2022.02.09
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学びに向かう力、人間性を育む算数教育(後編) ―北区立王子第五小学校 算数科・研究発表会リポートー

北区立王子第五小学校で行われた「学びに向かう力、人間性を育む算数教育」を研究テーマとした研究発表会。前半では、市野佑弥教諭による4学年「どのように変わるか調べよう」の授業を紹介した。
後編では、授業後に行われた協議会と研究発表をリポートする。協議会では、外部講師として招かれた台東区立浅草小学校 校長の大石京子教諭と、立教大学文学部教育学科 特任教授の黒澤俊二教諭が、市野教諭の授業を評価した。研究発表では、市野教諭を含む北区立王子第五小学校の教員たちが、研究指定校としての2年間どのような研究を行ってきたのかを発表した。

協議会で授業を振り返る

協議会は授業者への質疑応答からスタート。授業を見学していた他校の先生から寄せられた質問に対し、市野教諭は以下のように回答した。

質問「算数が苦手な子でも式について説明できるようにするため、日頃している工夫はありますか?」

回答「 協働学習の中で友だちの考えに寄り添ったり、説明したりする機会をつくるのがとても大事だと思っています。友だちの考えを説明する過程で、子どもたちは数学的な見方・考え方を働かせていくからです。また、わからない子の気持ちに寄り添ったり、できる子の式に寄り添ったりする時にも、数学的な見方・考え方が働いていると思います」

大石教諭は、市野教諭の授業について「皆で一緒に学んでつくりあげていく喜びを、日々積み重ねている姿が今日の授業にあらわれていた」と評価した。

「『どのように変わるか調べよう』の単元では、伴って変わる2つの数量の依存関係に気付き、その関係の決まりを見出すのがねらいです。2つの数量の変わり方を調べる方法として表、図、式がありますが、これらはどれを使ってもいいというわけではありません。

まず、変わり方がどうなのかを調べるには表が有効だし、どう変わるのかを論理立てて説明する根拠として図が有効です。そして、表で調べ、図に書いてどのように変わるかを説明した後で、一般化するために式をつくっていきます。

市野先生の授業では、子どもたちが変数と変わらないものをしっかり見極めた上で、数がいくつであっても成り立つ式を考えることができていたと思います。それは、本時に至るまで、ただ式や図に表すのが目的ではなく、一般化することの意味を捉えながら進んできた成果だと思います。また、友だち同士で学び合いながら、深め合い、式にすることのよさに到達することに主眼を置いていることが伝わってきました」

黒澤教授は、文部科学省による数学的な考え方の定義である「事象を数量や図形及びそれらの関係などに着目して捉え、論理的、統合的・発展的に考えること」の観点から、以下の点を指摘した。

「今回の授業では、数学的な考え方として『論理的、統合的・発展的に考えること』に重点を置いていたはずです。ならば、論理と統合、発展の部分をもう少し色濃く出してほしかったです。市野教諭の指導案を見ると、数学的な考え方の中に関数の考えが書いてあります。これは数学の考えであって、『数学的な考え方』とは区別すべきだというのが私の考えです」

2年間の研究成果を発表

児童たちの学びに向かう姿勢が大きく変容

北区立王子第五小学校はわずか7学級、児童数209名の小さな学校です。しかし、互いを敬い、知恵を磨き合う児童の育成を目指し、学びに向かう力、人間性に着目した、大変むずかしい算数教育の実現に向けて、児童と教職員が一丸となり、今日まで挑戦を続けてきました。

まず、この2年間の挑戦を通して、王子第五小学校の子どもたちは大きな変容を遂げてきました。

【大きな変容その1:児童同士で学び合おうとする姿が見られるように】
以前は教師の発問に対し、ひとりの児童が応えるという一問一答型のスタイルでした。しかし、友だちの考えを受け入れながら、つまずきや誤りに寄り添い、児童同士で考えをつなぎ、自分たちの力で考えを広げ、深めていく学習へと変化していきました。

【大きな変容その2:一単位時間のノートの記述】
以前は黒板に書かれていることだけをノートに書き写すという児童が大半を占めていました。しかしいまでは、自己調整を図りながら、自分の考えの変容に加え、友だちの考えのよさや、それに対する気付きをノートにまとめることができるようになりました。

【大きな変容その3:児童の学力の状況】
北区基礎・基本の定着度調査の結果では、大半の学年での成長率が、2年前の調査よりも大きく上回る結果となりました。

また、今年度の全国学力・学習状況調査の結果 思考・判断・表現の観点では、2年前の数値と比較すると、11.4ポイント上昇。記述の問題に関する正答率では、16.7ポイント上昇しました。

2年間の研究を通し、児童の意識にも大きな変容が見られました。算数の授業の中で、多様な方法で回答の仕方を考えようとしている割合が29ポイントも上昇しました。また、友だちの考えを使って、自分の考えを広げた、深めたりしようとしている児童は、全体の90%を占めています。

また、一度解いた問題でも、よりよい解決の方法はないかと考え直そうとする児童の割合も10%上昇。さらに、1時間の学習において、問題が解けたきっかけや手がかりについて考えようとしている児童の割合は、全体の80%を占めるようになりました。

「王五小自律的探究モデル」を開発

では、なぜこの2年間で児童の姿にこのような変容が見られるようになったのか。本校でどのように研究を進めてきたのかを発表します。

本校では、国立教育政策研究所から示された各教科における評価の基本構造をもとに、学びに向かう力から、人間性、資質、能力の育成に向けて、「感性、思いやり」と、「主体的に学習に取り組む態度」の2点に着目し、それぞれを研究の視点としてきました。

そして、本校の研究の視点を算数科における「主体的に学習に取り組む態度を育み、適切に評価をする視点(視点1)」と、「全教育活動を通した思いやり、感性を育む視点(視点2)」の2点から、研究主題に迫ることにしました。

まず、視点1の具現化のために、自立、協働、創造、学習における自己調整の四面体として捉えた「王五小自律的探究モデル」を開発し、目指す児童像の姿が明確になるようにしました。

授業では、自立、協働、創造の3つの場面で探究していく子どもの姿が現れる活動を設定。また、この3つの場面について、自らの学びを俯瞰しながら振り返るため、学習における自己調整を行う活動を設定しました。

算数ひらめきノートの活用で、学習における自己調整が働くように

「王五小自律的探究モデル」の実現においては、当モデルの根幹を支えたツールである「算数ひらめきノート」を通して説明します。

ひらめきノートは、自律的探究モデルを実現させるために、児童に「1.つかむ」「2.自ら考える」「3.学び合う」「4.振り返る」「5.『4.振り返る』の学習過程」を捉えさせ授業に取り組むことで、学習における自己調整を働かせることを目的としています。

ひらめきノートでは、ノート右側5行分に「ひらめきメモ」を記入する欄を設けています。ひらめきメモとは、自分の考えや気付き、友だちの考えとの違い、友だちの考えがきっかけで起きた変容などを書いてもらう欄です。

児童はひらめきノートに学びの手ごたえを書くことにで、なにがきっかけでできるようになったか、新たな考えを見いだせたのはなぜかといったことに、気づけるようになっていきました。また、自らの学びを自己調整しながら捉え直すことで、自分自身の成長を評価できるようなったことも、研究の大きな成果のひとつとして捉えています。

記者の目

ひと昔前の算数教育といえば、いかにして効率的に、たったひとつの答えにたどり着くかが求められていた。しかし、インターネットで何でも検索できるいまの時代、「答え」そのものを求める力以上に、自ら問いを見出し、考え、解決する力が求められている。そして、問題解決のためには、他人との協働、連携が欠かせない。学びに向かう力、人間性の育成を目指す王子第五小学校の算数教育は、まさに現代に必要な力を育むための教育といえるだろう。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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