2019.12.25
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Future Labは競争戦略のひとつ 授業が変わる、生徒・教員も変わる学習空間

社会課題の解決を軸に設定したプロジェクト学習「社会探究」、社会で活躍するイノベーターを講師として招聘する「夢達人Live」、生徒が自由に研究テーマを設定できる「THEMEゼミ」、高校生版MBA「高校生社長講座~起業塾~」など、数々のユニークな授業で生徒たちの好奇心に火をつける郁文館グローバル高等学校。同校の施策のなかでも、生徒たちの目が輝き、やりたかった授業が実現できる教室として、教員からも圧倒的な支持を得ている「Future Lab」での授業の様子が紹介された。

登壇者

郁文館グローバル高等学校
教頭 木村 和貴 氏
数学科教諭 田中 善将 氏

なぜ郁文館は探究学習やICT活用に力を入れるのか

2003年、ワタミ株式会社創業者である渡邉美樹氏が理事長に就任、「夢教育」がスタートした。本セミナー登壇者の木村和貴氏が教頭を務める郁文館グローバル高等学校が誕生したのは2006年である。創立130周年を迎える郁文館夢学園には中学校1校、高等学校2校合わせて1500人の生徒がおり、グローバル高等学校はひと学年120人の3学年、360人の生徒がいる。高校2年時には120人全員が一年間の留学を経験する。「日本一、グローバルに本気な高校です」と木村氏は語った。2018年の大学進学実績では、全体の41%の生徒が海外の大学に進学している。留学体験を含め、英語教育に力を入れることで生徒たちは英検準1級相当の英語力を手に入れる。

ソーシャル経済メディアとのコラボ授業

高校生が社会に関心を持ち、自らの意見を持てるようにと立ち上げた、Newspaper in Educationの取り組みは全学年の日課になっている。ソーシャル経済メディアのNewsPicksとのコラボ授業企画もここから生まれている。同メディアで取り上げられた経済ニュースについて、郁文館の高校生たちがコメントをしていく。コメントをつけたニュースは後日、授業で取り上げられ議論を深める、という仕組みだ。そして自分の意見を表現する訓練の仕上げとして小論文の徹底指導を行っている。

縦割りの協働ゼミ

同校のPBL(Project Based Learning/課題解決型プロジェクト学習)への取り組みについて「我々はPBLと呼ばれる前からゼミ活動に力を入れてきました」と木村氏は強調した。今では17のゼミが存在しており、1年生と3年生の生徒たち自らが一年の活動計画を立て行動をしていく。特徴的なのは、このゼミ活動にはすべて協働先のパートナーが存在しており、外部とのコラボレーションが前提となっていることだ。最初にパートナーにコンタクトをとるところから生徒たちに任せている。相手先に失礼の無いように教員が確認もするが、「失敗から学ばせる良い機会と捉えています」と木村氏は語った。

ユニークな施策がたくさんあるなかでもFuture Labのインパクトは大きかったとのことだ。「縮小マーケットを戦う私学として、他校との競争で生き残るためには、自分たちの色を出していかないといけない。そのための競争戦略でもあったんです」と木村氏は学校経営の視点においてもFuture Labの取り組みが重要であったことに言及した。

実際の生徒たちの目の輝き、これを見たら誰も文句なんていえない

経験や目的から考えるのではなく、体験から迫るロジックもある

郁文館グローバル高等学校 教頭 木村 和貴 氏

Future Lab導入のプロセスについて、木村氏から会場にこんな投げかけがあった、「何のためにやるんですか?どんな効果があるんですか?そんな反発で検討が止まることありませんか?」・・・こうした一部の教員からの反応は、郁文館でもあったと言う。「新しいものをつくってみました。理屈はともかく、まずは使ってみてください。これはそういう話なんです」と木村氏は続けた。使ってみて、目が輝いている生徒たちの反応をみせる、「これに何か理由が必要ですか?」と問いかけるんです。
「Future Labはいろいろと拡張性の高い空間になっているわけですが、大きく映す、これだけでもこんなにも学習が促進されるんだな、とそういう思いもあります」と設置の効果を実感したことを語った。通常の教室で小さいモニターで映して進行していたら3時間はかかってしまう授業でも、Future Labを活用すると20分程度でさっと終えることができると言う。「どんな授業でもよいので大きく映して進行する、そこからやってみてほしいですね、実感するはずです。」と付け加えた。
同校では1人1台の端末を用意している。プレゼンテーションをする際にはメインのプロジェクターがあり、そのほかに壁の2つの側面に3台ずつプロジェクターがあるため、6つの島で6チームがそれぞれ同時にプレゼンテーションを行うことができる。「これだけの環境があれば、グループワークやアクティブ・ラーニングもやりやすいんですよね。」と木村氏は強調した。

Future Labを起点に動きはじめたこと

現役教員の受講が目立ったFuture Class Room(R)でのセミナー

導入したデジタル顕微鏡は生徒が撮影した新鮮な細胞を映すことができる。動いている細胞を見ることができることもメリットだが、「何がよかったかというと、Future Labではクラス全員が同時に見られるので、意見交換が活発になったことだった」と木村氏は語った。
バングラデシュの姉妹校との遠隔合同授業では、広いエリアを映すことのできる広角レンズのライブカメラと集音マイクがあることで「あたかも壁の向こうまで教室が広がっていて、目の前にバングラデシュの生徒がいるかのような感覚で授業をすることができる」と同氏は紹介した。
「実はまだまだわたしたちも使い方がよくわかっていませんよ、という状態だったんです」と話したのは同校の「THEMEゼミの展示発表」にまつわるエピソードだ。「生徒たちはどんどん使うんですね。もうビックリです。預けておくと、どんどん使ってマスターしちゃうんですよ。生徒たちはツールを与えれば勝手に学んでいくんですよね。わたしなんて勝てないですよ」と生徒たちの学習能力を絶賛した。生徒たちはこの空間に入ると目が輝き、触れて、試して、学ぶという。「われわれ教員の経験や目的から考えるのではなくて、体験から迫るロジックもあるんだ、ということをなんとかして伝えたかったんです」と木村氏はマイクを田中氏に手渡して締めくくった。

Future Labにより促進される学びの形態変化

答えを言うことはしない、問いを返す

郁文館グローバル高等学校 数学科 田中 善将 氏

Future Labでの授業事例について、田中善将氏が紹介した。
数学では、ライフプランニング協会からデータを無償提供してもらい、100年時代を生き抜くために必要な人生設計についてデータサイエンスのアプローチで体験したり、弁護士の方を招聘して、ビジネスオーナーとしての感覚を養うための投資、投機にまつわるリスク管理を考えたり、生徒たち自らが考えたプログラミングの合宿企画も動いているそうだ。生徒たちが企画をし、専門家を招聘して12月に開催する予定だ。準備をするなかで、プログラミングとはコードを書くことだけではなく、企画や要件、テスト(デバッグ)などの能力が必要なこともわかり、生徒たち自らが考え学び取っている様子を紹介した。
授業におけるICTの役割について、田中氏が強調したのは「教育のデジタルネイチャー化」であり、教員の授業への姿勢の変化だった。今やタクシーの運転手は実際の道順の知識が無くてもナビゲーションのサポートを受けてお客さんを案内できる。「教育でも同じことが起きる、これが教育のデジタルネイチャー化です。Future Labはそのキッカケになっていくのではないか」と同氏は会場に語りかけた。教員は授業で答えを言うのではなく、生徒たちの学びをファシリテーション(促進)することに注力する。「Future Labの環境があることでいろんな取り組みが促進されていっている」と紹介した。
数学の授業で「証明」を扱うときにもFuture Labが活躍する。実際の問題を大迫力の大画面で投影をしながら、生徒たちがどんどん書き込んでいく、プロジェクターも複数あるため、同時に複数のグループに別れ、生徒たちが主体的に対話をしながら問題に取り組む。教員は、最後に生徒の解答に対して少し加筆していく程度だ。

資本主義経済以外の軸で世界を見つめるSDGs教育

SDGsとは、2015年9月の国連サミットにて、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標であり、取り組むべき社会課題のことだ。
まずは授業設計のコンセプトについて、「グローバル高校の生徒は非常に積極的に行動はするのですが、ファクト(数字)に弱いところがあるんです。『社会探究』の授業などで、いろんな企業さんや団体さんとご一緒させていただき、良い提案までいくんですけど、最後の詰めが甘い。そこがうちの弱みでもあるんです。この弱みを克服するために、SDGsを軸にPBLを行っています」と同氏は語った。
「資本主義経済以外の軸で世界を見つめていく必要があるんです。生徒たちがどれだけ本気で社会課題に向き合えるか、エビデンス(数値)に基づいた提案を生徒たちと一緒につくっていく、考えるだけでなく具体的に数値として結果を出す動きまでしていく、そうした授業をメインにしています」と同氏の語る言葉には熱がこもっていた。
授業の具体例として、各国のGDPと社会進歩指数の相関分析を生徒たちと一緒に算出する取り組みの紹介があった。「教科書だけで教えようとすると、面白くするのが難しいんです。そもそもデータをノートに整理をして何をするの?って思いませんか?」と会場に語りかけた。「社会に出たとき、目の前の上司を唸らせる資料をつくらなくちゃいけないのに、グラフもつくれない、データも整理できない、エビデンスもつくれない、、、じゃ困るわけです。うちではまずはデータの整理から仕込んでいます。これも1人1台端末を持っているからできていることです。目的に応じたデータの整理、グラフの作り方など。授業の指示はすべてクラウドにあげた資料で行っています。学年全体に呼びかけて、アンケートを実施してデータを集めることもあります。」と紹介した。
最後に会場からは「Future Labを使いたい先生たちの時間が重なったときはどう対応していますか?」と質問があり、「基本的には時間割を軸に活用しているのでそんなに困ることは今のところ無いのですが」と前置きしたうえで、「Future Labで実施することに価値が出る、そういう授業をまずは優先的に進めるようにはしています」と回答した。本セミナーのタイトルにあるとおり、教員たちの「知」、生徒たちの「知」がFuture Labを起点として集合し、新たな知を生成している様子が伝わってきた。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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