成績表の「戊」って何? 歴史建築物が引き出す、子どもの「探究」
映画『世界の中心で、愛をさけぶ』のロケ地になったのは伊豆の松崎町。
街並みがとても美しい。
そこに立つ旧岩科学校も同様に美景だ。
学習材にしたら,子どもたちを探究へと誘えそうな気がする。
静岡大学大学院教育学研究科特任教授 大村 高弘
「違和感」が探究の扉を開く
校舎にアーチ形の窓が並んでいるのが目につく。2階のバルコニーが半円形に張り出しているのもすてきだ。洋風デザインを取り入れているが,屋根は瓦で葺かれた木造建築。
明治の初めにできた擬洋風建築の学校は今も全国に残っていて,旧開智学校(長野県松本市),開明学校( 愛媛県西予市 )などは有名だ。
自分が居住する静岡県磐田市にも旧見付学校があって,アーチ形の窓の様子などよく似ている。かすりの着物の人形で授業風景を表し,当時の教科書や成績票が置かれているところも同じ。
小学6年生がこの建物を目にしたら……
「洋風の感じがするけれど,屋根は瓦だし壁も和風(なまこ壁)だ」
「なんか,違和感あるね」
校舎の中を歩き教室を覗くと……
「あそこ見て! 小さな子を背負って教科書を持っている子がいる」
「教室に居ても,子守りしてたの?」
教室に入り机上を見ると……
「ノートがないね」
「代わりになるのは石板や石墨と言うそうだよ」
「書いては消して,ができるんだね」
「ぼくらが使っているタブレットみたいだ」
展示物を眺めて……
「この頃の成績票って,今のとずいぶん違うな」
「この甲とか乙って,どんな意味なのかな?」
成績表の「丁」から当時の社会背景を読み解く
違和感を元に級友との会話が始まるだろう。
成績票に並ぶ「甲・乙・丙・丁・戊」が表す意味を調べていけば、「戊」は不可であることを知る。当時は原級留置(らくだい)の子もかなりいたようだ。
原級留置の「級」は,今もスイミングスクールや書道・珠算塾などで使われる。グレードやクラスを意味する「級」は,学級という言葉の一部になっている。
当時の学級は年齢制でなく等級制であったことは子どもにとって驚きだろう。先進国に追いつくため,学力重視の教育が進められたことの表われである。こうした背景は,きっと6年生に理解できるはずだ。
「なぜ?」を元に「こういう理由があったのではないか」と仮説を構想し,創造的に考え証明に向かう。単なる思考とは異なる探究のおもしろさを味わわせたい。
建築費の4割が寄付。そこから何が見えるか
さらに着目させたいのは建築の経緯だ。
現在の学校建築の経費は市民の納めた税金を元に予算化される。しかし旧岩科学校の建築にあたっては,村民の寄付金が4割余りだったという。旧見付学校でも資金の多くは寄付(64%)だった。
寄付金を記録した資料,観光ボランティアの説明等でこの事実を提示すれば,「なぜこんなに多額の寄付が集まったのか」の問いが子どもたちに共有されるだろう。
江戸時代にも寺子屋は各所に存在した。そこで指導されていた毛筆が,石板、石墨の使用に変わる。個々ばらばらの進度で進められた「読み・書き・算」は,一斉教授による指導となっていく。
明治の始まりと共に,今までとは異なる新たなものが求められた。寺とは異なる西洋風の建築物を建てることは,地域のシンボルをつくることとも言えただろう。
「家の子に,我が村の子どもたちに,進んだ教育を」「地域の未来のために」と,新しい教育に希望を託した熱い思いと期待,地域発展への願いがこの寄付行為にはこもっている。当時の人々の意気込みを,子どもたちに感じ取らせたい。
地域史が教える「共同社会の一員」としての自覚
現行学習指導要領の社会科6年では,「黒船の来航,廃藩置県や四民平等などの改革,文明開化などを手掛かりに,我が国が明治維新を機に欧米の文化を取り入れつつ近代化を進めたこと」が示されている。我が国の政治史的な内容は社会科でしっかりと理解させたい。
教育哲学者のデューイは,政治史よりも産業史を重視し「人間の苦闘や成功や失敗と自然との密接な関連についての理解に達するいっそう直接的な方法となる」と,その教育的な意義を述べている。
同様の価値は,地域の学校史にも存在するのではないだろうか。多くの寄付金に支えられ希望のこもった擬洋風の学校建築は,地域の人々の「苦闘や成功や失敗」の事実に思いをはせる素材になりうる。
遠いところにある抽象の世界でなく具体の「もの」と出会い,身近な生活と比較しながら始まる探究活動は,デューイの述べる「自分たちがその時間の中では受け手であり継ぎ手であるところの絶えまない努力の顕現過程を知るとき,自分たちが立派な共同社会の一員であることを自覚する」という歴史の学びへと子どもを誘うだろう。
新学習指導要領で名称が変わることが予想される「総合的な探究の時間」で,地域の歴史を深掘りする楽しさを,子どもたちに味わわせたい。

大村 高弘(おおむら たかひろ)
静岡大学大学院教育学研究科特任教授
これまで公立小・附属小・地教委に勤務し、現在は教職大学院の実務家教員をしています。
学校を離れてみると、改めて探究したいことがふくらんできます。また学生・院生とかかわる中で、教職の魅力・やり甲斐を見つめ直せてもいます。
『教育つれづれ日誌』を読んでくださる皆さんと一緒に、子どもを中心に位置づけたよい実践はどうつくられるか、考えていきたいと思います。
ご意見・ご要望、お待ちしています!
この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)
この記事に関連するおススメ記事
「教育エッセイ」の最新記事













アグネスの教育アドバイス
映画と教育
震災を忘れない



この記事をクリップ
クリップした記事
ご意見・ご要望










