2014.04.22
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「英語嫌いにさせない」授業づくり(vol.1) ICTも駆使し、全員が「わかる」「楽しい」実践を目指して ― 世田谷区立東玉川小学校 ― 前編

小学校英語が必修化されて3年。国はすでに教科化をはじめ、グローバル化に対応した新たな英語教育への準備を開始している。だが一方、いまだ小学校英語の指導法を模索する現場も少なくない。今回取材した世田谷区立東玉川小学校の佐藤幸子主幹教諭は、試行錯誤を重ねた末、「英語を嫌いにさせない」英語教育にたどりついた。ICTも駆使しながら、「皆がわかる」、そして「全員が楽しい」と思える授業、その模様をリポートする。

授業を拝見!

アナログとデジタルを駆使した、楽しく中身の濃い45分

学年・教科:5年2組(児童32人) 外国語活動(英語)
単元:「What would you like?」 友達にインタビューしよう。
ねらい:果物の言い方等に慣れ親しむ。『Hi, friends!』の問題を全員が解ける。
指導者:佐藤幸子 主幹教諭
使用教材・教具:果物や曜日などの英単語カード(紙)、デジタル教科書、CD、タブレットPC、独自開発のデジタル教材

復習は、“ワザあり”の紙の英単語カードで

大型テレビに電子黒板、デジタル教科書、そして約90台配備されたタブレットPC等、ICT環境が十二分に揃った世田谷区立東玉川小学校。だが、授業中ずっとICTを使ったりはしない。紙やワークシートといった昔ながらのアナログも健在で、うまく併用している。

5年2組の外国語活動も、紙の英単語カードを使った練習からスタートした。
「今日の目的は、『果物等の言い方に慣れよう』です」
佐藤幸子主幹教諭はそう告げ板書した。まずは、バナナやオレンジ等、果物のイラストと英単語が描かれたカードで、前時までの復習を行う。教諭がカードを掲げると、児童たちは
「Let me try!(私を当てて!)」
と口々に叫びながら競って挙手し、きれいな発音で「banana!」「peach」と答えていく。
最初、佐藤主幹教諭は紙のカードを児童にしっかり見せてから答えさせていたが、突然、3枚目あたりからカードをチラリと一瞬しか見せなくなった。これで、児童の態度が一変。一瞬たりとも見逃すまいと身を乗り出し、競うように手を挙げ始めた。6時間目ということもあり疲れも見えた児童の表情が、輝きを取り戻したのがわかった。

続いて、CDで『バナナじゃなくてbananaチャンツ』を流し、皆で声を合わせて歌う。躍動感ある歌声が響き渡る。リズムに合わせて、教諭が黒板に貼った先ほどの果物カードを指し示すと、児童たちはテンポよく
「melon!」
「apple!」
と、よどみなく答えていく。全部で10種類ほどの果物の名前を、児童たちは完璧に覚えているようだ。

果物名の次は、英語フレーズの復習だ。前時に習った「What do you want?」「~please.」を覚えているか、佐藤主幹教諭は英語と日本語を交えて、丁寧に問いかけていった。
教諭「What do you want? と言われたら、どう答える?」
児童「An apple please!」
教諭「Very good! じゃあ相手に渡すときは?」
児童「OK, here you are.」

この一連の表現は、本時のメイン活動で頻繁に使うため、全員しっかり覚えているか、佐藤主幹教諭は児童たちの表情を観察しながら発問していた。教諭の英語も、とてもきれいな発音で滑らかだ。
「もともと英語が苦手だったので、小学校英語指導者資格を取得し、懸命に勉強しました」
とのことだ。

反復練習とまとめは、タブレットPCで

授業が始まって20分あまりが過ぎ、タブレットPCの出番が来た。佐藤主幹教諭が、
「では、タブレットで練習をします」
と告げると、児童たちは「やったー!」と歓声を上げながら、グループに1台ずつのタブレットPCをウキウキした足取りで教室前方に取りにいった。

この日使用したのは、同校の荒川信行教諭がこの単元のために準備したデジタル教材。画面の両端に並んだイチゴやレモン、バナナ等の果物イラストを、指でタッチ&ドラッグしたり拡大・縮小表示したりできるもの。今日はこれを使い、グループ内で順番に練習していく。その手順はこうだ。

1. まず児童Aが「What do you want?」と児童Bに聞く。
2. 児童Bは好きな果物を選び、「Strawberry, please.」等と回答。
3. 児童AはタブレットPCの画面にタッチし、児童Bがリクエストした果物を画面中央へ移動させ、指で広げて拡大表示。そして児童Bに「OK, here you are」と言いながら、タブレットPCを渡す。
4. 児童Bは「Thank you!」と受け取り、今度は児童Cに「What do you want?」と聞く。

児童たちの目はキラキラと輝き、やり方を教え合い、時には英単語を学び合いながら、楽しそうにタブレットPCを使っていた。中には、タブレットPCの操作ばかりに夢中になっている子もいたが。

タブレットPCで何度も練習した後、『Hi, friends!』に載っている課題「さくらとたくのフルーツパフェはどれか考えよう」というリスニング問題に取り組んだ。英語の会話音声を聞き取り、登場人物が注文したパフェはどれかを当てる問題で、いくつも出てくる果物の英単語を聞き取れるかどうかがポイント。かなり難易度は高いのだが、皆しっかり聞き取れていることに驚いた。

そして、ここでもタブレットPCを活用。聞き取った英語音声の果物を、PC上のイラストから選び、タッチして画面中央に集めていく。すべて聞き終えると、タブレットPCの画面を見ながら自分のノートにまとめていた。問題の答えをまとめるツールとして、タブレットPCを活用していたのだ。
最後に、皆で答え合わせをして授業は終了。中身の濃い充実した45分だった。

実践者に聞く

「英語嫌いな子にさせない」授業、その工夫と技術

「わからない」は「つまらない」に直結する

世田谷区立東玉川小学校
佐藤幸子 主幹教諭

佐藤主幹教諭の授業には、いくつもの特長があった。テンポが良い。密度が濃い。活気があふれている。学びがしっかり定着している。そして何よりも、児童が英語を楽しんでいるのを肌で感じた。

「外国語活動を始めた当初は、『皆、英語を好きになってほしい』と考えていました。でも、皆を好きにさせるのはとても難しいと、壁にぶつかったのです」
と、佐藤主幹教諭。当初、授業はすべて英語で進行していた。しかし、児童は教師の指示が理解できず、ざわつき、集中力をなくし、
「これでは英語を好きになるどころか、嫌いになってしまう」
と焦りを感じたそうだ。そこで、たどりついたのが「つまらない」と感じさせない授業、「英語嫌いにさせない」授業だった。

まずは英語だけでの授業進行を止め、日本語と英語の併用や、細かい指示は日本語で行うようにした。すると、
「『先生が日本語を使ってくれるので、授業がわかるようになった』と喜ぶ子どもが出てきた」
という。
「『わからない』は、『つまらない』、そして『嫌い』に直結するのです」
佐藤主幹教諭は、全員が授業のねらいを達成し、「私もできた!」と喜べることを目指し、授業を組み立てることにした。例えば、今日の授業なら、最後のリスニング問題を全員が解けることをゴールに設定し、授業計画を考えるということだ。

「皆がわかる」ための授業計画と工夫

皆がわかる」ための工夫とは? 具体的に今日の授業では、まず、
「『果物の言い方』と『フレーズの言い方』の練習量を増やしました」
しかも佐藤主幹教諭の場合、同じ方法で繰り返すのではなく、紙のカード、CDのチャンツ、そしてタブレットPCと、手を変え品を変え、飽きさせず楽しく練習し、定着を促した。

次に、
「授業をテンポ良く進めるようにしています」
先程、佐藤教諭の授業は「密度が濃い」と書いたが、児童が無駄に待っている時間が全くないのだ。テンポ良く次の活動に移り、教師の指示待ちや板書待ちをしている時間がない。当然、児童の集中は途切れないので、学びの効率も上がり、定着しやすくなる。

さらに、児童の学習意欲を高める工夫も目についた。その典型が、タブレットPCの活用だ。「タブレットPCを使って練習します」と佐藤主幹教諭が告げた瞬間、児童の熱気が一気に高まった。そして、皆、嬉しそうに練習に取り組んでいた。

このような工夫を凝らした結果、児童全員がリスニング問題を解き、「やった!」と喜ぶことができた。
「『わかる』は『楽しい』、そして『好き』につながるのです。英語嫌いな子にさせない、英語を楽しいと思ってほしい。そのためには、子どもたち全員がわかる授業を組み立てることだと思いました」
この佐藤主幹教諭の思いは、児童たちに良い変化を確実にもたらしているようだ。

外国語活動では、毎時間、「振り返りカード」を書かせている。これは自己評価と感想を書きためていくカードで、自分の成長を実感させるのがねらいだ。
「授業の達成度を4段階で自己評価するのですが、最初の頃は自己評価が低かった子が、授業が進むにつれ向上し、最高評価になったケースも。家庭で『英語で曜日が言えるようになったよ! 聞いて!』と自慢する子もいるようです」
この日の授業の「振り返りカード」にも、「フルーツの名前を楽しく覚えられた」、「タブレットPCが面白かった」等々、一人ひとり異なる感想がつづられていた。
「算数や国語が苦手な子も、英語を楽しみ、積極的に手を挙げてくれるのが嬉しい。外国語活動でついた自信や積極的な学習態度が、他の教科にも良い影響を及ぼし、1年間でずいぶん成長した子もいるのですよ」
と、にこやかに佐藤主幹教諭は語ってくれた。

アナログとデジタルを併用する

これまで見てきたように、「皆がわかる」授業づくりにICTは貢献している。ただし、授業中ずっとICTを使うのではなく、紙のカード等のアナログと、デジタル教科書やタブレットPC等のデジタルを、場面によって上手に選んで使っている。
「子どもにとって、どちらがわかりやすいかを考えて選んでいます」
と、佐藤主幹教諭。新村出校長も、
「これからの英語教育にICTは不可欠です」
と話す。
「近い将来、外国語活動は教科になります。しかし、英語が苦手な教師はたくさんいますし、そもそも小学校の教師は英語を教えた経験がない。だから、デジタル教科書や今日のようなデジタル教材といったICTをうまく活用しないと、授業にならないでしょう」
と言いながらも新村校長は、
「でも、今日の授業はタブレットPCより紙のカードでやった方がよかったね」
と、佐藤主幹教諭と意見が合った。
「紙のカードでグループ活動させた方が、発話の練習量は増えただろう」(新村校長)
「確かに、子どもたちがタブレットPCの操作に時間を取られ、発話の時間が削られるのが課題。この前の単元では、タブレットPCを使わず紙のカードでペアワークさせたところ、発話の時間もたくさん取れたし、子どもたちも盛り上がりました」(佐藤教諭)

(写真右)新村出 校長

何でもかんでもICTを使えばいいのではない。教師の生きた指導技術が重要なのだと、新村校長は説く。そんな新村校長が、今日の授業で
「あのシーンは良かった! あれこそ教師の指導技術!」
と絶賛した場面がある。授業の導入部で、紙の果物カードを見せて英単語を答えさせる場面だ。最初はカードをしっかり掲げて見せていた佐藤主幹教諭だったが、
「全員答えられていたので、これでは簡単すぎると思い、とっさに見せ方を変更しました」
と、一瞬だけカードを見せるようにした。難易度を上げたことで、児童の意欲に火をつけたのだ。
「教室の生の空気に合わせて、臨機応変に授業を改善していく。ほんのちょっとしたことだけど、ICTという道具にはできない、教師だからこそできる指導です」(新村校長)

では、ICTをどのように使えばいいのか、後編では新村校長へのインタビューを中心にお送りする。

~世田谷区立東玉川小学校はUTプロジェクトの実証校です~

UTプロジェクトでは、世田谷区立東玉川小学校での実証研究を元に、児童生徒に1人1台の情報端末環境を導入しようと検討している教育委員会や学校の先生方に授業のイメージを持ってもらうとともに、導入や運用の際の疑問解消のヒントとなることを目的として、ガイドブックを作成しています。
記者の目

「私自身、英語が得意なわけではないのです」と語る佐藤主幹教諭。自分が得意でないからこそ、子どもたちには英語を楽しんでほしい、嫌いにならないでほしいという強い思いがあるようだ。そして、その思いは確実に子どもたちに届いている。佐藤主幹教諭は「全員を英語好きにするのは難しいから」と謙遜するが、子どもたちの様子や感想を見た限り、5年2組の子どもたちは皆、「英語が好き」になってきている。それもこれも、「皆がわかる」を目標に据え、ぶれない授業計画を立て、生きた指導をしているからだろう。

取材・文:長井 寛/写真:言美 歩

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