2016.06.15
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「逆向き設計」論とパフォーマンス評価 No.4

岐阜県可児工業高等学校 電気システム科 教諭 河合 英光

「逆向き設計」論の3段階

 

 平成28年5月13日文部科学省は有識者会議の配布資料「教育課程の改善に向けた検討状況」で、次期学習指導要領の今後のスケジュールを公表した。小学校では平成32年度(2020年)から中学校では平成33年度(2021年)から全面実施されます。高校については平成34年度(2022年)入学生から年次進行で実施される予定である。4~6年で新しい学習指導要領に変わっていきます。この中の「学習指導要領改訂の方向性(案)」の中で3つの柱として「何ができるようになるか」「何を学ぶか」「どのように学ぶか」があります。
 そして、「どのように学ぶか」の中で「主体的・対話的で深い学び(「アクティブ・ラーニング」)の視点から学習過程の改善」が示され、さらに「生きて働く知識・技能の習得など、新しい時代に求められる資質・能力を育成」「知識の力を削減せず、質の高い理解を図るための学習過程の質的改善」と書かれています。皆さんはこれを読んでどのようにとらえますか?「学習過程の質的改善」とは、今までの知識詰め込み型の学習ではなく、思考力・判断力・表現力を育成するために、教育の質を変えていきなさいといっているように思われます。しかも、今までの知識量は削減せずにです。
 そのための一つの提案として「逆向き設計」論をベースに「パフォーマンス課題」を試してみてはいかがでしょうか?今までの授業時間を確保しつつ、思考・判断・表現の能力を育成するよい方法だと思います。 

「逆向き設計」論とは

 「カリキュラム設計にあたって、教育目標、評価方法、学習経験と指導を三位一体のものとして設計することを提案するものである。「逆向き」と呼ばれる所以は、単元末・学年末・卒業時といった、教育によって最終的にもたらされる成果(「結果」)から遡って教育を設計する点、また通常、指導が行われた後で考えられがちな評価方法を先に構想する点にある。
(「逆向き設計」の3段階の図参照)」(西岡加名恵『教科と総合学習のカリキュラム設計』図書文化、2016年、pp.21)

どういうことなのでしょうか?できれば西岡先生の本がいっぱい出ているのでそちらを読んだ方がよくわかると思いますが、私なりの解釈で説明します。
 あなたが今教えている科目において生徒たちが学年末にどのような知識や考え方、技術、技能、能力が身についたら一番良い評価を付けることができますか?ちょっと考えてみてください。あの計算ができなくちゃ。とか、これくらいの単語を覚えていてほしい。とか、なぜ、このような状況になったのか歴史的背景について説明できてほしい。などなど、いろいろ出てくるのではないかと思います。要するに生徒が成長した姿をイメージしてほしいのです。それをあなたの言葉で表現してください。私は工業高校の電気系の教師です。電気系の生徒が必ず学ぶ「電気基礎」という科目で考えてみると、『電気とはどのような特徴があるのか?』とか『電気に関する原理を理解し説明でき、回路の計算ができる』となるのではないかと思います。この問いに対する答えは1つではないですよね。このような問いのことを「本質的な問い」といいます。

 「本質的な問い」とは

「本質的な問い」の例
1 どのように話せばいいのか?
2 その国の特徴は、どのように捉えられるのか?
3 自然や社会の中にある、伴って変わる2つの数量の関係は、どのように捉えられるのか?
4 星は天球上をどのように動くのだろうか?
5 この音楽のイメージは、どのように捉えられるのか?

「本質的ではない問い」の例
1 アイ・コンタクトとは何か?
2 中国の人口は何人か?
3 品物の値段と消費税の関係は、比例か?
4 今日の日の出の時刻は何時か?
5 この曲の名前は?

上記を比較すると、おそらく多くの読者が、「本質的な問い」には次のような特徴があることに気づくだろう。
・単純な1つの答えがなく、一問一答で答えられない。論争的で、探求を触発するような問いであり、様々な深さで答えを導き出すことができる。
・様々な知識やスキルが総合されて、「永続的理解」に至ることができるような問いである。
・ある程度、抽象的であり、したがって様々な文脈で活用できる(転移する)ような問いである。
・単元を越えて繰り返し現れるような問いである。1つの単元でいったん答えが出ても、次の類似の単元で問い直され、理解が深められる。したがって、カリキュラムの系統性を指し示すような問いでもある。
・学問の中核に位置する問いであると同時に、生活との関連から「だから何なのか?」が見えてくるような問いでもある。
(西岡加名恵『教科と総合学習のカリキュラム設計』図書文化、2016年、pp.55-56より抜粋)

この「本質的な問い」は、科目だけではなく、科目全体を包括するようなものから単元ごとの「本質的な問い」があります。ここでの説明は、一番小さな単位である単元の「本質的な問い」に対して考えてみたいと思います。あなたが今教えている教科の単元をイメージしてください。(単元とは、学習内容のひとまとまりのこと。教科書その他の学習材における一章あるいは一節を指すことが多い。Wikipediaより)ここでも、考え方は同じです。単元が終了した時に生徒が身に付けていてほしい力をイメージします。
 先ほど例に挙げた『電気基礎』の単元に「直流回路」があります。この直流回路の中で「ア電気回路の電流・電圧・抵抗、イ消費電力と発生熱量、ウ電気抵抗、エ電気の各種作用」を学習させることになっています。これらを看破するような「本質的な問い」を考えてみます。(看破とは隠れた物事を見破ること。真実を見抜くこと。)

(1)「直流回路ではどのような現象が働いているのだろうか?」
(2)「直流回路にはどんな特徴があるのだろうか?」
(3)「直流回路とは、どのような現象を言うのだろうか?」

取り敢えず、3つ程考えてみました。これが正解だとは言いません。言い方はいろいろあると思います。皆さんも、自分の教えている単元で考えてみてください。「本質的な問い」を考えるには教師自身がその単元についてよく理解しておく必要があります。また、一度作ったから良いのではなく、何度も見直すことをお勧めします。 

「永続的理解」とは

 「本質的な問い」が設定できたら、その模範解答をイメージしながら「永続的理解」を明文化する。単元の教育目標については、「~がわかる」「~ができる」という形式で書かれることが少なくない。しかし、この記述の仕方では、「何がどのようにわかれば、わかったと言えるのか」、「何をどのようにすれば、できたと言えるのか」が不明瞭である。そこで、「~とは、……である」、「~するには、……するとよい」といった形で、理解の内容を具体的に文章化するのである。
 なお、「本質的な問い」に対応する「理解」は、素朴な理解から洗練された理解まで、様々なレベルが考えられる。例えば、「社会はどのような要因で変わっていくのか?」という問いに対して、素朴な理解であれば「英雄が活躍することによって社会は変わる」という内容かもしれない。しかし、より洗練された理解であれば、「社会は、様々な政治的・経済的・文化的要因が複雑に影響しあって変化する」ことを踏まえた内容になるだろう。そこで、「この学年の今、目の前にいる学習者には、この『本質的な問い』に対応して、この程度、理解してほしい」という内容を明確にする。「永続的理解」を明文化する作業は、目の前の学習者に知識やスキルをどのように活用してほしいのかについてのイメージを明確にするものともなる。
(西岡加名恵『教科と総合学習のカリキュラム設計』図書文化、2016年、pp.94-95より抜粋)

 この「永続的理解」を考えるのが、たぶん一番難しくて時間がかかる内容だと思います。文章表現としては上にも書いてありますがもう少し追加します。「~が有効である」、「~が必要である」という書き方が望ましいそうです。また、一文で書く必要はなく、箇条書きのようにいくつか書いてもよいと思います。だって、一文では表せないこともあると思いますから。
 そこで、『電気基礎』の例を考えてみます。

「電気回路を計算するには、オームの法則を利用するとよい。」
「電流は電子の流れである。」
「消費電力や発生熱量を理解するには、電流の三作用を理解するとよい」

などなど。
 ここで、整理してみます。ここが大事なポイントなのですが「永続的理解」で書いた内容を身につけることができたら「本質的な問い」が身についたことになります。ということは、その単元を習得したことになります。「永続的理解」とはその単元で生徒に身に付けてほしい内容ということになります。ただ、この「永続的理解」も一度書いたら決定ではありません。今、目の前にいる生徒たちの特長や性格なども考えて毎年変えていく必要があると思います。だって、同じ生徒はいないのですから。 

「パフォーマンス課題」とは

「様々な知識やスキルを総合して使いこなすことを求めるような複雑な課題を、パフォーマンス課題と言う。パフォーマンス課題は、もっとも複雑な種類の評価方法であり、筆記によるものもあれば実演によるものもある。具体的には、論文やレポート、絵画、展示物といった完成作品(プロダクト)や、スピーチやプレゼンテーション、実験の実施といった実演(狭義のパフォーマンス)が評価される。特に、リアルな文脈(あるいはシミュレーションの文脈)において力の発揮を求めるものを、真正のパフォーマンス課題と言う。」
(西岡加名恵『教科と総合学習のカリキュラム設計』図書文化、2016年、pp.85より抜粋)

 工業高校の教科には「実習」という教科がある。この実習はまさにパフォーマンス課題と言えます。実験、計測、測定、実技、製作など社会に出たときに実際に使用するかもしれない内容を体験的に学習する内容の教科となります。そのときに必ず実施されるのが実習レポートの提出です。内容は実習内容により様々ですが、工業高校の生徒たちは日々レポートを書くことになれています。ですので、現在私が行うパフォーマンス課題は筆記によるパフォーマンス課題が多いです。ただ、教科の特性上身に付けるべき力の測り方は様々です。外国語などは実際にスピーチや英作文が効果的だし、体育は個々のスキルを見たり、実際に試合をさせることでわかるし、芸術は作品を製作させれば分かります。これはラーニングピラミッドでも「体験した学習」の定着率は75%と非常に高くなっています。(ちなみに講義型式は学習の定着率は5%です。だから、文科省はアクティブ・ラーニングを提唱しているんだと思います)。
 では、実際にはどのようなものか私の実践事例を簡単に説明します。

テーマ「電気湯沸かし器の修理」
あなたは自宅でお湯を沸かしてカップラーメンを食べようと思いました。すると、電気湯沸かし器のスイッチを入れてもお湯が沸きません。電気システム科のあなたは、この電気湯沸かし器を直すことにしました。分解してみるとお湯を沸かすための電熱線が切れていました。また、電熱線に並列に接続されている保温回路の抵抗が全部壊れていました。
運がいいことに、あなたの家には表1のような電熱線がありました。また、抵抗器も何本かありました。そこで、下の条件に合うように電熱線の種類(1)~(11)から1本選んでください。さらに、保温回路の抵抗を適切な値にして保温回路も直してください。
そして、その修理結果をレポートにして電気基礎の河合先生に見せて成績を上げてもらおうと考えました。レポートには、なぜその電熱線を選んだのか理由と、電熱線の長さを記入してあり、また、保温回路の抵抗の組み合わせを、計算結果と回路図を記入してわかりやすく説明する必要があります。 

できるかぎり、その単元で学んだ内容を含むようなパフォーマンス課題にしたかったので、リアリティーという点では少し無理な設定になっています。このパフォーマンス課題には、まだ、いくつか条件がありますが、ここでは省略します。この課題では(1)ジュール熱の計算、(2)合成抵抗の計算、(3)電力計算、(4)ブリッジ回路の理解、(5)オームの法則、(6)カラーコードの読み方、(7)導体の抵抗計算の総合問題となっています。

 生徒たちの反応としては、初めに出た言葉が「めんどくさい」でした。(気持ちは分からないでもないですが…)ですが、実際にレポートを提出した後に感想を聞いたら、「初めはめんどくさいと思ったけど、やってみると意外に楽しかった。」とか「自分の力で、電流や電熱線の長さ、抵抗などを求めることができたのでよかった。」、中には指定した30本の抵抗をすべて使って目的の抵抗値になるように回路を組んだ生徒がいます。その生徒は「土日の2日間、ほぼ朝から夜までずっと考えていました。そのおかげで、電卓を打つのがとても早くなりました。すべてがぴったりあてはまった時はとても達成感があってうれしかったです」と言うのもありました。私の想定を超えてきた生徒です。
 このパフォーマンス課題は、ある程度こちらの想定している内容になることが予想されます。しかし、時々予想以上の頑張りを見せてくれたり、私が予想していたのとは違う解き方や考え方をしてくる生徒もいます。レポートを読んでいると楽しくなります。たぶん、これが生徒を思考させている状態なんだと感じました。

 ただ、すべての生徒が熱心に頑張ってくれるわけではありません。数名の生徒は友達に教えてもらった通りに書いて提出していました。とはいえ教えてはもらっていたが、少しは自分で考えていました。今後は全員が頑張れるようなパフォーマンス課題をどのように作るかを考えていかなくてはいけないと思っています。単一のパフォーマンス課題だと生徒によってはレベルが高すぎたり、低すぎたりします。考えられるのはパフォーマンス課題を数種類用意するか、同じパフォーマンス課題でも段階的に考えられる内容にすることで、どのレベルの生徒でも頑張れるものになるのではないかと考えています。

次回はルーブリックについて書きたいと思います。

河合 英光(かわい ひでみつ)

岐阜県立可児工業高等学校 電気システム科 教諭
「生徒の成長のために我々は何ができるか」を最近よく考えています。そのための方法として「逆向き設計」論を実践しています。京都大学 E.Forum所属

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