2021.12.06
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新科目「公共」私たちの社会において法はどのような役割を果たしているのか?(後編) 教育課程研究指定校:福井県立若狭高等学校の単元開発

公開授業後に90分間の授業研究会が開かれた。参加者は福井県下の各高校教諭、弁護士で、助言者として福井大学教育学部教授の橋本康弘先生を迎えて行われた。

まずは国立教育政策研究所教育課程研究指定校としての研究主題「探究的な学習活動を通して、高次の能力を育むことを可能とする単元構成とは」について、昨年度から現在までの取組について発表があった。発表ではさまざまな模索をしながら単元開発に取り組んできた経緯が解説された。

授業研究会

多角的な視点をもたせるために工夫していること

松村教諭よりこれまでの取組の成果と今回の公開授業についての説明があった。1学期は単元デザインの配列を工夫し、まず見方・考え方を習得するためにベンサムやカント、ロールズらの思想家が考える正義とはなにか、またそれぞれの立場から課題事例を見るとどうなるか、などを生徒に思考させたという。その後に、現代社会の諸問題を見方・考え方を活用して、熟慮するという配列とした。多角的な思考へと誘うために、ワークシート上では常に自分以外の立場をできる限り想定させ、そのうえで思考・判断させているとのことだった。

このクラスの特徴

この単元は、1年生の各学科(探究科・普通科・海洋科学科)で実施された。チケット不正販売禁止法について、多くのクラスでは、効率を考えるべき経済の中にも分配の公正を求める必要があるという意見から、この法に対して賛成する生徒が多数を占めるという。

ところが、このクラスでは、最終的な立場が反対の生徒が3割強いるということだった。

効率と公正は、ともにある程度の定義づけはされているものの、両者は時にトレード・オフ(二律背反)の関係性になり、その答えに正解がないというところに難しさがある。

また、一般的に効率は経済学の分野では用いられているが、他分野ではあまり使用されていない。そして、経済学において効率を求めると、結局は弱者切り捨ての考え方になるのではないかと疑われる。公平性を限りなく追求し人々が完全に平等で、金持ちも貧乏人もいない状態が果たして発展的な社会となるかと言われれば、はなはだ疑問であろう。

完全に公正・公平なることが必ずしもより良い未来につながるとは限らない、効率と公正は互いに補い合い、バランスをとらなければならない存在なのだということに生徒自身が気付きはじめた結果、反対意見が3割も出るということにつながったのではないか。

松村教諭は、このクラスでは授業の中で、ある生徒から「自分が頑張って稼いだお金に対してなぜ制限を受ける必要があるのですか?」という意見が上がったことがあり、その意見が一定程度影響力を持ったのではないかと分析する。

生徒の想像力を補っていくことが今後の課題

その後のグループごとの話し合いではさまざまな意見が交わされた。多くの意見としては、公正も効率も単純には定義できないだけに単一の授業、1つの単元だけでなく大きな流れの中で全体として授業デザインをつくっていく必要があるということが言われた。また、現場の弁護士でも実際の事案を検討するときに公正や効率を考えると意見が平行線をたどってしまうような難しい問題に高校の授業という場でどう展開し、また生徒をどう評価するのかということは非常に難しいものがある。そんな中で、実際の授業の中で生徒の気付きを教師がどう見るのか、どのように生徒の想像力を補っていくのかが今後の課題であるという意見が出されていた。

松村教諭は、生徒は自身の価値観(公正寄りか効率寄りなのか)を認知しつつあるが、そこで終わってしまっては思考停止に陥ってしまう恐れがある。そこから異なる意見者との粘り強い対話の能力を今後磨いていくことが課題であると述べた。本研究会でも活発な意見交換がなされたが、今後も専門家の意見を参考にしながら更なる単元開発と授業デザインをしていくことを確認して締めくくられた。

授業者インタビュー

オリジナルの単元で思考の質が高まった

―令和4年度から新科目の「公共」がスタートしますが、「現代社会」の単元開発や授業デザインをどのように変更されてきたのでしょうか?

松村教諭 まず、現代社会の枠組みが変わったわけではありません。いままでのようにいきなり環境問題などの諸問題から入っていくのではなく、「公共」ではまず見方・考え方の習得から入っていく、そこで「物事を見るレンズ(目)」を養ってから実際の問題に取り組んでいくという形になります。すると、先の環境問題も見え方が変わってくる、理解が深まるということを1年生の時点で体感して欲しいという目的があります。

つまり、「現代社会」という枠組みを変えたわけではなく、配列を変えて理解が深まるように工夫しているということです。

単元についてですが、今日の公開授業で行ったのはオリジナルの単元です。2年間の研究の中で試行錯誤して試しています。実際に「公共」がスタートしたら教科書に沿った単元で授業が進められるケースも多いと思いますが、当校では研究成果を活かしてオリジナルな単元で実践していけると考えています。

―従来の「現代社会」と比べて生徒さんに変化はありますか?

松村教諭 一番大きいのは思考の質の深まりが違うなと思いました。思考は見方・考え方を使ってということですが、いままでは中学生レベルの感想文の域を出ていなかったなという感じでした。しかしながら、違う立場からみたらこう考える、それを踏まえて私の考えを述べるというように次第に思考が高次化していると感じています。そこで、自分がどの立場寄りの人間なのかを意識しながら意見を述べるということは今後の主権者教育にも大事なことだと考えています。

社会問題に関心をもたせるために

―2016年に選挙権が18歳に引き下げられましたが、どのように主権者教育に取り組んでおられるのでしょうか?

松村教諭 まずは、社会問題に関心をもって欲しいということですね。普段の授業では毎回1人当番制で、自分の興味のある時事ニュースを持ってきてもらって皆で議論するということをやっています。授業の中でもなるべくホットなニュースを取り上げるようにしています。例えば、小浜の新幹線問題など地元に密着した、いま目の前で現実に起きている問題なども取り上げて、自分なりの意見を交換するということも実践しています。

―では、生徒さんが切実性を感じられるような社会問題としてどのようなテーマが深まりやすいと考えられていますか?

松村教諭 テーマの選択は重要だと考えています。最近ではSNSでの誹謗中傷をテーマに考えることをしましたが、これはかなり切実性をもって議論できました。逆に、国際経済の問題で「GAFA」の規制問題に関しては生徒がそれらの恩恵を受けているせいか、あまり切実性をもって受け入れられなかったということもありました。ですから、いまの高校1年生の生徒に切実性をもって受け入れられるテーマ選択は難しく、重要だと考えています。

テーマも重要ですが、その議論の中でどのタイミングでどのような問題提起をするかによっても変わり、同じ話をしても生徒によってかなり温度差を感じるときもあります。

賛否を考える前にそれぞれの立場から考える

判断に迷いさらに考えることが熟慮

―多角的な視点をもたせるために工夫されていることはなんでしょうか?

松村教諭 その問題に関わるステークホルダーですね。とにかくその事例に関わる人をすべて挙げていくようにします。そして、賛否を考える前にそれぞれの人の立場から考えるということをします。そこから、いろいろな視点が生まれるように工夫しているのです。また、財政・経済の話の中では未来、つまりまだ生まれていない世代のことまで考えるように意識しています。

―今回の公開授業で工夫した点などありましたら教えていただけますか?

松村教諭 熟慮ということで繰り返し思考させていますが、繰り返しの中で自分の中での変化や気付きを感じ取れるように工夫しています。最初に資料もなにもない状態で判断させますが、次になんらかの資料や判断材料を与えてそれを踏まえてどう考えるか、最後にグループワークをさせて、さらにその意見を揺さぶるような意見を投げかけてさらにどう考えるか、そこで悩むのが熟慮だと考えています。その中で気付きがあると考え、いろいろな視点、意見を聞くと判断に迷いさらに考えることが熟慮だと思っています。

―「公共」の授業を受けられている生徒さんの反応はいかがでしょうか?

松村教諭 まず、「公共」の授業はすごく良い成果を出せていると思っています。これまでは内容ベースで知識を理解させるという作業が多かったのですが、思考と判断の中で知識を拾っていくという形に変化したことで、考えることが多くなり、身近な事例を考えることで学習へのモチベーションも上がっています。そこで、いろいろな立場の人がいる、単純に是非を出せない、そこで迷うということが主権者教育にとっても重要だと考えています。また、さまざまな意見があるということで対話をする力も身についていくと思っています。

―松村先生は「公共」の授業を通して、どのようなことを実現させたいですか?

松村教諭 きちんと自分で判断ができる、賢い主権者を育てたいと考えています。社会科の授業こそ日常と乖離してはいけないと考えおり、日常の問題を考える中で生徒には知識と原理原則を理解したうえで思考し気付きを得て、いろいろな考え方、立場の人がいるんだということを理解してもらいたい。さらに、自身が大切にする価値観を知ってもらいたいと思っています。そして、将来の日本を良くしていけるような、社会に貢献できる人に育って欲しいと思っています。

―ありがとうございました。

記者の目

今回の公開授業を見学して、高校1年生にここまでの思考と熟慮を求めるのかと素直に驚いた。また、松村教諭の熱意にも感じるものがあった。生徒たちは、高校生というこの時期に松村教諭の熱量に触れることができる本当の価値を今はまだ分かっていないかもしれない。しかし、その熱量を確かに受け取っているはずであり、そしてその熱量はいつか本当の苦難に出会ったときにそれを解決するための糧となることは間違いない。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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