2022.03.09
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思考力を発揮し、学びを深める授業デザイン(前編) 関西大学初等部研究発表会(オンライン開催)

「学の実化(がくのじつげ)」を教育理念とする関西大学。学理と実際の調和を図る「学んだことを実際の生活や生き方に活かす」ことを目指す同大学の教育理念は、2010年に開校した初等部にも深く根付いている。

関西大学初等部の特色として、「考える力」を養う教育の実践:「ミューズ(学芸の女神:MUSEに由来)学習」がある。また、ICT活用にも力を入れており、革新的な教育機関として2018年度よりApple Distinguished School(日本国内の小学校では2校のみ)の認定を受けている。

2022年2月5日にオンラインで開催された研究発表会を取材した。前編では、全体会と英語(ICT)の公開授業をリポートする。

【ミューズ学習】
考える力の養成に特化した関西大学初等部独自の授業。「考えることを、考える力」を1年次から段階的に学ぶ。「ベン図」や「Xチャート」などのツールを繰り返し活用しながら「比較する・分類する・多面的にみる・関連づける・構造化する・評価する」という6つの思考スキルを自由に使いこなせるようにする。

【ICT環境】
開校当初から、電子黒板やコンピュータを教室に備えて授業で活用するほか、1・2年生のフロアにはiPadを40台、その他のフロアにはノートパソコンを各40台設置するなど、高度なICT教育環境を構築している。

全体会

「思考力を発揮し、学びを深める授業デザイン」
〜学びを深めるために必要な条件を探る〜

研究主任:尾﨑正彦

関西大学初等部 長戸 基 校長

公開授業に先立つ全体会は、関西大学初等部が取り組む研究主題に関する説明からスタート。まず、米国の発明家、レイ・カーツワイル氏が提唱する「2045年問題」を紹介。AI(人工知能)がこのまま進化を続けると、AIが人間並みの知能を獲得し、2045年に技術的特異点(シンギュラリティ)に到達する」というもので、2045年にはAIが人間を乗り越えていくことを意味している。すでに大手銀行では、AIを顧客データ管理に活用し、貸付可否の判断に使用している点など実際の取組について紹介し、複雑な判断力が必要な分野までAIが代替する現実を紹介。「人工知能の台頭が進むなか、単なる知識・理解の蓄積のみでは不十分である。」と問題提起した。

続いて、同校が開校以来取り組む「思考力育成」について紹介。「考えることを考える練習」としての『ミューズ学習』をベースに、教科の学習だけでなく日常生活にも活用することで、人工知能台頭時代における思考力の育成を目指しているそうだ。

さらに、米国のデザイン企業「ビートラックス(btrax)」代表のブランドン・ヒル氏の「どんなに優れたAIにも代替不可能な力がある」という言葉を引用。「クリエイティブ」「リーダーシップ」「起業家」の3つは、どのようなAIであっても代替が不可能な能力であると紹介。

小学校の教科教育を通して「クリエイティブ」の力を育むことができるとして、クリエイティブを「学びを深める姿:これまでに学んだ知識・理解や思考力を活用しながら、子どもが本気で追究したいと思う課題に向かって対象範囲を拡張して学びを一般化したり、新しい場面に応じた創造的な解決方法を見つけ出したりする思考し続ける姿」と定義している。

上記の実現のため、昨年度から以下2点を研究内容として設定している。

①学びを深めた場面を整理する
②学びを深める条件を探る

各教科での具体的な成果を紹介し、全大会は閉会した。

公開授業①:英語(ICT)

4年「Let’s “watch” our pronunciation!」

授業者:東口貴彰教諭、Simon Sylvan NS(Native English Speaker)講師、廣谷光希教諭

同校の3、4年生の英語学習では、次の4種のルーティンワークを設定し、毎授業のアクティビティ開始前に必ず取り組んでいるという。

①Greeting
②Singing
③Reading
④Conversation

まずは “Greeting”からスタート。日直2名による “Let’s enjoy English!” の掛け声で授業開始。

“What day is it today?”
“It’s Saturday.”

“What time is it now?”
“It’s about 9 o’clock.”

などの基本的な表現を含んだ会話を児童同士で展開した。

続く “Singing”では、Sara Bareilles “Brave”を、ディスプレイに表示された歌詞を見ながらクラス全員で歌唱(感染症対策のため、 “Singing”での歌唱は短時間・小さな声で行っている)。

“Reading”ではクラス全員で全体読みを行った後、1人読みを実施。その後、スクリプトなしで音声のみを聞こえた通りに発音をする “Shadowing”も行った。

この日は “Conversation”をいつもより拡大した形でメインアクティビティとして取り上げた。テーマは “What are you doing?”。まずはNS(ネイティブ・スピーカー講師)とT2によるデモンストレーションを聴き、既習事項や経験をもとに、知っている単語や英語表現から、会話の内容の大体をつかんだ。

ICT活用による音声の視覚化

続いて、授業者がスクリプトの中の “What are you doing?”という表現を提示し、iPadのボイスメモを使って自分の発音を録音するように指示を出す。その後、NSの先生の発音の波形を提示すると「サイモン先生の発音には山が2つしかない」「What ・ are ・ you ・doing のうち、この二つの山にはどの言葉が入るのかな。」と子どもたちは疑問を抱いた。

次第に、「リズムを変えているのかも?」「What are youを早く言って1つ目の山になって、doingが2つ目の山になっているんじゃない?」「 “What are you”が『ワラユ』に聞こえるから、2つの単語がくっついて1つの山になっているんだと思いました。」「Areがとても聞こえづらいとは、そもそも発音していないのかも?」と言った鋭い意見が出てくる。これらの意見から、英語には強勢・弱勢があることや、単語同士がくっついて、短く発音することなど、多くのことに気づくことができた。

このタイミングで、波形の山が2つになるように、もう一度ボイスメモで “What are you doing?” という文の発音を練習。NSが発した英語の波形を目指し、何度も繰り返し録音する姿が見られた。さらにその後、音楽制作アプリ”GarageBand”のリズムパートを使って、みんなで “What are you doing?”の練習をする。そうすることで、表現や発音などを定着させていた。

“What are you doing?”の発音を波形で表すと、山が2つになるということをこれまでの流れから理解し、技能的にも定着した段階で、今度はスクリプトの後半に出てくる、もう一つの “What are you doing?”のNSの波形のみを提示する。すると子どもたちは「山が2つではなくて、3つになっている!?」「真ん中の山にはどの言葉が入るの?」「どうしてリズムが変わるの。」のように、口々に気づきを発表し、そこから自然とディスカッションが始まった。

するとある子どもが「これは、聞き返しているからじゃない?」と、スクリプトを見て意見をする。今度は別の子が「『君は?』と聞き返すので、 “you”が強くなっているんじゃない?だから、山が3つになっているんだと思う。」と補足する場面が見られ「ああ、なるほど!」と言った声が上がっていた。

最後に授業者が「英語には強勢と弱勢がある」「単語同士の発音がくっつく」という基本的な事柄に加えて「相手に聞き返すなどの『状況』によっても発音が変わる」ということに、自分たちで気づくことができていたよね、とまとめ、本日の授業で得られた気づきを再確認した上で、最後に友だちと今日の学びの成果をもとに会話練習をする時間を設けていた。

協議会

授業後の討議会では、授業者の東口教諭から、普段の授業の録画映像なども交えながら、授業説明を実施した。

「本校では、『ノートをとる』などの既存の学習方法をICTに置き換えてしまう必要は無いと考えています。むしろ、ICTを活用することで、授業の幅が広がったり、子どもたちのアウトプットの手段が広がったりするという意味合いで活用しています」と東口教諭。

今回の授業では、学びを深める姿(目標)を「自分の発する英語とNSが発する英語を積極的に比較し、アクセントの違いに気づいたり、自分の英語を主体的に何度も捉え直そうとする姿」に設定した。

「その実現のための手段として『ICT活用による音声の視覚化』ということで、音声を波形で表してあげることによって、気づきが得られやすくなるのではと考えました」と東口教諭。

授業の中では、波形をもとに「強く読む箇所が2つあった。」 “What are you”が『ワラユ』に聞こえるなどの気づきに加え、聞き返す際には “you”が強くなることもあると言ったさまざまな気づきが得られた場面があった。

東口教諭「『英語には強勢と弱勢がある』『単語同士の発音がくっつく』という基本的なことに加えて、スクリプトに立ち返って会話の場面を考えることで、『内容や状況によっても発音が変わる』という一歩進んだところまで内容が深められたのではないかと思います。」

箱崎雄子准教授(大阪教育大学)からの講評

「Readingでは、Amazing Animal Sensesという教材が使われていました。このような高度な英文を4年生の児童がスラスラと音読している姿にまず驚きました。」と評価。

「ICT を活用することを目的化するのではなく、児童が英語の音声的特徴に気づくための仕掛けとして、また、その特徴に気づくことでコミュニケーションを豊かにする手段として使われていました。そして、学びを深める姿を引き出すための手立てとして効果的に活用されている授業なのではないでしょうか。」と、ICT活用の方向性についても評価した。

課題点としては「スクリプトをスクロールして見せる場面がありましたが、どこを読んでいるのか追えていない児童がいる可能性があるのではないかと思いました。欲を言えば、読む場面、歌う部分に順次、アンダーラインが追加されたり、カラオケの歌詞表示のように色が変わったりする機能が追加されると、読むのが苦手な児童にとっても大きな助けとなるのではないでしょうか。」と講評があった。

後編では、ミューズ学習の公開授業とワークショップをリポートする。

取材・文:学びの場.com編集部 写真提供:関西大学初等部

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