2019.06.24
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企業の採用・育成事情。大学と企業をつなぐには New Education Expo 2019 現地ルポvol.4

「New Education Expo 2019 in 東京」では、企業の採用や育成に関するセミナーも行われた。企業はどんな人材を求めているのか、大学で何を学んでほしいと考えているのか、そしてどんな課題があるのか。ANAの國分裕之氏、東京中小企業家同友会の大脇耕司氏の率直な報告に、会場からも鋭い質問が投げかけられた。

学びの「成果」を見せてください ~高・大・社接続を考える~

【コーディネータ】
ジャーナリスト(一般社団法人)Qラボ 代表……松本 美奈氏
ANA 取締役常務執行役員、前ANA人財大学長……國分 裕之氏
株式会社ソアーシステム代表取締役、東京中小企業家同友会 共同求人委員長……大脇 耕司氏

採用試験時に大学の成績表は見ない

昨年度まで読売新聞記者で、現在は一般社団法人Qラボの代表を務めながら上智大学などで教授として教壇に立つ松本美奈氏は、「大学は今、教育改革の真っ只中だが、学生や企業はいまだに偏差値重視。教育の中身で大学を選んでいない」と指摘する。偏差値はある試験を受けた母集団の中での位置を表すもので、入学後の教育の質や内容とは無関係。にもかかわらず偏差値が重視される現状が、「教育改革をしてもムダ」との諦めを大学関係者に蔓延させているという。学生も同様で、偏差値の高い大学に入った学生は「これで安心。有名企業が採用してくれるはず」と勉学を怠り、偏差値の低い大学の学生は「どうせ勉強しても有名企業には入れない」と諦めがちだという。

実際に企業はどんな基準で採用しているのだろうか。ANAでは毎年50名程度の事務職を新卒採用しているが、長年採用と社員教育に携わってきた國分(くにぶ)裕之取締役常務執行役員は、「採用試験時には成績表の提出を求めない」という。履修した科目と評価だけでは、何をどう学んで何が身に付いたのかわからないからだ。さらに、「大学名や学部も気にしない。履歴書に書いてあるので目には留めるが、先入観は持たない」と明言すると、会場はざわめいた。

重視するのは人柄。どんな人物が評価されるか

では、どんな基準で学生を見極めるのか。「一言で言うなら人柄重視」と、國分氏は説明する。学生時代に何を目的として何に取り組み、その結果、何を学び成長できたか。その経験を社会でどう活かそうと考えているか。自信を持って、”軸”をぶらさずに答えられるかどうかを、加点式で評価するという。
人柄を重視した結果、合格者の約6割を体育会系出身者が占めているという。とはいえ体育会出身者を優遇しているわけではなく、

  • 目標を設定し、目標をクリアするための計画を練り、チームとして取り組みながら個や集団を高めていける
  • ルールや規律を守りながら、その範囲内で工夫して行動できる

社会人になっても必要であるこのような資質を持った人を採用した結果、体育会系出身者の割合が多くなるのだそうだ。

IT企業の株式会社ソアーシステム代表取締役であり、東京中小企業家同友会共同求人委員長も務める大脇耕司氏も、成績表は見ず「人柄重視」だと口を揃えた。「この仕事に一生懸命取り組めそうか」「ITへの興味や好奇心はあるか」という視点で、仕事への適性を見極めるという。エンジニアとしての技術やスキルは求めない。事実、新卒採用の半数は文系出身者で、「仕事に必要なスキルは入社後に覚えればいい」というスタンスだ。

ここで会場から、鋭い質問が寄せられた。「人柄重視とは、結局面接官の好みでは?」との質問に、國分氏も大脇氏も「合議制で決めているので、一人の好みで決まることはない」と回答。「就職に有利だからと体育会系に入る学生も多いが?」との質問に、國分氏は「それは不幸だし、そもそも有利ではない」とたしなめ、「どんな目的を持って何に挑戦し、そこから何を学んだか。軸をぶらさずに語れる人が、体育会系に限らず、高く評価される」と語った。

企業と大学はどう連携すべきか

大学での学びやスキルを把握できない状況で、人柄重視の採用をした結果、入社後は「ゼロからの育成」になってしまう。たとえばANAでは、入社後3年間は空港に勤務し、一人ひとりの能力や適性を見ながら、その後の職種や勤務地などのキャリアを考えていく。職務や勤務地を限定しないメンバーシップ型採用ならではの育成だ。また新入社員教育の一環として「文章読解・作成能力検定2級」を全員に受験させるが、大学相当レベルのこの試験を1回で合格できるのは6割程度に過ぎないという。
「大学での学びの差を新入社員教育に反映できないため、配置や育成にアンマッチが生じる恐れがある。入社するまでにどんなことを学び、どんなスキルを身につけたのかを個別に把握して、タレントマネジメントする必要がある」と、國分氏は課題を指摘する。

では、この課題を解決するには、大学と企業がどのような連携を図るべきなのだろうか。國分氏は、大学での学びや人柄を表した”推薦状”のようなものがあるとよいと提案する。履修科目と成績を列記した現状の成績表ではなく、「この学生は、このような学びを通してこんな能力が身に付いた」「この学生はこういう人柄で、こんなことを頑張って取り組んだ」と、ゼミの教授なりキャリア支援室なりからコメントとしてもらえれば、採用面接で質問する材料にもなり、入社後のタレントマネジメントにも活用できるという。

大学で何を学んでもらいたいか

最後に、大学で学んでおいてほしいことを、企業側から語ってもらった。國分氏は、日本語の文章を正確に読み解き、正確に伝えられる力に加え、文系でもITリテラシーや統計学等の基礎的な力を育む必要性を指摘。さらに、自分で課題を見つけ出し、自分で解決策を考え、取り組んでいく「課題発見・解決能力」が身に付いていれば、社会人になってからも早く活躍できるだろうと語った。
また大脇氏も、「最近の新入社員を見ると、自分で目標を立てられる人がほとんどいない。企業では目標を設定して、成果を測定する。学生のうちから目標を立てて取り組み、成果を測る力を身につけてほしい」と要望し、「学生時代に立てた目標と成果を面接で語れば、大きなアピールになる」とも教えてくれた。

それを受けて松本氏は、「今の教育は分断されている。高大接続改革が進んではいるが、高・大だけでなく小・中や家庭と社会もつながって、教育を考えていく必要がある」と締めくくった。

取材・文:学びの場.com編集部/写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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