2025.08.12
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定着しない若手と、包み込む現場~アメリカ移住ブームの中の仕事と暮らし

アメリカ・モンタナ州のボーズマンという町で、モンテッソーリ保育士として働くかたわら、大学院でも学びを深めています。
今回は、そんなボーズマン・モンテッソーリ保育園で、日々子どもたちと向き合う、さまざまなバックグラウンドを持つ保育士たちを紹介します。

ボーズマン・モンテッソーリ保育士 城所 麻紀子

保育園で働く前の心配事

日本では教育系のNPOに勤務し、多くの先生方と関わる機会がありました。また、サンディエゴでは日本人向けの補習校や学習塾で講師として働いていました。こうした経験から、保育園で働くということは、子どもとの関係と同じくらい、同僚や園長、そして保護者との関わりもとても重要だと感じていました。

幸い、ボーズマン・モンテッソーリについては、ボランティア活動で知り合った方から「園長をはじめ、皆さん本当に優しくて家庭的でおすすめです」と聞いていたので、安心材料はありました。それでも、やはり新しい環境では人間関係に多少の不安がありました。

入社の手続きは、当時園長の補佐をしていた事務局の方が担当してくれました。その方はモンタナ州立大学で日本語を少し学んでいたことがあり、私のファイルに「まき」とひらがなで書いてくれました。その小さな心遣いにとても驚き、同時にほっと安堵したことを、今もよく覚えています。

サンディエゴではアジアなどからの移民の方も多かったので、特に意識していませんでしたが、ボーズマンでは住民のほとんどが白人アメリカ人。ここで自分がどのように受け入れられるのか――そんな不安が大きかったことを思い出します。

園長がもたらす、包み込む雰囲気

園長は60代後半くらいで、1980年代にボーズマンに移り住み、大学院で幼児教育を学んで以来ずっとこの分野と保育士養成に携わってきた方です。いつも穏やかに微笑み、包容力がありながらも経営手腕に長けていて、ボーズマンだけでなくモンタナ州の幼児教育プロジェクトや、他地域でのワークショップ、会議などにも積極的に参加しています。

これまで私は日々の仕事に追われていて、こうした活動にはあまり関心を持てずにいました。しかし、来月から復職したら、園の先生としての役割だけでなく、地域やプロジェクトの活動にも積極的に関わっていきたいと考えるようになりました。

経歴や実績が素晴らしいにもかかわらず、園長はスタッフ一人ひとりと近い距離で関わってくれます。彼女とは家も近く、以前マイナス30度の真冬に私の車のエンジンがかからなくなったときには、早朝にもかかわらず保育園まで送ってくれたことがありました。さらに、昨年休職中には、私の誕生日にサプライズでプレゼントを自宅まで届けてくれたこともあります。思いがけない心遣いに胸が温かくなり、「この園は本当に人と人とのつながりを大切にしているんだ」と改めて感じました。

他のモンテッソーリ園や保育園で働いていた同僚たちからも、「ここは本当に家庭的。前の園はもっとビジネスライクで、雰囲気が全く違う」という話をよく耳にします。園長の人柄が、園全体のあたたかさを作っているのだと感じます。

保育園を彩る「若手」と「セカンドキャリア」

ボーズマン・モンテッソーリ園には、大きく二つのタイプの保育士がいます。

一つは、大学や高校を卒業したばかりの若手保育士たちです。元気でエネルギッシュですが、ボーズマンの急激な家賃高騰や給与水準の問題もあり、数か月から一年ほどで辞めてしまうケースが多くなっています。とくにコロナ以降、全米から経済力のあるリモートワーカーが流入したことで、生活費負担が大きくなり、地元の若者が定着しづらい現実があります。

もう一つは、第二のキャリアとして保育に携わる方々です。例えば、元高校教師、美容業界からの転身、幼児教育コンサルタント経験者など、年齢も経歴も多様で、なかには70歳を超えてなお現役で活躍している先生もいます。その熱意や経験は園に厚みをもたらしています。

こうした多様な世代やキャリアが交わることで、ボーズマン・モンテッソーリ園ならではの温かさと力強さが生まれていると感じます。2022年にはビジネス地区に新校舎も開設され、今後の園への期待もますます高まっています。

若手が定着しなくても、包み込む文化

コロナ禍が明けて間もない頃、1歳半から3歳のクラスの先生2人が突然辞めてしまい、すぐに新しい先生を確保できず、預かり時間を16時30分から15時30分に短縮せざるを得ない状況になりました。
「この時間短縮で、共働きのご家庭はどれだけ苦労されるだろうか」と心配していましたが、実際には予想以上に保護者から励ましや温かい言葉をいただき、逆に驚かされました。また、やむを得ず転園した子どもが、新しい保育園が合わず、すぐに戻ってきた例もありました。

園長やベテランの先生方が「家賃が高い、収入が追いつかない」といった現実にも理解を示し、辞めていく若手を責めることなく送り出し、また温かく迎え入れる文化が根付いています。このしなやかさ、受け止める姿勢こそが、この園の最大の魅力だと感じます。

定着しなくても残る温かさ

町も、保育現場も、今まさに、変化の波の中にあります。ですが、どれほど状況が変化しても、誰かが辞めてしまっても、園には変わらず人のぬくもりや助け合い、互いを理解し合う雰囲気が息づいています。長く働き続けること自体がむずかしい時代や場所だからこそ、人のつながりがどれだけ大切かを実感しています。

このエッセイを通じて、保育だけでなく、変わりゆく田舎町で暮らし、働き、支え合う人々のあたたかく、しなやかな日々のリアルを、少しでも伝えられればうれしいです。

城所 麻紀子(きどころ まきこ)

ボーズマン・モンテッソーリ保育士、元サンディエゴ日本人向け補習校講師、モンタナ州立大学院家族消費者科学科 修士課程


2020年からアメリカのモンタナ州の人口5万人の町で、モンテッソーリ保育園の保育士をしています。
アメリカといっても、白人約90%、アジア人約2%(最近増えました!)という環境です。
あまり日本人の方に知られていない、アメリカの田舎での教育や生活の様子などを共有できたらいいなあと思っています。

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