2006.01.17
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大学進学率20%の理由 スイスの職業訓練学校

今回はスイス在住のロノエさんからの話題です。スイスでは企業と職業学校が連携して行う職業訓練制度があり、15歳の義務教育修了時点で進学を希望する子どものうち、約7割がこのシステムを選択します。さて、実際に職業訓練とはどのようなものなのか? また、10代半ばにして社会に出る職業訓練生はどのような思いを抱いているのか、リポートします。

週に3日は薬局で職場訓練。職業訓練生として普通の社会人並みに働くのは当たり前のこと。

週に3日は薬局で職場訓練。職業訓練生として普通の社会人並みに働くのは当たり前のこと。

日本の大学進学率が50%に達しようとするこの時、スイスの大学進学率は約20%であった(2003年PISA調べ)。様々な分野で優秀な成績を収めるスイスが、なぜこんなに低い大学進学率を維持しているのだろう。そこには「名まえの学歴」にこだわらないスタイルと、すべての子どもに適した良い教育システムをと願う人々の協力が存在する。

「職業訓練」というシステムを知ったのは、スイスに移住してすぐのことだった。名前の響きからいって、戦前のようなすこし古めかしい感じがした。そして15歳で将来の職業を決めてしまうという、その年齢の低さがその思いに一層拍車をかけた。さて、一体この「職業訓練」はどういうものなのだろう。

スイスでは「レーレ」と呼ばれるこの職業訓練制度は企業と職業学校が連携して行うもの。1週間のうち3、4日(職種や学年によって異なる)は実地訓練、そして残りの1、2日は職業学校での理論習得というスタイルを3~4年続け、修了試験に合格したのち、その道のプロとしてキャリアをスタートさせるというコースだ。15歳の義務教育修了時点で約9割の子どもが進学を希望するが、その7割は何らかの職業訓練を選択して進学希望をする。そのためスイスには約300の職業訓練生を受け入れる職種が存在し、自営業から企業まで職業訓練生を受け入れる側の大きさは様々であるが、このようなシステムはヨーロッパではスイスの他にドイツなど限られた国にしかなく、実質的かつ質の高い教育方法としてスイス社会で認められている。

職業学校。週2日といえど友達と心和むとき。もちろん試験前は大変!

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それでは実際、職業訓練生はどのような思いを抱いているのだろう。10代半ばにして社会に出ることへのプレッシャーなどは無いのだろうか。そこで年間2、3人の職業訓練生を受け入れているという、アルプス山脈のふもとで開業する薬局を訪ねた。

薬剤師アシスタントとして務めるアレクサンドラは16歳。着ている白衣がまだ眩しい。15歳で中学校を卒業してから週3日、朝8時から夕方5時まで薬局勤務(職業訓練)、残りの2日は学校で理論習得という生活を送っている。薬局では他の正規アシスタントのもと、接客マナーから商品陳列、処方箋の扱い方まで実践的なことを学び、職業学校では物理、数学、生物、ドイツ語、フランス語など薬局で働くのに必要な科目を習得する。資格保持者ではないため基本的に無給だが「お小遣い」という名で給料がもらえる(勤務年数にもよるがおおよそ正社員の10%~30%)。

電話対応も勉強のひとつ。公用語を4つ持つ国スイスだけあってドイツ語圏でもフランス語、イタリア語、英語は必須!

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薬剤師アシスタントという職業訓練を始めることは将来に大きく関わる決断だった、とアレクサンドラは認識している。もちろん彼女ひとりですべてを決めたわけではない。両親との話し合いや兄弟からのアドバイス、そして何よりも学校での職業選択に関する授業が彼女の進路選択を助けた。各中学校では義務教育の最後の約3年間、13歳から15歳の生徒を対象に週1、2時間の職業選択に関する授業を設けている。そこでは教師による各職種の説明をはじめ、企業による講義、企業展示会参加などを主としている。そして15歳から職業訓練に就きたいという生徒は、希望職種1件に対し2、3日の企業訪問を行う。企業訪問数の制限が無いため、将来なりたい職業、自分にぴったりした職業を見つけるまで何件も企業を訪問することも珍しくない。あくまで子どもの意見を尊重し、最終的には子どもたち自身で自分の将来に責任のある決断が出来るよう、学校と地域そして企業が一体となって最大限援助し、また見守っているのだ。

「15歳で薬剤師アシスタントになるって決めたけど、今でもそう決断して良かったと思ってるわ。」
とアレクサンドラは言う。「15歳という年齢で少し決断の時期が早いとは感じなかった?」という問いにも「そんなことなかったわね。」ときっぱり。「そりゃあ学校で椅子に座っているよりは忙しいけれど、いろいろな人に出会えて刺激があるし、なにより社会のマナーを実践で学べるのはすごく魅力的よ。でもフランス語圏からのお客さんを接客する時に、フランス語を急に話さなきゃいけなかったりするからパニックになっちゃうけどね。」と少しいたずらっぽい視線を投げる。忙しさをも楽しめるというのは、10代だからこそ出来る技なのかもしれない。

接客マナーを学べるのも職業訓練の良いところ。時には経験のほうが大切。

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「選択する道」ではなく「選択できる道」を明確に子どもたちに伝えること。それは社会にとっても学校にとっても忍耐を用することだろう。しかし自分で選んだ道ゆえに、子どもたちは子どもたちなりの責任感と自立心を持ち、それが社会をよりよい方向へと導いていくのではないだろうか。アレクサンドラのきりりとしたその眼差しは、自分の決断によって人生を歩んでいるという充実感で輝いていた。
関連情報
記事協力:海外書き人クラブ
http://www.kaigaikakibito.com/

海外書き人クラブお世話係 柳沢有紀夫さん の本もご覧ください!
 『オーストラリアの小学校に子どもたちが飛び込んだ.

スイス在住:ロノエ

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