2012.10.02
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"幸せの国"ブータンの教育事情[後編](vol.2)

第41回目は先月に引き続き、今年4月日本ユニセフ協会大使として視察したブータンの教育事情をお伝えします。後編では、ここ数年で多くの人々が物質的豊かさに目覚めた都市部、そこで暮らす若者像や教育課題を取り上げます。

月収分に相当する携帯電話を欲しがる若者

ブータンは人口が約70万人ですが、そのうちおよそ10万人が首都ティンプーに暮らしています。ここに住むのは比較的余裕のある富裕層。学校は地方よりも建物・設備が立派で、通っている児童・生徒も地方に比べ経済的に恵まれている子が多くいました。都市部の学校でも、もちろんGNH教育は行われており、自分以外の人たちが幸せにならないと自分も幸せになれないということを、前回紹介した地方の学校と同様に教えています。

渋滞する首都ティンプーの道路

一方、都市部では若者の薬物乱用や暴力、盗難などの問題がちらほら出始めています。その原因の一つが、情報の自由化です。ブータンは1999年にテレビとインターネットが解禁され、海外の情報を自由に入手できるようになりました。やっと最近電気が通るようになった地方とは違い、都市部ではそれらメディアから海外の情報が一挙に流れ込んできて、その結果、情報をうのみにした若者が物欲に走るという現象も表れてきているようです。日本の子どもたちにメディアリテラシーが必要とされるように、ブータンの都市部ではメディアからの影響力をいかに調整するか、重要な課題となっています。

実際、私が視察した若者の中にも、「カッコイイから」と携帯電話を買おうとしている青年がいました。値段を聞くと、ブータン人の平均的な月収に相当するくらい、かなり高額。それでも買ってしまうのです。大人も、クルマが欲しい、家が欲しいと言って、携帯電話以上に高額な商品を気軽にローンを組んで購入しています。この危険な消費行動は現在、ブータンの大きな社会問題になっています。

他の国を知った上でもGNHを

このような金銭感覚の欠落は、もしかしたら“物より心”を重視してきたGNH教育のひずみではないかと私は考えます。地方ではお金を見たこともない子どもが多く、まだこうした問題は出てきていないようですが、都市部では情報教育と共に、適切な金銭教育も必要になっているように思います。

ブータンは1970年代から国民総幸福(GNH)を国の目標に掲げ、幸せ発展を目指してきました。その実現のため、GNH委員会という組織が全ての省庁のトップに位置し、そこが各省庁から上がってくる法案について、国民の幸福を実現するものであるかどうかを諮り採用不採用を決めています。GNH委員会の委員長は、私に「海外のことを知らなければ、比較対象もなく満足できるかもしれない。しかし、テレビやネットが解禁になり、外の世界のことがわかるようになっても、国民に『自分たちの生き方でいいんだ』、『この国にいられて幸せなんだ』、という気持ちを強く持って欲しい」と語っていました。

地方ではまだ電気が通って日が浅いという村も少なくありません。そこでは徐々に生活が近代化されていく喜びを人々が感じていました。それに比べ、都市部では道路が整備されているのは当たり前、自動車の所有率は急増し、若者を含め人々は物質的により豊かな暮らしを求めて行動するようになり、貧富の格差もかなり表れてきたように見受けられます。確かに、GNHが目指すものは素晴らしいと思います。しかし今後、ブータンが近代化と経済発展を遂げ、全て満たされた時も、人々はGNHを追求できるかどうか? そこがポイントになってくるでしょう。経済的には一応満たされたと言える日本が、これからどのような道を進むかを考える際、同国の行く末は参考になるのではないでしょうか。

オープンな国民性に学ぶ

校庭でテストを行う都市部の小学校

ブータンの教育現場から日本が学べることは何かと言えば、地方でも都市部でも共通のブータン国民のオープンな人柄です。彼らは少しでもわからないことがあれば、よく質問してきました。教師たちも、教育面でよくない部分があれば素直に認めます。皆、自分たちが今何に取り組んでいるのか、何を目指しているのかをはっきりと言えるのです。もともとの国民性もあるかもしれませんが、他者と自分を比べないGNH教育の一つの成果だと感じました。

また、彼らは自分自身の生き方、つまり普段の言動に自信があるのではないでしょうか。自信がなければ人は保身に走りますが、多くのブータン人は失敗をすれば素直に謝ります。子どもたちも、そうした大人の背中を見ながら育っているようです。

このようなブータン人の学校現場でいじめがあるかどうかは確認できていませんが、ある学校で「いじめをしたら、その人には皆の前で歌を歌ってもらいましょう」という張り紙を見ました。この対応は、いじめた子どもの人間性を否定するのではなく、やった行為を「恥ずかしいことだよ。やめようね」と、子どもたちに理解させる有効な方法でしょう。行為は否定しても、人格は否定しないという教育の基本ができている国だと思いました。

ユニセフ協会大使として、これまで様々な国を訪れていますが、人々の暮らしをよくするためには、教育が非常に大きな役割を果たしていると感じます。ただ、教育が充実した先進国では、暮らしが豊かになると同時に環境問題が深刻化したり、市場主義経済の中で物欲に縛られたりといった問題が生じやすいものです。ブータンのGNHの理念は、国の経済的発展はもちろんですが、それよりも国民の幸福発展を重視している部分が特徴的です。今後、国が発展しても、先進国のような問題を払しょくできるのか、注目していきたいと思います。

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アグネス・チャン

アグネス・チャン

1955年イギリス領香港生まれ。72年来日、「ひなげしの花」で歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、78年カナダ・トロント大学(社会児童心理学科)を卒業。92年米国・スタンフォード大学教育学部博士課程修了、教育学博士号(Ph.D.)取得。目白大学客員教授を務め、子育て、教育に関する講演も多数。「教育の基本は家庭にある」という信念のもと、教育改革、親子の意識改革について積極的に言及している。エッセイスト、98年より日本ユニセフ協会大使、2016年よりユニセフ・アジア親善大使としても活躍。『みんな地球に生きるひと』(岩波ジュニア新書)、『アグネスのはじめての子育て』(佼成出版社)など著書多数。2009年4月1日、すべての人に開かれたインターネット動画番組「アグネス大学」開校。2015.6.3シングル『プロポーズ』release!!(Youtubeで公開中)

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構成:菅原然子/イラスト:あべゆきえ

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