コンテクスト・シフティング
子どもも大人も円滑な人間関係をつくっていくことはそんなに簡単なことではないと思います。子どもは人間関係づくりを学んでいる過程でしょうし、私も子どもに適した(と推測した)支援や指導を日々行っています。しかし、自分の仕事柄、大人同士(教職員、保護者、地域の方、学校外の方)の関係づくりを実践する必要がありますが、なかなか難しいのが現実です。学校にいる大人の人間関係は、そのまま子どもにも影響することをなんとなく感じています(確信はないですが)。「チーム学校」が目指される中で、人との関係をつくる際に参考にしている考え方を紹介します。
大阪市立野田小学校 教頭 石元 周作
異文化コミュニケーション
私たち教職員はそれぞれに教育観、子ども観、授業観、仕事観などを持っています。これは意識するかしないかは別として、そのような信念や価値観が日常の言動に出ているのではないでしょうか。だからこそ、意見の相違や対立も起こります。ある意味自然なことではありますが、いつもその状態だとお互いに疲弊しますし、学校としても良くない状態が続くことになります。アドラー心理学でも「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」とまで言われています。
ひとつの解決法は「対話」だと思います。子どもたちにも対話の大切さを伝えている私たちが実践していく必要があるでしょうし、難しさもあるでしょう。対話しながら関係をつくっていくのが必須としても、その対話を進める上で前提になる考え方も様々だと思います。そもそも対話をすることさえ難しいという厳しい状況もあるでしょうし……。
私が参考にしているというか、共感して理解しやすいものとして「異文化コミュニケーション」があります。山本志都(2022)は、異文化コミュニケーションの目的は「『異』とともに成長すること」と述べていますが、自分ではない「他人」という「異」な存在と共に生きていくために有効な考え方・方法は人間関係づくりに大いに役立つと考えます。
「異」とは何か
「異文化コミュニケーション」と聞くと、おそらく「異」は国単位の違いをイメージするのではないでしょうか。実際に最初は私もそうでした。しかし、異文化コミュニケーションの世界では、「異」はもっと多様に捉えます。「異」は「コンテクスト(文脈)」によって生まれてきます。
「コンテクスト」とは具体的に、物理的な環境、状況・場面、対人関係、共有知識といった様々なものを意味します。そのため「異」は「コンテクスト上で自他に分かれた境界上のズレやギャップとして知覚されるもの。簡単には、立ち位置の違いがつくり出すズレやギャップ」と定義づけられています。それは国の違いはもちろんのこと、家族同士の違いもありますし、教室の友だちとも「異」はたくさん存在します。異文化コミュニケーションは、コンテクストにある境界を引き直して、つながれるようにすることとも言えそうです。
コンテクスト・シフティング
石黒武人(2022)は、コンテクスト・シフティングについて「自分、他人、そして自分と他人の関係といった自分の頭に浮かぶモノゴトを、ある1つのコンテクストの中で単純化して捉えてしまったときに、想像力を働かせて、他のコンテクストの中で捉え直してみる」と述べています。ものすごく単純化して考えると、私たちが子どもによく言う「人の気持ちを想像して」「自分が○○ちゃんだったらどう思う」といったことと同様ではないかと思います。ただ、その想像する際の手がかりとして「コンテクスト」の視点をもつことが有効であると考えます。その際のコンテクストも①マクロ・コンテクスト②メゾ・コンテクスト③ミクロ・コンテクストーーの3つのコンテクストに分類します。
①マクロ・コンテクスト
「日本社会」「アメリカ社会」「日系人社会」「グローバル社会」のような大きな社会や「外国人」「女性」「障がい者」といった社会集団に関するカテゴリーを使ってコミュニケーションをとるときに、前提となっているコンテクスト(場所、場面、考え方やルールなどの共有知識、対人関係など)。概念(感染症、SDGs、テロ対策、国際協力、国際支援、倫理、自由など)、アイデンティティ(国籍、民族、文化、人種、ジェンダー、世代など)、空間的把握(オンライン空間、宇宙、地球、国、州、都道府県など)があります。
②メゾ・コンテクスト
マクロ・コンテクストより小さな対象である組織、団体に関わるコンテクスト。例えば、小学校、中学校、高校、大学、会社といった組織の中でのコンテクスト。組織の種類と職種・組織における立場があります。
③ミクロ・コンテクスト
直近の要素(コミュニケーションをとっているときの場所、場面、話題、友人、親子、恋人など)とそこに関わる人々同士の関係といったマクロ・コンテクストよりももっと小さな対象です。
この①、②、③のコンテクストを行き来する(シフティング)ことを「縦シフト」、同じコンテクスト間での行き来が「横シフト」と名付けられています。
このようにコンテクスト間を移動すると、どこかで「異」な人との共通点が見えてきます。例えば外国人の友だちはマクロ・コンテクストで言えば「異」な存在ですが、メゾ・コンテクストで見れば同じ学校だったり、ミクロ・コンテクストで見れば好きな食べ物が同じだったりということもあります。そのような「異」な存在と認識している人でも、コンテクスト・シフティングによって共通点が現れ、そこがその人との対話の糸口となる可能性があります。何より共通点があることで少しでも親近感がわくのではないでしょうか。
また、コンテクスト・シフティングという考え方を知ることで、自分も他人も様々なコンテクストの中で生きていることに気づきます。
多角的思考
コンテクスト・シフティングは、自分の立ち位置(視点)を移動させることです。いわゆる「多角的に考える」ことと同様かもしれません。社会科学習においては、視点の移動は大変重要な要素で、これまでの連載でもたびたび触れてきました。ただ、子どものことだけでなく、大人同士のほうがコンテクストのイメージがしやすく、有効なように思います。方法論ではないので、「即実践して効果抜群」ということではありませんが、自分の中では大きな示唆を得ています。
参考資料
- 山本志都・石黒武人・Milton Bennet・岡部大祐(2022)『異文化コミュニケーション・トレーニング―「異」と共に成長するー 』三修社
- 石黒武人(2022)『現象の多面的理解を支援する「コンテクスト・シフティング」の精緻化-異文化摩擦の事例を手がかりに-』異文化コミュニケーション論集20,pp.161-170
- 池田理知子・塙 幸枝編著(2019)『グルーバル社会における異文化コミュニケーションー身近な「異」から考えるー』三修社

石元 周作(いしもと しゅうさく)
大阪市立野田小学校 教頭
ファシリテーションを生かした学級づくりと社会科教育に力を入れて実践してきました。
最近は、書籍からの学びをどう生かせるかや組織開発に興味があります。
統一性がない感じですが、子どもの成長のために日々精進したいと考えています。
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