2016.02.23
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教師の指導技術が光る中学校社会科授業(vol.2) 技を支える教育哲学とは? 公民の使命とは? ―足立区立竹の塚中学校― 後編

中学校社会科の公民的分野(以下、公民)の優れた授業を、前編ではリポートした。同授業では、難しい制度や仕組みを身近な例に置き換えて解説し、生徒に「自分の問題だ」と実感させ、物事の表と裏を見る多角的視点を持つことを促すなど、様々な指導技術が駆使されていた。後編では、同授業の最終目的地と、ねらい、そして実践の基礎となる教育哲学等について、授業者の足立区立竹の塚中学校 高田孝雄指導教諭(「高」は正しくは「はしごだか」)に語っていただいた。

授業を拝見!

自分の意見を持ち、討論し、主張をまとめる

はじめに

後編を始める前に、前編でも紹介したワークシートを振り返っておきたい。「3.社会保障制度の現状と課題」のワークシートには全部で三つの問題が載っているが、この問題の傾向が最後にガラッと変わる。ここに、高田指導教諭の重要なねらいが隠されているのだ。実際に、問題を見てみよう。

(問題1) 社会保障給付費は、どのように変化している?

(問題2) 社会保障給付費の中で、増加しているのは何?

それが、(問題3)では、こうなる。

(問題3)
社会保障給付費は、今後さらに増加する。
このことから、将来の国民一人当たりが負担する金額はどのようになると予想されるか?

おわかりだろうか。(問題1、2)はグラフを「読み解く」問題だったのが、(問題3)で「考える」問題に変化している。これは他のワークシートにも共通する、高田指導教諭のパターン。序盤の問題で読み解き、理解したことを元に、自分で考えさせる作りになっているのだ。

「財政と国民の福祉」ワークシート
(作成:足立区立竹の塚中学校 高田孝雄指導教諭)
  • 左:「3.社会保障制度の現状と課題」

  • 右:「8.国の予算を考えよう」

◆ワークシート中の資料出典:国立社会保障・人口問題研究所ホームページ

この「自分で考える」が、単元の後半の重要な活動であり、この後編の重要なテーマになってくる。そのことを念頭に置いて、読み進めていただきたい。

自分で考えてみよう

単元「財政と国民の福祉」では、単元の終盤に自分達で国の予算を考える活動を行う。実際の予算を見ながら、自分なりに予算を配分し、公債でいくら借金するかを考えるのだ。

「生徒達は四苦八苦します。社会保障関係費が財政を圧迫しているが、これを削れば高齢者が困る。しかし、税収が足りない。借金をすれば、自分達の世代に重い負担がのしかかる。これまでの学びでそれがわかっているから、予算を決められないのです」(高田指導教諭)。
 そして生徒達は実感する。
「すべての問題を丸く収める方法なんてない」
「八方塞がりのこんな状況で、政治家や官僚は決断をしているのか」
 と。
「政治家や官僚の立場になって予算を組もうとすることで、彼らがいかに困難な状況下で、最善策を見出そうと努力しているかを実感できます。『政治家や国はずるい。何も考えてない』といった安直で感情的な考え方をしなくなるでしょうし、現在の日本の深刻な状況を、身を持って理解するでしょう」(高田指導教諭)。

国の予算を考える活動には、「自分で考えてみよう」と、生徒に政治参加を促すねらいがある。傍観者として社会を冷めた目で見るのではなく、自分の問題として積極的に社会に関与しようと、背中を押しているのだ。

自分の意見を持ち、討論する

次の活動では、そのねらいがより鮮明になる。単元の締めくくりに、高田指導教諭は討論を行う。
「この単元のように、一つの課題に対して、様々な意見が出てくる単元では、最後に討論を行うのが定番になっています」(高田指導教諭)。
 その討論の仕方も特徴的だ。

1.同じ意見を持つ者同士で、グループを組む
 この単元なら、(1)税制は変えるべきではない、(2)税率を下げるべき、(3)直接税を上げるべき、(4)間接税を上げるべき、(5)結論が出ない、のうち自分はどの意見か考え、同意見の者同士でグループを組む。

2.グループ内で作戦会議を行う
 グループ内で話し合い、自分達の意見の論拠を固める。他のグループからどんな意見や反論が出てくるかを予想し、それに対する反論や突っ込みも考える。いわば作戦会議だ。

3.異なる意見の者同士でグループを組み直し、討論を実施
 その上で、異なる意見の者同士でグループを再編し、その中で意見交換や討論を実施する。傍観者を作らず、一人ひとりが自分の意見を主張し、戦うのだ。

過去に実施した討論では、「(3)直接税を上げるべき」と「(4)間接税を上げるべき」との間で、白熱した議論が繰り広げられたという。


(4)間接税UP派:間接税を上げるべき。僕達もいずれ労働者になる。その際、直接税が高いと生活が苦しくなる。

(3)直接税UP派:それでは高齢者の負担が重くなる。高齢者のためには、直接税の割合を上げるべき。

(4)間接税UP派:労働者人口は減るから、直接税を上げても税収は大して増えない。 税収を上げるには、間接税のアップが不可避。


そしておおむね、(4)間接税UP派が優勢になるという。
「そこで生徒達は気づくのです。『だから国は今、消費税を上げようとしているのか。間接税を上げざるを得ないのか』とね」
 しかし、大事なのはどの意見が正しいかではなく、自分の意見を持つことなのだと、高田指導教諭は言う。
「どの意見を選んでもいいのです。大切なのは、自分の意見をしっかりと持ち、理由も主張できることです」(高田指導教諭)。
 討論の際、高田指導教諭は「相手を説得しよう、論破しよう!」と発破を掛けるという。
「単なる意見交換で終わるのではなく、異なる意見を論破しようとしてこそ、自分の意見は整理され、強化され、揺り動かされます」(高田指導教諭)。

ワークシートで促した「自分で考える」からさらに一歩進め、「自分の意見を持つ」ことを、この討論で促しているのだ。

リポートで自分の意見を主張する

そして単元の最後に、リポートを提出する。ここでも高田指導教諭は、「わかったこと」をまとめるのではなく、「自分の意見」をまとめようと指導している。
「単元も最終段階になると、生徒達は自分の意見を持ち、上手に主張できるようになります」
 と、高田指導教諭は何人かのリポートを見せてくれた。その幾つかを紹介してみよう(生徒の原文より要約)。

生徒A:少子高齢化を前提として考える

少子高齢化で働く人が減り、直接税での税収が減っています。
 働き手を確保するため、広く移民を受け入れ、様々な分野での産業を活性化させ、企業からの税収を増やせばいいと思います。企業の海外への事業展開(例として、新幹線の海外展開)で、外貨を稼ぐというのも財源確保の一つの方法だと思います。
 そして、消費税を上げる必要があると思います。消費税を上げると低収入層の負担が重くなるので、社会保障制度を見直し、障害者等への斡旋、自立への補助、生活保護受給者への職業訓練などの自立支援、これらへの予算の確保が必要になります。公共投資による雇用の創出も必要です。

生徒B:思い切って社会保障関係費に予算を注ぎ込む

私は今、国が出せる金額を思い切って社会保障関係費につぎ込めばいいと考えました。
今、日本は、少子高齢社会です。若い世代の負担は増え、故に子どもを産む女性が少なくなり、人口も減り、税収も少なくなるばかりです。ですから社会保障を充実させ、負担を軽減させれば、国民も「国はここまでしてくれるのだ」と思うはずです。そうしてから税を上げれば、国民の不満もそれほど募らないと思います。
財源の配分を見直し、国民が満足するものに変え、税収を安定させることが、私が考える望ましい財政のあり方です。

正直言って、驚いた。これが中学3年生の書いたリポートなのかと、目を見張った。どの主張も個性的であり、しっかりと理論武装され、論拠も明確。説得力もある。まるで小論文のような出来栄えだ。

実践者に聞く

生徒が自分の意思で投票できるようになる力を育む。 それが社会科教師の使命です。

社会科は暗記科目ではない

東京都足立区立竹の塚中学校 社会科担任
高田孝雄 指導教諭

高田指導教諭の授業を拝見し、素朴な疑問もいくつか湧いてきた。その疑問をぶつけさせていただいた所、歯切れの良い明瞭な答えをいただいた。ここからは少し趣向を変え、インタビュー形式で高田指導教諭の言葉をお伝えしよう。

――公民をはじめ、社会科は「暗記教科」と言われています。しかし、高田先生は暗記よりも、「自分で考える」「自分の意見を持つ」ことを重視されているように見えます。

高田指導教諭(以下、高田) 公民に限らず社会科で重要なのは、「理解する」ことです。暗記した知識はいずれ忘れてしまいますが、理解したことは時間が経っても忘れません。
 例えば「衆議院の議員定数は475人で、参議院は245人」だなんて、暗記させる必要はないと、私は思います。議員定数なんてコロコロ変わりますからね。また近々変わりそうでしょう?
 私なら、「衆議院議員の数は、参議院よりも多い」ことに注目させます。そして、有権者の意見をより反映させやすくするため、衆議院は定数が多くなっている。だから議会でも、「衆議院の優越」が制度化されている、という点を理解させたいと思います。
 では、理解するには、どうすればいいか。それは生徒達に「なぜ?」と考えさせること。「衆議院の議員定数は、参議院より多い。なぜ?」と聞き、考えさせます。すると、民意をより反映するために衆議院があり、だから参議院より優越しているのだという本質にたどり着き、理解できるのです。
 公民に限らず、歴史も地理も、社会科は「なぜ?」を考えさせる科目です。なぜフランス革命は起きたのか? なぜ新潟は米所なのか? 社会科は暗記科目ではないのです。
「なぜ?」と生徒に考えさせられるかどうかは、教師の腕にかかっています。「なぜ?」を意識した授業を作り、生徒の疑問に答えられる資料や知識を準備しておかねばなりません。「なぜ?」の疑問を持たせ、その謎を解く鍵となる知識を与え、そして新たな「なぜ?」を呼び起こす。そのサイクルを作ってあげるのが、教師の役目でしょう。暗記ばかりさせようとすれば、生徒が社会科を嫌いになって当然ですよ。

――「社会科嫌い」という言葉が出てきましたが、今世間では、選挙年齢の引き下げにより、社会科の授業で政治教育をしようという気運が高まっています。しかし、社会科の人気はすこぶる低く、好きな教科ランキングではいつも下位に低迷しています。どうすれば「社会科嫌い」は直りますか?

高田 「社会科嫌い」を直す必要はないと思いますよ。

――えっ、直さなくていいのですか?

高田 別に社会科を好きにならなくてもいい。ただ、社会科で学んだことが、自分の生活と密接に結びついていて、自分の将来に大きな影響を及ぼすことがわかれば、好きだの嫌いだの言っていられないでしょう? 自分の生活を守るため、自分の将来を守るため、自分で必死に考え、調べ、行動するようになります。選挙に行って、自分で判断して、投票するようになる。自分の問題だと気づけば、人間の意識は劇的に変わりますよ。

歴史や地理でも“オモテとウラ”を教える

――なるほど。だから高田先生は、生徒に「切実感」を持って自分の問題ととらえさせ、傍観者ではなく主体者として「自分で考え、自分の意見を持ち、主張できる」ように指導しているわけですね。

高田 自分の生活を守れるのは、自分しかいない。自分の利益を守るには、自分で考えて行動するしかない。それが社会と関わるということであり、社会で「生きる力」でしょう。現実社会はそうやって回っています。国も企業も個人も、自分の利益を追求し、せめぎ合っているのです。社会とはそういうものだと、生徒達に教えるのも社会科の役割です。

――「消費すると企業の利益になるが、家計には不利益になる」と教えたのも、物事の表(オモテ)と裏(ウラ)を示したのですね。

高田 公民に限らず、歴史や地理でも「オモテとウラ」を教えています。例えば、フランス革命だって、「贅沢な暮らしをする王家に、飢えた人民が立ち上がり……」と書いている本もありますが、王家も人民も自分達の利益や生活を守ろうと行動しただけ。その利益が衝突して、戦いになり、革命が起きたと見ることもできます。人間の営みには、「オモテとウラ」があるものでしょう。

――では、最後にお聞かせください。高田先生が考える「公民の使命」とは、何ですか? そしてご自身の指導の「最終目的」は、何ですか?

高田 生徒達が将来選挙権を持つ年齢になった時、自分で判断して、自分の意思で投票できるようになる力を育む。これこそが、公民の使命であり、私の指導の「ゴール」でもあります。
いくらテストの点が良くても、教え子達を投票に行かせることができなかったら……それは教師である私の敗北であり、公民という教科の敗北でしょう。

記者の目

「社会科を好きにならなくてもいい。社会科嫌いを直す必要はない」。この言葉は、衝撃的だった。最初は意味がわからず、正直混乱もした。しかし、高田先生の話をよく聞いてみると、どれも腑に落ちることばかりだった。
今、学校でどう「政治教育」すべきか議論が盛んに行われているが、「教育の中立性」をどう保つかばかり注目されているように感じる。それはそれで大事なことではあるのだろうが、何をどう教えるか、どんな力や姿勢を身につけさせるべきかといった、もっと本質的な議論をすべきではないか。というより、高田先生のような授業をしていれば、今さら「政治教育をやりましょう」と意気込む必要など、ないのではなかろうか。公民という科目の持つ力や使命が、よくわかる取材だった。

取材・文:長井 寛/写真:言美 歩

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