2005.08.16
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校内に警察官が駐在 「公立高校のセキュリティ対策」アメリカ・ロサンゼルスより

犯罪多発地帯のサウスロサンゼルスの高校には「ギャング」と呼ばれる不良少年が多く在籍。そのため校内には警察官が駐在し、外部からの犯罪はもとより、生徒同士の対立も取り締まっている。ちょっとしたケンカが大暴動に発展する危険があるからだ。取材の日も、昼休みに生徒たち百人程度がざわつき始め、先生と警察官に緊張が走って......。

モダンな高層ビルが立ち並ぶロサンゼルスダウンタウン。しかしその僅か数キロメートル南には「サウスロサンゼルス」と呼ばれる貧困地帯が広がっている。学校不足に悩むこの地区に、今年7月6日、新しい公立高校「(仮)サウスロサンゼルスエリア新高校No.1」がオープン。歴史の教師をしている私の夫は、この学校へ転勤することになった。
将来的には9~12年生を対象とする生徒数3,300人のマンモス校になる予定

将来的には9~12年生を対象とする生徒数3,300人のマンモス校になる予定

近代的な校舎に囲まれた中庭

近代的な校舎に囲まれた中庭

サウスロサンゼスは犯罪多発地帯としても有名だ。新高校No.1が含まれる約5km四方のエリアでは、今年に入ってから殺人24件、強盗・傷害が1,113件起きている。犯罪の多くは「ギャング」と呼ばれる不良少年集団によるもの。最近では黒人ギャングとヒスパニック系ギャングの抗争が激しく、周囲の人を巻き込んだ殺し合いが続いている。ギャングは高校を中退してしまうこともあるが、ギャング活動と高校生活を「両立」させている少年も多い。そのため、この新高校No.1にも対立するギャングのメンバーが多数通ってきている。

うちのダンナはこんな学校で働いて大丈夫なのだろうか。9年生(日本の中学3年生)から11年生までの約1,800人の生徒たちは安全に勉強できるのだろうか。私は実際に学校を訪問して、自分の目で確かめてみることにした。

これがこの学校で歴史の教師をしている私の夫

これがこの学校で歴史の教師をしている私の夫

学校の正面玄関。左側が事務室に入るドア 。

学校の正面玄関。左側が事務室に入るドア 。

「バリバリバリ!」 駐車場で車から出ると、頭上を低空旋回するロス市警ヘリコプターの爆音が耳に飛び込んできた。パトカーのサイレンも近い。近くで撃ち合いでもあったのか? 夫の携帯に電話すると「学校がロックダウン(閉鎖)されるかもしれない。すぐ校内に入れ!」とのこと。慌てて入り口に向かう。

周囲を高い柵で取り囲まれた新高校No.1の唯一の出入り口は大通りに面した巨大な鉄製ゲート。ここも登校時を過ぎるとロックされてしまう。時間外の外来者はゲート横のドアから事務室に入り、許可を受けた人だけが校内に入る仕組みだ。私も事務室に入り、迎えに来てくれた夫と一緒に事務員さんに来校目的を説明。やっとのことで許可証をもらうことができた。

キャンパス警察官のペレスさんとガルシアさん

キャンパス警察官のペレスさんとガルシアさん

まず向かった先は、中庭に面したロサンゼルス・スクールポリス(LASPD)のオフィス。ここには安全確保の要となるキャンパス警察官が駐在している。LASPDとは、警察官約340人が所属し、ロスの公立学校約千校を守っている警察組織。各高校には「キャンパス警察官」一人が派遣されているが、この学校には特別に二人が張りついている。

ガラスのドアを開けると、ヒスパニック系警察官のペレスさんが「こんにちは!」と朗らかに挨拶してくれた。いかついユニフォームに身を固めているが、明るい笑顔は"隣のお姉さん"といった雰囲気。私は一気にリラックスした気分になった。「この学校では今ちょうどいろんなグループがテリトリー争いをしているんですよ。午前中は静かですが、昼休みから後は本当に大変ですよ」とペレスさん。外部の犯罪者から学校を守るのはもちろんだが、キャンパス警察官の主な任務は生徒の監督。落書き、器物破損、危険物持込など、警察官が取り締まらなければならないことはたくさんあるが、一番気をつかうのは生徒同士のケンカだ。
教室や通路にあるドアはどれも鍵がついている。

教室や通路にあるドアはどれも鍵がついている。

その理由は、人種間、ギャング間の対立感情が渦巻く都心の学校ではちょっとしたケンカが大暴動に発展する危険があるから。事実、すぐ隣のジェファーソン高校では今年4月、食べ物を投げつけ合う他愛のないケンカが、一瞬のうちに黒人生徒とヒスパニック系生徒が乱闘する暴動に発展。市警察が出動して鎮圧したが、生徒25人が逮捕、3人が入院、数十人が停学または転校処分を受ける大事件になった。

だからケンカはすぐに止めなければならない。でも、どうやって?「何人がケンカしているかにもよりますが、まず言葉で制止します。それでダメなら物理的に止めます。次はペッパースプレー、バックアップ要請という手順です」見るとペレスさんの腰のベルトには無線機、警棒、ペッパースプレー、ピストル、銃弾ケースが並んでいる。ケンカした生徒はどうなるのだろうか?「逮捕します」とペレスさん。「手錠をかけ、送検します。罰金やコミュニティサービスなどの刑が下ることが多いですね。」コミュニティサービスとは高速道路脇の清掃などの強制労働だ。

周囲にはこのようなグラフィティが目立つ

周囲にはこのようなグラフィティが目立つ

それにしてもいきなり逮捕とはきびしい。私が驚いたのが分かったのだろうか。いつの間にか隣に立っていた男性警察官のガルシアさんが付け加えた。「まず大切なのは子供たちを知ることですね。常に声をかけ、どういう子がいるか把握します。捕まったらどうなるかも、ことあるごとに説明します。私たちはこいういうコミュニティ的な活動ができる点が恵まれていますね。それにユニフォームを着た私たちの存在自体が犯罪防止になっていると思いますよ。」

私とガルシアさんが話している間も、ペレスさんは厳しい目をあちこちに走らせている。フラフラしている生徒を見つけると「君たち! 教室が分からないの?」と声をかけ、教室移動中の生徒に「○○君、元気?」と挨拶することも。ニコニコしながら挨拶を返す生徒が多く、警察官と生徒の関係は決して悪くないようだ。

もちろん学校側も様々な安全対策を講じている。その一つが毎日行う持ち物検査。「手持ち式の金属探知機を使って、無作為に選んだ生徒数人の持ち物を検査します」と校長のブレンダ・モートン先生。ナイフはもちろん、野球のバットやドライバーなどの工具も持ち込み禁止。では外で事件が発生した時は?「そういう時はロックダウンです。全生徒を教室に入れ、教師が中から鍵をかけて待機します。つい先日もそこの角で撃ち合いがあって、ロックダウンしたばっかりなんですよ。」

「安全確保のため、管理職レベル以上のスタッフは全てレシーバーを携帯しています」と校長のブレンダ・モートン先生。

「安全確保のため、管理職レベル以上のスタッフは全てレシーバーを携帯しています」と校長のブレンダ・モートン先生。

ここまでお話をうかがった所で昼休みになった。ケンカなどが起こるのは主に昼休み。LASPDにとっては正念場だ。本部から応援の警察官二人が到着。合計4人が中庭のあちこちに仁王立ちになり周囲に目を配る。ベルが鳴り、ユニフォームの灰色のTシャツを着た生徒が、続々と中庭に降りてくる。教師は教室に鍵をかけ、建物の入り口もロック。生徒全員を警察の目が届く中庭に集めるためだ。教頭、校長などの管理職員も全員外に出て、警察と一緒に生徒の動きをつぶさに見守る。

私は2階のテラスで夫と並んで中庭を眺めていた。生徒たちはふざけ合ったり、ピザを分け合ったり。階下には和やかな昼休み光景が広がっている。ところが「たまにはこんな平和な日もあるんだよ」と夫が言った時のこと。眼下の生徒たち百人程度がザワザワッと同じ方向を向き、さざ波が寄るように一点に向かって動いていくのが見えた。慌ててテラス上を移動したが、人垣はすでに散っていて、何があったか分からない。近くにいた先生の話によると、誰かが食べ物を投げたのだそうだ。たったそれだけのことで、これほどの緊張が走るとは。「生徒には事件が起きるのを待ち受けているような所がある」と夫。確かにもしこれが喧嘩だったら一瞬で乱闘が広がる可能性もある。「何かが起きるには数分あれば十分だから」と言ったペレスさんの緊張した顔が思い起こされた。

テラスから中庭を見守るトム・ニコルス先生。

テラスから中庭を見守るトム・ニコルス先生。

その後、昼休みは無事終了したように見えた。しかし、私が階段を下りていくと女の子二人が後ろ手に手錠をかけらている。麻薬所持? 落書き? それともさっきの騒ぎは彼女たちのケンカが原因? 事情は分からなかったが、警察官二人は事情聴取に忙しい。しばらくすると私の存在など目に入らない様子で、警察官と学校スタッフ数人は手錠をかけられたままの二人を連れて歩き出した。私が「お忙しいようなので失礼します」と声をかけると、ペレスさんは爽やかな笑顔で振り返って、言った。「ま、これがロサンゼルスよね」

日本なら生徒への信頼に基づいた安全対策も可能なのかもしれないが、ここではそんな余裕はない。警察による処罰や、生徒全員を疑って持ち物を検査するのもやむを得ないのだろう。ちょっとさびしい気もするが、生徒や先生の命を守るためには仕方がない。生徒たちもそのことは良く分かっているのではないだろうか。学校の外では同年代の少年が殺し合いを続けるサウスロサンゼルスだが、LASPD所轄学校千校で2004年の殺人件数はゼロ。この数字が学校や警察の努力をよく物語っていると思う。

注)ロサンゼルス市学校区の方針で、生徒の写真を撮ることはできませんでした。

関連情報
記事協力:海外書き人クラブ  
http://gogo.chips.jp/kakibito/

海外書き人クラブお世話係 柳沢有紀夫さん の本もご覧ください!
 『オーストラリアの小学校に子どもたちが飛び込んだ.

アメリカ・ロサンゼルス在住 ユカリ・トラビス
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