏は「例えば、日本でも雷が鳴ったタイミングで教師が予定にはなかった雷の説明をするといったことはあります。でも、授業内容の変更に意義を唱える保護者や、異議に対して保護者に説明できない教師や校長の存在が柔軟な対応を難しくしている」と苦言を呈し、松本氏は「それでは教育のAI任せが進むことになりかねない」と危惧した。

また、成績処理や学習評価は教師がやるべき仕事なのか、という点についても議論された。井出氏は、「成績は結果、学習履歴はプロセス。学期末の通知表には両方が書かれています。最近は教員の負担軽減のために通知表をなくす学校も増えてきていますが、子どもの成長を記録した学習履歴は学習者本人のもの。簡単になくしていいものではありません」と異議を唱えた。

最後に3氏が次のようにコメントし、セミナーは終了した。

「AI時代に人間の教師に求められているのはヒューマンインテリジェンスです。」(井出)

「教師に備わるヒューマンインテリジェンス(人智)とは何なのか。私が策定に関わっているOECD ティーチングコンパスの中で、さらに深い理解を進めていく必要があるでしょう。」(加納)

「思考をAI 任せにせず、人間の教師こそ思考しなくてはいけません。」(松本)

記者の目

AI時代も教育の土台となるのは教師であり、その量と質の重要性を改めて感じた。AI・データの利活用におけるELSIへの対応や教師の役割・あり方について、教育に関わるすべての人が合意形成を図っていくと共に、現在進められている教員養成・免許制度の見直しについても注視していく必要があるだろう。

取材・文:学びの場.com編集部 写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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