2019.06.20
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これからの教育と大学の役割 New Education Expo 2019 現地ルポvol.3

大分県別府市にある立命館アジア太平洋大学(APU)は、外国籍の学生が半数近くを占め、教員も約半数が外国籍という多文化・多言語のユニークな大学だ。未来を見据え、「世界を変える」人材を育成すべく、さまざまな取り組みを進めている。還暦でインターネット専業の生命保険会社・ライフネット生命を開業した出口学長が、教育と大学の未来について講演。日本の構造的な問題にも鋭く迫る、示唆に富んだセミナーとなった。

<基調講演>これからの教育と大学の役割

APU(立命館アジア太平洋大学) 学長
学校法人立命館副総長・理事
出口 治明氏

“GAFAN”を生めない日本の教育、目指すべき3つの方向性とは

世界から見ると、異質な日本

これからの教育について考える前の大前提として、世の中の問題をフラットに捉える方法論について、出口氏は説いた。「人間は、それぞれ価値観や人生観が違うので、全員が色眼鏡で世の中を見ている」「フラットに世界を見る方法論のひとつは、物事を縦(歴史)と横(世界)の視点で捉えることだ」

たとえば今、センター試験の改革が進められているが、もし問題があると感じるなら、横(世界)はどうかと比較するのが本来あるべき姿である。実際、世界を見ると、わが国のセンター試験のような大学入試を実施する国はあまりない。「物事を正確に捉えるには、観察だけで十分か」「芸術は美しくあるべきか」というような論文試験を行っている国もあると指摘。それなのに日本では、「英語の試験には4つのファクターが大事」「民間が試験を代行すると不公平が生じる」といった国内の些末なことだけ焦点が当てられている。「こんな狭い見方しかできないのは、メディアも含めて大問題」と出口氏は語る。

また、フラットに世界を見るためには、「数字・ファクト・ロジック」で、つまり、エピソードではなくエビデンスで考えることが重要と示唆。ここで、本題であるこれからの教育や大学を考えることに。縦(歴史)と横(世界)と「数字・ファクト・ロジック」の視点で、これまでの教育によって日本の社会は成長したのかという問題について検証が行われた。

2,000時間働いても、30年ほとんど成長していない

平成の30年間、日本の正社員の年間労働時間は2,000時間を超え、全く減少していないが、経済成長は1%前後。かたやヨーロッパは1,500時間以下の労働で、2%以上の成長を遂げている。日本のGDPの世界シェアはこの30年間で8.9%から4.1%まで下降。国際競争力は1番から30番まで落ちた。平成元年の世界トップ企業20社のうち日系企業が14社を占めていたが、今はゼロだ。はっきりとこの30年間は経済が停滞したことがわかる。

では、台頭してきた世界のトップ企業はというと、GAFAN(Google、Apple、Facebook、Amazon、Netflix)のような、社会にイノベーションを起こした企業である。そして、一説によると、その予備軍であるユニコーン企業(評価額10億以上の非上場、かつ設立10年以内のベンチャー企業)が、アメリカのシリコンバレーには150~200社、中国に70社以上、インドに17社、EUに31社あるのに対し、日本はゼロだと言われている。

「要するに、イノベーションを起こせなかったことが、日本経済衰退の最大の要因」と出口氏。それは、そのような人材を育てる教育が行われなかったからだという。

イノベーションを生む環境がない社会

それは、裏を返せば、企業がそのような人材を求めてこなかったことが一因にある。採用で重視されるのは、偏差値がそこそこ高くて、素直で、我慢強く、協調性があって、上司のいうことをよく聞く人材。これは、製造業の工場モデルで力を発揮する人材で、日本の教育はずっとそこに特化してきた。結果、真面目に2,000時間を超えるほど働いて、家に帰れば「飯・風呂・寝る」という生活。「こんな環境では創造的な発想が生まれるはずがない」と出口氏は言う。

では、GAFANで活躍している人材はというと、個性が尖っていて、好きなことは最後までやり遂げる、徹底的に物事にこだわるようなタイプである。しかも、経営者のほとんどが多国籍高学歴。「つまり、イノベーションは、ダイバーシティに溢れて、好きなことをとことん追求し、世界中から個性の強い人たちが集まり、わいわいガヤガヤする中で生まれているということになる」と出口氏は語る。これからの教育は、何よりも子どもたちの個性を大事にし、好きなことを徹底的にやらせる教育に変えていかない限り、日本の未来はないと断言した。

日本の学生が勉強しない、本当の理由

また、日本は、高校生の約半数が大学に進学せず、大学に入学しても勉強しない国だという。それは、企業が採用基準に「成績」を設けていないためだと出口氏は考える。「企業が面接でチェックしているのは、頭(偏差値の高い出身校)、我慢強さ、協調性、素直さ、上司のいうことを聞くかどうか。こんな採用面接を続けていて、学生が勉強するはずがない」と出口氏。横(世界)の視点で見ると、諸外国では、大学に関係なく、成績で全優を取った学生が引っ張りだことのこと。たとえ名門大学出身でも、なまじそこそこの成績だと、要領がいいだけで何も生まない人材と、低い評価になるという。出口氏によると、その国の大学院の修了率と労働生産性は比例している。学生が勉強に注力できる社会をつくることは、非常に重要だと言えよう。「日本の教育改革は、働き方改革をも含めて、ひとつづきで考えなければなられない」と出口氏は大きな一石を投じた。

これからの教育に必要な3つの方向性

これらを踏まえた上で、出口氏はこれからの教育の3つの方向性を示唆した。一つは「個性を尊重するダイバーシティ」である。現在の大多数を占める進学コースだけでなく、好きなことを追求できる個性派コースも用意すべきだと主張。「偏差値を求めたい生徒には、高1でセンター試験を受け、飛び級できるようにして、従来通りゼネラリストを目指させていい。ただ、第二のスティーブ・ジョブズを生むのは、個性派コースのほうなのは明らか」と出口氏。その受け皿として、ダイバーシティを実現する大学が求められていると私見を述べた。

二つ目は「リカレント教育」である。急速に社会が変化する現代は、IT分野に代表されるように知識の陳腐化も早い。そこで、必要なときに学びに来て、十分学んだら卒業する、というように、社会と大学を何度も行ったり来たりできるような教育体制づくりが、今後の社会には重要だと主張した。

最後は「高学歴者の輩出」である。今後ITやAIが発達すると、知識を得ることにますますコストがかからなくなる。そうすると、「物事の本質を考える力、思考力が鍵になる」と出口氏は語る。それは、貧しい時代は肉さえあれば美味しい料理になったが、肉が容易に手に入る時代は、いかに調理するかが求められることに似ている。「考える力、問いを立てる力、常識を疑う力を養った高学歴者を輩出することが、これからの大学の役割になる」と出口氏は語った。

取材・文:学びの場.com編集部/写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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