2016.01.26
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教師の指導技術が光る中学校社会科授業(vol.1) 生徒が思わず目の色を変える、巧みな発問と解説 ―足立区立竹の塚中学校― 前編

中学校社会科の公民的分野(以下、公民)は、来年夏に予定されている参議院選挙から選挙権年齢が18歳以上へと引き下げられることから、学校での政治教育を担うものとして今、注目の領域だ。子ども達の政治への理解、関心、そして参加意識を育むには、どのような授業を実践すべきか。東京都中学校社会科教育研究会において指導技術向上研修会の示範授業も実践された、足立区立竹の塚中学校の高田孝雄指導教諭(「高」は正しくは「はしごだか」)の授業をリポートする。

授業を拝見!

テンポ良い発問、学びを焦点化するワークシート、切実感を与える解説……数々の技が光る授業

学年・教科:3年2組(生徒28人) 社会科・公民的分野
単元:財政と国民の福祉~日本社会の現状と将来のあるべき姿を「財政」の面から考える。(全9時間中、第3時間目)
ねらい:社会保障制度の現状と課題を理解する。
授業者:高田孝雄 指導教諭
使用教材・教具:授業者自作のワークシート

社会保障の現状と課題について学ぶ授業

東京都足立区立竹の塚中学校 社会科担任
高田孝雄 指導教諭

「社会保障給付費は、今後どうなりますか? 増える? 減る?」
 高田指導教諭がそう問うと、生徒達は手元のワークシートに目を落とした。高田指導教諭が作成したワークシートには、社会保障給付費の急激な増加を示すグラフが掲載されている。
「増えます」
 生徒達が答えると、高田指導教諭は間髪入れず、問い掛けた。
「そうだね。グラフを見れば一目瞭然。今後も社会保障給付費は増えるでしょう。では、国民一人当たりが負担する金額は増える? 減る?」
「増える」
 生徒達の答えに高田指導教諭はうなずいたが、まだ問い掛けは終わらない。
「その通り。高齢者は今後も増え続け、君達のような若い世代は減少する。少子高齢社会ですから、一人当たりの国民負担は増えます。でもどのぐらい増えると思う?」
 と言って、生徒達を見渡した。首をかしげ、沈黙する3年2組。
「先生は今、給料の2割を税金として、2割を社会保険の掛け金として払っています。今の国民負担は4割。これが、君達が40代になる頃には、7割近くになるでしょう」
 と聞いても、生徒達は今一つピンと来ていないようだ。すると高田指導教諭は、こう例えた。
「例えば、年収1000万円なら700万を税として支払い、300万しか生活に使えないことになります」
 その瞬間、生徒達がどよめいた。「本当に?」と言いたげな表情で、隣の子と顔を見合わせる生徒も。明らかに空気が一変した教室で、高田指導教諭はとどめを刺した。
「日本の歴史上、最も税金を多く支払うのは、君達ですよ」
 生徒達は顔をしかめ、ウーンとうなり、考え込んだ。

《指導技術1》発問をテンポ良く、小刻みに

まずは授業のワンシーンを紹介した。これが、高田指導教諭の授業スタイル。そのテンポの良さが、おわかりいただけただろうか。

高田指導教諭の授業を拝見してまず感心させられたのが、「発問」の見事さ、巧みさだ。一方的に解説を述べるのではなく、小刻みに発問を織り交ぜてくる。その発問も、とてもシンプルで答えやすいのが特徴。例えばこの日の授業は、前時に習った「国の支出の内訳」の復習からスタートしたが、その復習でも、高田指導教諭の発問技術が光っていた。


高田:前時のワークシートのグラフを見ながら復習しましょう。日本の財政は借金が増えていますね。何に一番お金を使っているのですか?
生徒:社会保障。
高田:2番目に多いのは?
生徒:国債費。
高田:国債費って何でしたか?
生徒:過去の借金の返済に使うお金。
高田:過去の借金は、何のために使うのですか?
生徒:社会保障。
高田:社会保障に使うお金が足りないので、どんどん借金が膨らんでいる。そしてそれが日本の財政を圧迫している。ここまでいいですか?


このやりとりの所要時間は、わずか数分。的確で答えやすい発問を次々繰り出してスモールステップで復習を進め、今日の学びに関係してくる重要なキーワードとその意味、そして課題まで確実におさらいしている。見事な手際だ。

《指導技術2》自作のワークシートで学びの焦点化を図る

その発問技術の高さは、教材として使う手製のワークシートにも存分に発揮されている。高田指導教諭は、授業で教科書と共にワークシートをよく使う。このワークシートに沿って、授業を進めていく。授業の柱となる、重要な教材だ。

「財政と国民の福祉」ワークシート
(作成:足立区立竹の塚中学校 高田孝雄指導教諭)
  • 目次

  • 「3.社会保障制度の現状と課題」

  • 「8.国の予算を考えよう」

ワークシートはB5サイズ1枚で、単元の小テーマごとに作成。本単元「財政と国民の福祉」では合計10枚のワークシートを使う。
◆ワークシート中の資料出典:国立社会保障・人口問題研究所ホームページ

ほとんどのワークシートには上半分に図表が1点掲載されている。本授業で使う「3.社会保障制度の現状と課題」には、「社会保障給付費の推移」を示したグラフが載っていた。なぜ、図表は1点だけなのだろうか。
「教科書や資料集には多くの図表が載っていますが、その分、目移りしてしまい、どこに注目すればいいかわからなくなりがち。そこでワークシートでは、厳選した図表を1点だけ載せて、迷わずしっかり読み解けるようにしているのです」(高田指導教諭)。
 図表を厳選する基準も、とても明快だ。
「まず、学びのテーマに直結する図表であること。そして『わかりやすく、読み取りやすい』図表であること。見れば一目瞭然で、視覚的にピンと来る図表を、インターネット等で探し厳選しています」(高田指導教諭)。

確かに、このグラフを見れば、いくつかの事実がひと目でわかる。一人当たりの社会保障給付費が、1970年頃を境に急増し続けていること。急増の原因となっているのが、年金と医療であること。この事実を読み取らせたいために、高田指導教諭はこのグラフを選んだのだ。

そしてワークシートの下半分には、3~4程度の問題が載っている。ここでも、高田指導教諭の発問技術「簡潔で、答えやすい発問」テクニックが発揮されている。例えば――

(問題1)

  • 社会保障給付費は、どのように変化している?
  • 2008年度の給付費はいくら?  (   )兆円

(問題2)

  • 社会保障給付費の中で、増加しているのは何?
  • これはどのような人に支払われる?

このようなワークシートを主教材とし、高田指導教諭が解説と発問を行いながら、全員で読み解き、答えを書き込み、進めていく。

《指導技術3》身近な例に置き換え、生徒に実感させる

小気味よいテンポで授業が進んでいくのを心地良く見学していると、また新たな指導技術に気がついた。その解説の仕方に、大きな特徴があるのだ。例えば、「国の公債残高の変化」の学習の際、こんなやりとりがあった。


高田:ワークシート「8.国の予算を考えよう」を見てください。国の収入はいくらある?
生徒:55兆円。
高田:それに対して、国の借金は約1000兆円もあります。
生徒:……。
高田:金額が大きすぎて、ピンと来てないね? では、わかりやすく置き換えてみよう。年収500万円の家なら、いくら借金している計算になる?
生徒:えっと……1000万円?
高田:桁が違います。
生徒:えっ、1億円!?
高田:そうです。年収500万で、1億円の借金を返せる?
生徒:返せない……。
高田:借金を返すのに、また借金するしかない。それが今の日本です。


「『55兆円の税収で、借金が1000兆円』と聞いても、子どもはピンと来ません。大人でもそうですが(笑)。そこで、年収500万円なら借金1億円と置き換えました。これなら、生徒も実感できます」(高田指導教諭)。
冒頭で紹介した「年収1000万円なら税金で700万円支払う」という解説も同様に、生徒が実感できるよう工夫されている。特徴的な解説方法だ。
「公民を教える上で大切なのは、生徒達に『切実感』を持たせること。切実感とは、自分の問題として実感することです。
 公民では、社会の制度や仕組みといった抽象的概念的なものや、子どもにはあまり馴染みのない政治や経済、法律を学びます。そのため、下手をすると、『大人達の社会の話で、自分とは関係ない』『他人事だし、どうでもいい』と、そっぽを向かれる危険がある。『そうじゃないよ。あなた達にも関係のあることなのだ。皆の将来や生活に大きな影響を及ぼすことだよ』と、導いてあげたい。
だから私は、生徒が『自分の問題』だと気がつくように、身近でわかりやすい話に例えて、彼らが実感できるようにしているのです」(高田指導教諭)。

その効果は、現場で感じた。「年収1000万円稼いでも、700万円支払う」と高田指導教諭が解説した時、生徒達の目の色が変わった。「信じられない」「ひどい」「理不尽だ」等、様々な感情が生徒達の顔に浮かび、彼らがこの問題を「自分達の問題」だと、“切実に”とらえ始めたのがよくわかった。

《指導技術4》現実社会のオモテとウラをわからせる

高田指導教諭の指導には、さらにもう一つ大きな特徴があった。それは、物事を表(オモテ)と裏(ウラ)、様々な視点から見るよう促していることだ。今日の授業の終盤に、高田指導教諭は生徒達にこう問いかけた。


高田:社会保障費が国の財政を圧迫していることがわかりましたね。でも社会保障費を削ると、どうなる?
生徒:困る。
高田:誰が困るの?
生徒:高齢者。
高田:そうだね。年金が減れば、高齢者の生活は苦しくなる。けれど、このままでは若い世代の税負担は増えるばかり。そうなると、誰の生活が苦しくなる?
生徒:私達。


社会保障費を削れば、若い世代の負担は減るが、高齢者の負担は増える。しかし、増やせば高齢者は楽になるが、若い世代が苦しむ。まさに、「オモテとウラ」。生徒達も、問題の深刻さを痛感したようだった。

高田指導教諭が多様な視点で考えるよう指導する理由は、
「二つあります。まず、一つの視点だけで物事をとらえようとすると、感情的な批判になってしまう危険があること。例えば、消費税率を10%に上げる問題にしても、納税者としての視点だけでとらえると、『税金を上げるなんて、弱い者いじめだ』と感情論に陥ってしまいがちです。そして『政治家は汚い』『国は私達のことなんて考えてない』という批判で思考がストップし、それより先に進まなくなる。他人に責任を押し付け、『自分の問題』として考えることもできなくなります。もう一つの理由は、現実の社会とは、そういうものなのだと生徒達に気づかせるためです」(高田指導教諭)。

オモテとウラどころか、様々な立場の人達が、それぞれの利益を追求し、せめぎ合っている。それが社会なのだと、わからせるためなのだ。例えば、「企業の経済活動と私達の消費活動」を学ぶ単元では、生徒とこんなやりとりをしたという。


生徒:モノやサービスが売れれば、企業は儲かるのかぁ……。じゃあ、僕がどんどん無駄遣いしたら企業は喜ぶね!
高田:そうだよ。皆がどんどん買ってくれた方がありがたい。企業の業績は良くなるし、日本の景気も良くなる。でも、無駄遣いばかりしていたら、君の家計はどうなる?
生徒:……苦しくなる。
高田:そうだね。消費すればするほど、企業は儲かるが、家計は苦しくなる。しかし、消費を控えたら、家計は楽になるけど、企業の業績は悪化するんだ。


これも、オモテとウラ。企業の利益は消費者の不利益になり、消費者の利益は企業の不利益になる。社会はそうやって回っているのだと生徒は納得し、自分もその社会の一員なのだと実感したそうだ。

この日の授業は、「社会保障制度の現状と課題」や「国の公債残高の変化」を学んで終了となったが、この単元「財政と国民の福祉」はあと6時間続き、実はこの先にクライマックスが待っている。

今日の授業を拝見させていただいて、高田指導教諭の指導技術やそのねらいも明らかになった。的確な発問や焦点を絞ったワークシートで生徒達を導き、「切実感」を持てる解説で「自分の問題」だととらえさせ、「オモテとウラ」の視点で多角的に見ることを促す。だがこれも、まだゴールではない。高田指導教諭が目指す最終目的地点は、この先にあるのだ。

後編では、高田指導教諭が考える「公民の使命」について、そして今話題の「政治教育」についても語っていただいた。乞うご期待。

記者の目

「誰かの授業に似ている。どこかで見たことがある」。高田先生の授業を見てそう感じていた私は、思い当たって膝をたたいた。テレビで見る池上彰さんの講義に、とてもよく似ているのだ。テンポ良く発せられる質問。身近な例を挙げての、わかりやすい解説。そして、様々な視点からの考察。とてもよく似ている。
池上彰さんの講義が視聴者やゲストをとらえて離さないように、高田先生の授業も生徒達を虜にしていた。派手なツールは使わない。紙のワークシートと、高田先生の解説と発問だけで、授業は進む。それでも、集中は途切れない。退屈もしない。それどころか生徒達はどんどんとテーマに引き込まれ、時には驚き、時には憤り、時には苦悩するなど豊かな反応を見せていた。お手本としたくなる「高い指導技術」の数々とその効果を、目の当たりにすることができた。

取材・文:長井 寛/写真:言美 歩

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