2023.10.23
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「犯人は? 真相は?!」(前編) 子供が夢中で学ぶ国語教材、『謎解き物語文』とは?

2023年8月26日、横浜国立大学附属小学校にて、『第5回謎解きセミナー「謎解き物語文」で変わる! 明日からの国語の授業』が開催された。主催したのは、魅力的な国語科の授業の創造を目指す先生方の研究会「創作国語」(発起人・山梨大学 茅野政徳准教授)。一風変わった国語科教材「謎解き物語文」とは何なのか? この斬新な教材を知ろうと、現地には約80名、オンラインを含めると150名もの先生方が集まった。前編では、公開授業と協議会の模様をリポートする。

謎解き物語文とは

犯人、トリック、真相を探るミステリー教材文

「謎解き物語文」は、犯人やトリックといった「謎」を、文章を読解することで解き明かす、ミステリー仕立ての教材文だ。一般的な推理小説とは異なり、短い文章で構成されている。たとえば、次のような教材である。

公開授業

今回取材した5年生の公開授業で使われた教材のあらすじは、こうだ。

「オフにならなかったマイク事件」あらすじ

給食の時間の校内放送で、事件が起きた。番組進行役のサトシが、マイクがオンになったままなのに気がつかず、うっかり先生の悪口を言ってしまったのだ。

しかし、事態は意外な展開を見せる。サトシが、「誰かがマイクのスイッチにテープのようなものを貼って、マイクをオフにできないようにしていた」と主張し始めたのだ。この時、放送室には、他に2人の児童が居合わせていた。

サトシとともに進行役を務めていたケンシは、番組を一人で仕切ろうとするサトシに苛立ちを感じていた。ユカは、ラジオ風の校内放送そのものに不満を持っていた。もともと彼女は、クイズ番組風の校内放送をしたくて、委員になったからだ。

しかし、放送室の操作盤には、テープもなければ貼ってあった痕跡も残っていなかった。果たして犯人は、そして真相は?

謎を解きたい! 子供たちの「本気」が、みなぎる。

  • 授業前から話し合う

  • 黙々と読み解く

  • まとめてきている

この謎解き物語文を、国語の教材として使う。いったい、どんな授業になるのか。わたしは足早に、「オフにならなかったマイク事件」を用いた公開授業が行われる、5年1組の教室に向かった。

「犯人はケンシだよ! だってサトシにいらついてたもん!」
「でも、現場にはテープが残ってなかったんだよ? ケンシが犯人だったら、テープはどこに隠したの?」

まだ授業が始まっていないというのに、早くも子供たちは激論を戦わせていた。教室のあちこちに、議論の輪がいくつも発生している。その一方で、一人で黙々と教材文を読み直している子も。自分なりに登場人物の特徴を箇条書きにまとめてきた子、犯人の目星を理由つきで書いてきた子もいる。

聞けば、この教材文は事前にクラウドで配布され、「自分なりの考えを作ってくるように」と指示されていたのだという。授業が始まるのを待ちきれない。そんな熱気に、教室が満ち満ちていた。

「みんな、しっかり読んできた? じゃクイズを出すよ」と、担任の白川治先生は、授業の幕を開けた。

「ケンシは何年何組?」
「5年1組!」

「事件当日、放送を担当していたのは?」
「サトシ、ケンシ、ユカ!」

白川先生の出題に、子供たちは間髪入れず答えていく。何度も繰り返し読み込んで来たのが、よくわかる。

  • 次々意見発表

  • 人間関係が明らかに

「登場人物一人ひとりの『人物像』を考えてきて、と先生言ったよね。まずは、誰がどんな人物なのか、意見を出し合おうか」

待ってましたと矢継ぎ早に手が挙がり、「ユカは控えめな性格」「サトシはお調子者」などの意見が飛び交い始めた。驚いたのは、単に人物像を述べるだけでなく、ちゃんと「論拠」を伴っていたことだ。たとえば、

「ケンシは悪い意味でマイペースだと思った。なぜなら1ページ目の28行目に、話しも聞かずに『手元でガムテープを丸めて遊んでいた』と書いてあるから」
「ユカは自己主張が苦手。1ページ目の13行目に、『いつもあまり発言したり、人前に出たりしない』と書いてある」
「サトシは無責任なところがある。1ページ目の21行目あたりに『うまくいかない時は苦しい言い訳をして、その場を濁す』と書いてある」
といった具合だ。

  • 盛り上がる対話

  • びっしりと引かれた線

  • 怪しいのは誰?

続いて白川先生は、「各人物の人間関係を考えてみよう」と、発問した。

「サトシは、ケンシといいコンビを組めてると思ってる。『俺ら2人がいれば完璧だな!』と自信満々で、ラジオ放送も人気になったし」
「でもケンシは、サトシに不満を持ってる。自分が話した方がおもしろいのに、と言ってるから」
「ユカは男子たちに不満を持ってるけど、引っ込み思案だから言えない」

次々と出てくる意見を白川先生が板書していくにつれ、お互いの関係性が明らかになっていった。まるで警察の捜査会議のようだ。「では、誰が怪しい? 誰に動機がある?」。白川先生が、事件の核心に迫る質問を投げかけると、子供たちは待ってましたとばかりに、身を乗り出した。

「ユカが怪しい! クイズ番組をしたくて委員になったのに、サトシがラジオ番組みたいにしようと言い出したせいで、できなくなったから」
「ケンシが犯人だと思う。サトシがしくじれば、自分一人で番組をできるようになるから。以前ガムテープで遊んでたし、それを貼ったんだと思う」
「いやいや違うって。ガムテープを貼ったのなら、跡が残る。テープが貼られた跡は、残ってなかったんだよ?」
 議論は一気に白熱し始めた。みな、自分の考えを言いたくて仕方ないようだ。

「では、近くの人と話し合ってみて」と、白川先生が指示すると、教室内は蜂の巣を突いたような喧噪となった。

「絶対ユカだと思う。ユカは、マスキングテープでデコったノートを持ち歩いてる。マスキングテープなら、剥がした跡が残らないし、剥がした後に自分のノートに戻せば、証拠を隠せる。放送室に最初に来たのもユカだし、貼るチャンスもあった」
「これさ、サトシがウソ言ってる可能性もあるんじゃない? 自分の失敗を責任転嫁するためにさ。そういう性格だし。テープなんて貼ってなかったのでは?」
「いや、それはどうかな。だって、犯人探しが始まったら、サトシは不機嫌になったんだよ? ウソついてたんなら、しめしめうまくいったと、上機嫌になるはずでしょ」

「なんとなく怪しい」という印象で犯人を推理する子は、一人もいない。みな証拠として文を引用しながら、論理的に考え、多種多様な推理を披露した。わたしも事前にこの教材文を読んで犯人の目星をつけていたのだが、子供たちの様々な意見を聞いているうちに、「そういう見方もできるな……」と不安になってきたほどだ。

しかし、ここで無念のタイムアップ。「真相は、次の時間で」と告げられると、子供たちは「犯人わからないまま?! 知りたい!」と、大いに不平を鳴らした。

授業協議会

謎解き物語文の威力を、参加者も実感!

横浜国立大学教育学部附属横浜小学校 白川 治 先生

時を置かずして、今日の授業を振り返る「授業協議会」が始まると、参加した先生方からも「ズバリ犯人は?! 教えて!」との声が巻き起こった。白川先生はその反応を喜びながら、真相を明かしてくれた。

「犯人はユカです。マスキングテープなら剥がしても痕が残らないし、剥がしたテープを自分のノートに貼れば、証拠隠滅できます」

 自分の推理が当たっていたと、ホッと胸を撫でおろしたのも束の間、驚愕の事実が明らかになった。この「オフにならなかったマイク事件」、なんと白川先生が書いたというのだ。

「最初は、プロの作家が書いたミステリーを拝借しようかと短編集を何冊か読んでみたのですが、『トリック中心』の話が多く、教材には向いていませんでした。今日の授業では、ミステリーを通して、『人物像や人間関係を読み解かせるのがねらい』でしたから、自分で書くことにしたんです。トリックや人間関係の設定は、プロの作品から拝借しましたが、書き上げるのに3日ほどかかりました」

 それを聞いて、参加者からは感嘆の声が漏れた。
「一人ひとりの人物像や関係性がしっかり描けている」
「読者を惑わすミスリードもたくさん散りばめられているので、子供たちは謎を解こうと真剣に読み込んでいた」
「教科書の物語教材よりも、熱心に読んでいたかも。『読み解いて、真相を探る』というのは、普通の物語教材にはないおもしろさだ」
「子供の姿が印象的だった。じっくり読み解いて、自分の考えをしっかり構築し、議論を交わしていた」

 確かに、子供の姿は圧巻だった。白川先生は、謎解き物語文の良さを、こう解説してくれた。
「謎があるから、『解きたい!』と主体的になる。『謎を解く』のが共通の目的になるから、対話的な学びも活性化する。これは、謎解き物語文ならではの良さだと思います」

後編では、ワークショップ、シンポジウムの模様をリポートする。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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