防災分野、農林水産業や中小企業で進むDX・AX New Education Expo 2026 リポート vol.4

今年で31回目を迎えた教育業界最大級のセミナー&展示イベントNew Education Expo 2026 東京。6/4~6の3日間で約7,200人の教育関係者が来場した。vol.4では、公共ICTフォーラムとの共催による、デジタル戦略や地方創生の分野で豊富な経験を持ち、現在は内閣官房で助言業務を行う太田直樹氏の特別講演をリポートする。
【特別講演】地域・行政におけるDX・AX
内閣官房参与(DX担当)(元総務大臣補佐官)/(株)New Stories代表 太田直樹氏
地域DX・AXの現在地

内閣官房参与(DX担当)(元総務大臣補佐官)/(株)New Stories代表 太田直樹氏
——太田氏は冒頭、これまでの経歴を紹介した。民間のコンサルタントとして約20年間DXに携わった後、2015年から総務省にてデジタル政策と地方創生に従事。その後は自身の会社を立ち上げ、地域づくりに取り組む傍ら、現在は内閣官房でデジタル政策に関する助言業務も行っている。
まずは、「行政」「準公共」「企業」の3つの領域に分けて、日本のDX・AX(AIトランスフォーメーション)の現在地についてお話しします。
行政領域では2025年に情報システム標準化が一区切りつきましたが、人口20万人程度までの自治体では、人手不足などにより、単独でのシステム移行や運営が難しいケースも目立ちます。そうした背景のもと、政府のデジタル行財政改革会議がデジタル基盤共通化を打ち出し、方針づくりを進めています。
準公共領域では、上下水道や防災の広域化・共通化に向けた取組が進んでいます。また、農林水産業では担い手不足を背景にDX活用が進んでおり、さらなる普及が期待されています。一方、教育や医療・介護では、校務や事務作業の効率化を中心にDXが進められているものの、本格的な普及はこれからの段階にあります。また、公共交通分野では人手不足などの課題が大きく、DXの進展は限定的な状況です。
企業領域では、中小企業において、これまで検討段階にとどまっていたDXが、いよいよ実践フェーズへと移りつつあります。また、金融庁や経済産業省の後押しを受け、地域金融機関によるDX支援も活発化しています。
私はそのなかでも、今後5年で大きな変化が起こる領域は2つあると考えています。1つは準公共領域、もう1つは地域企業DXです。本日は、この2つを中心にお話ししたいと思います。
なぜ日本は“IT敗戦”を経験したのか

まずは、日本のDXの現状を理解するために、「IT敗戦」について振り返ってみたいと思います。
日本では、2000年代半ばから10年以上にわたりDXが成果を生まなかったことから、「IT敗戦」と称されることがあります。背景の1つが、ユーザー企業が社内にIT技術者を十分に確保していなかったことです。米国ではIT技術者の70%がユーザー企業に所属していたのに対し、日本では75%がITサービス企業に所属していました。
また、ユーザー企業のIT部門は主にセキュリティなどの「守りのIT」を担っており、経営や業務改革などビジネス変革に関与する組織にはなっていませんでした。さらに、ITが「間接部門」と見なされていたことや、SIerの下請け構造などを背景に、海外と比べてIT人材の価値が低く評価されていたのが実態でした。
その結果、2つの“距離”が残りました。1つは、経営者と現場の間に立ち、変革を推進するリーダーの不足。もう1つは、IT部門と経営層との距離の遠さです。こうした状況のなか、日本ではSaaSやクラウド、AI分野における競争力が低下し、海外のデジタルサービスへの依存が進みました。結果的に、日本は世界有数のデジタル赤字国となってしまったのです。
普及段階に入った防災IoT
続いて、準公共領域で大きな変化が起きているIoTについてお話ししたいと思います。
総務省の地域社会DX推進パッケージ事業(23〜25年度)のデータを見ると、防災分野ではすでに普及段階に入り、農林水産業でも普及が進みつつあります。一方、公共交通分野では依然として課題が残っています。補助金に依存した取組も多く、継続的な普及には至っていないのが現状です。
防災分野では、9件の防災IoT事業が事例として挙げられています。例えば山梨県では、富士山噴火時の状況把握にドローンとローカル5Gを活用。観光客や登山者を安全に避難させるには、火口の特定が欠かせませんが、噴火が想定される場所が広範囲なので、ローカル5G端末を搭載したドローンで、撮影した映像や、センサーから受信したデータを活用します。
富山県高岡市ではアンダーパス(交差する鉄道や道路などの下を通過する、周辺の地面よりも低くなっている道路)冠水の監視にWi-Fi HaLow(920MHz帯と、従来のWi-Fiよりも周波数が低く、それゆえに到達性に優れる電波の規格)を導入し、長野県飯田市では用水路の水位を誰でも確認できる監視システムが運用されています。
これらに共通するのは、現場業務の省力化や迅速な状況把握を実現している点です。人手不足が深刻化するなか、少人数でも運用でき、専門知識がなくても対応できるIoTサービスの普及が進んでいます。
農林水産分野でも広がるIoT活用
農林水産業では、6件のIoT事業を紹介します。例えば京都府与謝野町では、手作業が中心だった養蚕のスマート化・国産シルクの一貫生産を目指し、桑園の土壌に埋め込んだセンサーの数値から、AIが葉の収穫時期、肥料の投入、水やり、除草などのタイミングを自動で判断できるようにするシステムや、自動運転収穫/運搬ロボットの開発を進めています。
近年、水温の上昇により、カキの餌となる植物プランクトンが減り、多くの産地でカキの大量死が発生しています。徳島県阿南市では、陸上施設に植物プランクトン(藻類)の培養システムを構築し、これを親貝の卵からふ化した幼生に与えながら育て、カキ種苗の安定供給を目指しています。
また、北海道帯広市では少子高齢化により、農家1軒あたりの耕地面積が急増しています。4つの畑の中央で、人がコントローラーを持って、「畑の土をひっくり返す」「整地する」「種芋をまく」などの作業を担う無人トラクター4台を同時に監視・制御するスマート農業の実証が進められています。
これらの普及の背景には、使いやすさの向上とコストの低下があります。IoT自体は2010年代半ばに登場しましたが、当時は高価で使いにくい面もありました。現在では技術の進歩によって導入のハードルが下がり、本格的な普及期を迎えています。
地域企業DXを支える金融機関の役割

次に、「面展開になる地域DX」についてお話しします。地域企業のDXは2030年頃までが旬だと考えています。2015年に北國銀行がDX/ICTを含む地域企業向けの有償コンサルティングを開始し、地域DXの芽が出ました。その後は、2020年の経済産業省によるDX認定制度(「デジタルによって自らのビジネスを変革する準備ができている状態(DX -Ready)」の事業者として認定する)の創設をはじめ、国の支援策の拡充が進み、地域企業のDXを後押しする環境が整ってきました。
経産省のDX認定制度における1万社あたりのDX認定事業者数を見ると、最も多いのは東京です。一方で、新潟や熊本なども高い水準にあります。こうした地域では、第四北越銀行(新潟市)や肥後銀行(熊本市)など、地域企業のDX支援に積極的な金融機関の存在が大きいです。
地域企業のDX支援に積極的な金融機関は、全国各地で見られます。なかでも北國銀行(金沢市)は子会社を含め170名規模の体制を整備しており、七十七銀行(仙台市)や十八親和銀行(長崎市)なども専門組織を設けて地域企業のDX支援を行っています。
具体的には、勤怠管理やバックオフィス業務のデジタル化、ITツール選定などの初期支援に加え、業務フローの可視化や課題整理、DX戦略策定、人材育成などの継続支援も実施しています。また、こうした金融機関では、企業とITをつなぐ役割を担う「ITコーディネーター(ITC)」を配置する動きも広がっています。
AIの普及とデジタル主権

最後に、AIの話を簡単にさせていただきます。今後、AIがさらに普及するなかで重要になるのが「デジタル主権」という考え方です。欧州では、AIやデータを海外サービスに依存することへの課題意識から、10年以上かけてデジタル主権の制度策定や投資が進められてきました。
日本では、マイナンバー法や個人情報保護法などの法整備や投資は進んでいます。ただ、デジタル主権という観点では、全体の考え方をつくっていくことも重要です。
また、変化を起こすためには、国の政策や個別企業の取り組みだけではなく、その間にある地域や業界が意思を持つことが欠かせないと思います。「未来は予測するものではなく、つくるもの」とよく言われていますが、まさにその通りであり、地域や業界が進むべき方向を定め、関係者が連携して取り組むことが大切だといえます。
質疑応答から

——講演後は、質疑応答の時間が設けられた。ここではその一部を紹介する。
質問者 新しくキャンパスをつくる仕事をしています。少子化や学校統廃合が進む一方で、デジタル技術の発展によって学びの可能性も広がっています。こうした変化のなかで、教育現場は今後どのようになっていくとお考えですか?
太田氏 私は教育の専門家ではありませんが、過疎化が進む地域の公立高校存続に向けた「高校魅力化プロジェクト」に10年ほど携わっており、その経験から2点お話ししたいと思います。
これまでの高校生活では、社会や地域の大人と接する機会が限られており、地域の魅力を知る機会も多くありませんでした。しかし、探究学習が広がったことで、子どもたちが地域のさまざまな大人と出会う機会が増えていると感じています。これは、さまざまな意味で大きなチャンスだと思っています。
また、デジタル技術の発展によって、距離を超えたつながりも生まれています。地域の魅力やさまざまな人々を知る機会も増えており、こうした変化は学びの可能性をさらに広げていくのではないかと思います。
記者の目
IoTやAI、DXと聞くと難しく感じてしまうが、本講演ではそれらが地域や教育の現場とどう関わっているのかを具体的な事例とともに知ることができた。特に印象に残ったのは、地域金融機関が企業のDXを後押しする役割を担っているという点だ。DXというと大企業の取り組みとして語られがちだが、地域に根差した金融機関が伴走することで、中小企業にも広がりつつあることがうかがえた。
取材・文:学びの場.com編集部 写真提供:New Education Expo実行委員会事務局
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