2023.12.04
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児童が自ら問いをつくり、追究するための授業づくり(後編) 自分の意見がクラスメイトの「ギフト」となる環境

前編では、東京学芸大学附属大泉小学校で20231026日に行われた国語の授業をリポートした。後編では授業者の今村行教諭に、学校で学びに向き合うということや、話し合い活動における心理的安全性と生徒エージェンシー育成の関連、IBワールドスクール」になって変わったことなどを伺った。

子どもたちの意見を無理にコントロールしない

今村 行 教諭

——今村教諭が授業のなかで大切にしていることを教えてください。

今村教諭(以下、今村) 教師がコントロールすべきことと、すべきではないことの線引きは大切にしています。例えば、子どもたちに問いを出してもらい、問いごとにグルーピングして、自分たちの考えを形成していくとします。その場合、教師が「こういう視点もあるよね」「ここを読んでみるといいかもね」などとアドバイスをすれば、子どもたちの考えの方向性はコントロールすることができます。

しかし、そのコントロールは個人またはグループ内に限ります。グループで話し合った考えを、別のグループへ共有したとき、そこで何が生まれるかは予測不可能です。その予測不可能な部分は自分の力ではコントロールしきれないと自覚して、情報が爆発することを恐れずに解き放つことで、何かおもしろいことが起きるはずです。

——これまで、子どもたちの意見に驚かされたことはありましたか。

今村 何度も驚かされてきました。そういうときの私の反応は、1人の人間として素直に感動してしまっているので、子どもたちもうれしそうにしてくれます。私も国語科として、1人の言葉の使い手として、子どもたちが自分の言葉を素直に受け取ってくれていることにうれしさを感じています。そうした子どもたちとの関係構築や授業形成を行うなかでも、すべてを自分の力ではコントロールできないと自覚するようにしています。

自分の考えは"One of them"

——「学びに向き合う」ということについて、今村教諭の考えを聞かせてください。

今村 学校という集団のなかで何ができるのかをよく考えています。とくに国語に関しては、1人でやったほうが効率的な場合もあると思います。例えば、漢字の学習は意欲的にやれば1人のほうが早いですし、説明文の要約なんかも答えはある程度筋が決まっているので、1人のほうが効率的なこともあります。

しかし、学校には多種多様な人間がいて、その環境を活かした学びには気づきがあると思います。1人では見えなかったものが、他の人とであれば見える。子どもたちは友だちと意見共有することで、自分を客観的に見ることができるようになると思います。そうすると、自分の考えが"One of them"だということに気づくはずです。その気づきが学びに向き合うということではないでしょうか。

——学びに向き合うということは、他の人から学ぶことなのかもしれませんね。

今村 そうですね。クラスメイトと一緒に教科書に向き合うことで、学べるポイントはたくさん生まれます。その学びに誠実に向き合うことは大事なことですね。その点、今のクラスの子どもたちは、他の人の意見に対して「おもしろい!」と言ってくれる子も多く、それはとてもすてきなことだと感じています。

子どもたち自身で問いを立てる力

——今村教諭の研究テーマでもある「自ら問いをつくり、追究していくこと」についての考えを聞かせてください。

今村 授業で教師が質の高い問いを投げ、子どもたちがその問いに答える。これによって養われる読解力も大きな価値だと思います。しかし、答えを導き出すことよりも、問いを出すことのほうが価値は高いと思います。また、子どもたち自身で問いを立てる力がなければ、テキストのおもしろさに気づくことができないはずです。

子どもたち自身が「どうしてこうなんだろう?」という疑問を感じることは大切なことです。その疑問がなければ、いろんなことが目の前を通り過ぎてしまいます。それは文学に限らず、何を読んでも、何も見ても同じことが言えるはずです。だから私は、子どもたちには自分たちで質の高い問いを形成できるようになってほしいと願っています。

——質の高い問いとはどのような問いだと思いますか。

今村 子どもたちには「すぐ答えが出る問いはつまらないよね」と話しています。同じ教科書を読んでも、人によって出てくる答えが異なる。つまり、みんなでずっと議論できるような問いが質の高い問いだと思います。それは子どもたちも感じ取ってくれています。ただし、質の高い問いを出す力は、1つの単元で身につくものではありません。それは時間をかけて少しずつ育まれるものだと思います。

「みんなの意見、めちゃくちゃおもしろかった」

——今村教諭は、昨年度1年生のクラスで、「話合い活動における心理的安全性*と生徒エージェンシー**の育成」をテーマに研究されていたとのことですが、子どもたちの心理的安全性を高めるためには、どのような取り組みが必要だと思いますか。

*心理的安全性:組織において、自分の意見や気持ちを誰に対して安心して表現できる状態のこと。

**生徒エージェンシー:変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任をもって行動する能力。2019年にOECD(経済協力開発機構)が出した「OECDラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030」の中で打ち出した中心的な概念。

今村 心理的安全性が育まれる土壌には、失敗しても大丈夫だとか、あるいは自分の発言を受け止めてもらえているという感覚が必要だと思います。その感覚を身につけてもらうために、私自身、子どもたちに失敗談を笑いながら話すようにしています。

失敗したことに変わりはないけれど、失敗したことの価値をどう変えるか。子どもたちには、失敗をしてかっこ悪いというより、むしろ失敗からどう自分も周りもハッピーになれるのかを考えるべきだと伝えています。教科書を忘れた子がいても、「友だちに見せてもらいなよ」「はやく授業を始めよう」と言って、あまり凹み過ぎずにすぐに気持ちを切り替えることが大事だと思っています。自分のクヨクヨよりも、仲間との学びを優先したいと思える人になってほしいです。

——そのほかに、心理的安全性を育むために必要なことはありますか。

今村 他の人のいいところを見つけることはすごく大事です。今日の授業で1人の児童が「みんなの意見、めちゃくちゃおもしろかった」と言ったのは、本当に価値が高いことだと思います。やはり他の人のいいところを見つけることで、それを言われた側もすごくうれしい気持ちになりますから。そういうことがクラスの中で当たり前になれば、「このクラスにいれば自分のいいところも見つけてもらえる」という感覚を持つことができます。それは心理的安全性では大切なことだと思います。

自分の発言にも価値はあるという感覚を養う

——話し合い活動における心理的安全性と生徒エージェンシー育成の関連についてはいかがでしょうか。

今村 心理的安全性と生徒エージェンシー育成との関連は、自分には役割がある、自分は価値を生むことができるなど、そうした感覚を持つこととも結びつくと考えています。授業中、すぐに発表できる子もいれば、じっくり考えて発表する子もいます。いろんなタイプの子がいるなかで、私がそれぞれの良さをキャッチして語っていくようにしています。

積極的に発言するわけではないけれど、きちんとノートをとっている子がいれば、「○○さんのノートを今度見せてもらいなよ」と言う。子どもたち一人ひとりの光の当て方を常に考えています。それは子どもたちも感じているようで、今では仲がいい友だちに限らず、いろんな仲間と話し合いができていると思います。単に仲がいいということではなく、自分が今この人と一緒に学びたいと思う人のところへ行けること、そうやって学びを選択できることはすごく大事なことだと思います。

——授業で話し合いが始まる前、今村教諭は「なんでもいいには価値はないよ」と子どもたちに伝えていたと思います。そうした価値のある意見を「ギフト」というキーワードを使って説明していました。これは子どもたちが「自分はここにいてもいい」という価値を感じてもらうための工夫ですか。

今村 工夫でもあり、願いでもあります。学校という場においては、どうしても声の大きな人が話題を持っていくことが多く、それを不安に感じている人もいると思います。心理的安全性を考慮したとき、私はそうした状況に抗いたいですね。考えるのが早くて、自分が言いたいと思う子はいっぱいいます。でも、自分が言いたいだけだったら、他の人の意見を聞ける機会を奪っているとも考えられます。40分という短い授業時間で、自分がどれくらい時間を取っているのかは子どもたち自身が考えなければならないことです。だから、意見を出すときは的確に伝えなければいけません。

一方で、話し合いの中で価値がある意見を持っているのに、手を挙げないで書くだけで満足している子もいます。それも集団に貢献しようとしていない点では、何も考えずに意見を言うことと同じです。自分の意見がギフトになると思ったときは積極的に発言する。そのギフトはとてもすてきなものだということは伝えています。

自分の意見がギフトになるかどうかを認識することは、大人でも難しいことだと思います。でも、いますぐにできずとも、自分の意見に価値があると思えるようになってほしいですし、いま発言すべきだと思ったら、勇気を持ってクラスの場に投げかけてほしいと願っています。

子どもたちを褒める視点の変化

——大泉小学校は国際バカロレア(IB)の認定校となりましたが、IBの具体的な理念とはどのようなものなのでしょうか?

今村 日本の小学校や中学校、高校では、基本的に学ぶべきカリキュラムが決まっています。もちろん、学び方のプロセスは主体的に取り組むことと言われていますが、日本の教育の根底にあるのは上にあるものをキャッチしていくことだと思います。

それは大切なことですが、IBはそこからさらに子どもたち自身が知識を構成していくことを理念として掲げています。自分自身で知識を構成することで、「概念的理解」を作り出すことを目指します。サッカーのPKで例えると、キーパーの正面に強いシュートを打っても簡単に止められてしまいます。シュートを止められないためには、キーパーの逆をつく必要があります。その考えを知識として構築したとき、それを他の場面でも適応させること、転移させることにIBはフォーカスしています。教えられたことはなかなか転移できないけれど、自分で構築した「概念的理解」は転移可能なものになります。

PKを他のスポーツ、例えばバレーボールに転移されるのであれば、アタッカーは相手のブロックを読んだうえで相手の逆をつく必要があります。これはPKと同じ考えですよね。つまり、これはスポーツのなかで転移が起きているということです。そのような知識の転移を、あらゆるところで発揮できる人材を育てていくことを、IBは理念としています。

——認定校となってから、現場に変化はありますか。

今村 子どもたちを褒める角度が変わりましたね。昨今はVUCA***ワールドと言われ、子どもたちはそうした見通しも立たず、解決策もないところへ飛び込まなければなりません。そうなると、ルールを守ることが一番の価値ではなくなります。そのため、ルールもない状況で、子どもたちが新しいやり方を考えてやってみたことにフォーカスして、褒めるようになりましたね。そこは大きな変化だと感じています。

***VUCA(ブーカ):VはVolatilityで変動性、UはUncertaintyで不確実性、CはComplexityで複雑性、AはAmbiguityで曖昧性をそれぞれ表し、変化が激しく将来の予測が難しい今の時代を表した言葉。

——ありがとうございました。

記者の目

取材を通して、積極的に授業に取り組む児童らの姿勢には驚かされた。授業と関係のない話をする児童も少なく、多くが『ごんぎつね』の話題に関心を示していた。また発言している児童に対する、その他の児童の反応にも積極性が感じられ、授業は終始にぎやかであった。ただ、どうしてもよく発言している児童もいれば、そうでない児童もいた。その点は今村教諭もインタビューで語ってくれたように、児童一人ひとりにスポットライトが当たるような工夫が必要なのだろう。

今村 行(いまむら すすむ)

東京都板橋区立紅梅小学校で5年間の勤務後、東京学芸大学附属大泉小学校へ赴任。「学習者が自ら問いをつくり、追究していくこと」をテーマに、より良い授業づくりのための研究を進める。本サイトにて、現役教師をはじめ教育関係者が日替わりで執筆するエッセイ「教育つれづれ日誌」連載中。著書に『小学校・中学校・高等学校を見通した12年間の「文学」の学び』(共著、東洋館出版社)。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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