2014.05.27
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ICT活用で「わかる」「楽しい」授業へ(vol.2) 教師のしっかりした授業計画に、デジタルの特性を取り入れて ― 世田谷区立東玉川小学校 ― 後編

世田谷区立東玉川小学校は、平成19年度から大型テレビ、実物投影機、デジタル教科書を全教室に導入し、平成24年度からは「世田谷区教育ビジョン推進研究開発校(教育の情報化)」として、ICTを使った授業改善に取り組んできた。昨年9月には、91台のタブレットPCを導入し、1人1台、グループに1台等の環境で実証研究を行っている。同校の新村出校長に、これまでの成果やICT、タブレットPCの活用法について語っていただいた。実践校ならではの現場の声をお届けしよう。

実践者に聞く

ICTは、もっと子どもの発達段階に合った機能の開発を

タブレットPCを導入しても、授業を変えるべきでない

世田谷区立東玉川小学校
新村出 校長

「以前から、デジタル教科書や実物投影機等のICTを使っていたので、昨年9月にタブレットPCが入ってからも、先生方は戸惑うことなく様々な教科で活用しています」
と語る世田谷区立東玉川小学校の新村出校長。算数の授業では図形の面積を求めるデジタル教材を使って説明したり、数を数える教材を個別学習で使ったり。また、社会科や国語の授業では、児童がタブレットPCを使ってプレゼンテーションをすることもあり、体育では跳び箱の様子をタブレットPCで撮影し、すぐに振り返って児童同士で学び合いや教え合いをする等、研究校として多様な実践を積み重ねている。

(写真左)佐藤幸子 主幹教諭

しかし、新村校長は、
「タブレットPCならではの授業デザインなどない」
と断言する。
「今マスコミでは、『タブレットPCで授業がこんなに変わる!』とか、『タブレットPCならではの授業』等と、タブレットPCによる教育効果がもてはやされています。しかし、今まで学校はタブレットPC無しで授業を進めてきたのです。黒板やノートや紙の教材でやっていたことが、タブレットPCに置き換わるだけ。ICTを導入したからといって授業を変えるべきではないと思います。下手な使い方をすると、授業を壊してしまう危険もあるでしょう」
そして、前編で佐藤幸子主幹教諭の外国語活動を評したように、新村校長はこう繰り返した。
「紙でやった方がいいものは、紙でやればいいのです」
と。
「例えば、プレゼンの発表資料を作る際、紙なら1時間で収まるものが、ICT機器でまとめようとすると3時間かかることがある。どちらを選びます? 私は紙でいいと思う」。

タブレットPCに触れる楽しさから、学習する楽しさへ

「しかし、紙の方がいいからといって、すべてを紙で済ますわけにはいかない」
とも言う。タブレットPCの課題はいくらでも挙げられるが、それでも使う必要があるのだと。
「子どもは実際にタブレットPCを使ってみることで、慣れ親しみ、学習の道具として使いこなせるようになっていく。普段から使っていないと、そこまでいきません」
また、タブレットPCには、児童の興味関心や学習意欲を高める効果もある。事実、前編で紹介した外国語活動でも、児童はタブレットPCを楽しそうに使っていた。

「でもね、『楽しい』には2種類あるのです。一つは、物珍しいタブレットPCに触れられて『楽しい』。もう一つは、学習のツールとしてタブレットPCを使い、学びやすくなって『楽しい』。前者の『楽しい』も必要だし不可避でもありますが、学校でタブレットPCを使う本来の目的ではありません。前者はなるべく短時間で通過させ、後者の『楽しい』に進ませることが大事です」
物珍しさだけでは、いずれ児童は飽きる。PCが学校に入り始めた20年前を思い出してほしい。最初は物珍しさから使ったものの、次第に尻すぼみになっていった。あの失敗を繰り返してはならないと、新村校長は警鐘を鳴らす。
「子どもたちの将来のためにも、タブレットPCを道具として活用させ、便利さや効果を実感させてあげることも、私達の責任です。そして、ハード的な楽しさから、学習する内容の楽しさへ移行させてあげなければなりません」。

すると新村校長は、「私が今一番気に入っているタブレットPCの使い方がこれ」と、一枚の写真を見せてくれた。一人の児童がタブレットPCを使ってプレゼンテーションしている写真だ。
「この子は最初、タブレットPCの画面を自分の方に向けて、画面を読み上げていました。ところが、ある日、画面を聞き手に向けて、画面を指さしながらプレゼンするようになったのです。自分たちで工夫して、やり方を変えたのですよ。つまり、相手を意識した発表ができるようになったわけです。これは、タブレットPCを道具として使いこなし、内容の楽しさへ深まった証拠。子どもたちの表情も、とても良いものでした」。

ICT活用ポイントは、学びのねらいに直結していること

では、どのようにタブレットPCやICTを活用すればいいのだろうか。
「まず、使う場面を絞ること。授業中ずっとICTを使うのではなく、効果がある場面に限定して使うべきです」
と、新村校長は言う。
「次に、学びのねらいに直結していること。PCが学校に入り始めた頃、子どもにプログラミングをさせたり、表計算をさせたりする実践が各所で見られました。しかし、小学校の授業でICTを使うのは、子どもに操作方法を覚えさせるためではありません。学びの道具として、単元のねらいに直結したICT活用になっているか、精査が必要」
と指摘する。そして、
「誰でもできることも不可欠」
とも。前編で紹介した外国語活動では、果物のイラストを移動・拡大表示するだけのシンプルなタブレットPC用教材が使われていた。

「フューチャースクールのような先進研究校は、企業が全面的にバックアップし、ICTに詳しい人材も豊富なので、様々な機能や高度なソフトを使った難しい実践でもできます。しかし、今後普通の学校にタブレットPCが入ってくるなら、ICTに詳しくない教師でも簡単に活用できることを心がけないと。そうしないと、ICTが好きな教師だけに活用がとどまり、普及しません」。

ICT利活用シート

普及という点では、東玉川小学校では授業でのICT活用を記録しておく「ICT利活用シート」が役立っている。授業でICTを使ったら、学年や教科、単元、ねらい、利用者、使用したハードやソフト、工夫点、おすすめポイントなどを記録し、校内LAN上と紙とでデータベース化。教師間で良い活用事例を共有し、広めるのが目的だ。このシートをきっかけに、職員室内で井戸端会議的な情報交換が日常的に行われているという。

ICTに教育を合わせるのではない、教育にICTを合わせるべき

「もっとデジタルとアナログの上手な融合を考えるべきです」
と、新村校長は先程も見せてくれたタブレットPCでプレゼンテーションをする児童の写真を指し示した。よく見ると、タブレットPCの画面に映っているのは、手描きの資料。紙上で資料を描かせ、それをスキャンしてタブレットPCに取り込んでいるのだという。なぜこんな使い方をしているのだろうか。
「タブレットPC上でプレゼン資料を作ろうとすると、時間がかかりすぎます。今のタブレットPCは、子どもの発達段階に合った表現ツールにまだなっていないのです。子どもにとっては、やはり紙と鉛筆の方がまだまだ表現しやすいですよ」。

「道具に振り回されるな」
新村校長は、何度もそう語った。
「タブレットPCならあれもできる、これもできるともてはやし、ICTの機能に教育を合わせようとしている。そうじゃないでしょう。教育に、ICTを合わせるべきなのです」。

~世田谷区立東玉川小学校はUTプロジェクトの実証校です~

UTプロジェクトでは、世田谷区立東玉川小学校での実証研究を元に、児童生徒に1人1台の情報端末環境を導入しようと検討している教育委員会や学校の先生方に授業のイメージを持ってもらうとともに、導入や運用の際の疑問解消のヒントとなることを目的として、ガイドブックを作成しています。
記者の目

新村校長の一言ひとことは、とても刺激的で、同時に説得力に満ちていた。新村校長が何度も引き合いに出したのが、20年前の失敗だ。PCやインターネットが学校に入ってきて大いに期待されたものの、ICTが得意な一握りの教師の活用にとどまり、結局普及しなかった。同じ失敗を、また繰り返してはならない。そのために大事になのは、ICTの機能や性能ではなく、やはり教師の授業計画や指導力。そう実感できる取材だった。

取材・文:長井 寛/写真:言美 歩

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