認知心理学の知見を生かす
大学院の講義を振り返ってみますと「認知心理学」という言葉が頭に浮かびます。ちょっと堅苦しい言葉に聞こえるかもしれませんが、認知心理学の知見は学校現場に活かせるものが結構あるのではないかと思っています。今回は認知心理学の知見の中から、学校現場で実践する上で役立ちそうな部分を私の独断と偏見で書き綴ってみようと思います。
佛教大学大学院博士後期課程1年 篠田 裕文
人間の活動理解の4つのレベル
人間の活動を理解するには4つのレベルがあるそうです。
- 生物学的レベル
- 認知的レベル
- 行動的レベル
- 主観的レベル
です。わたしなりに解説してみますと、生物学的レベルとは生理学的、脳科学的観点から見るということです。脳の器質的、機能的障害、遺伝子レベルが含まれそうです。認知的レベルとは、情報の入力、処理、出力のそれぞれの段階で見ていくやり方でしょうか。入力の段階で間違っているのではないか、処理の仕方で上手く統合できていないのではないか、出力が独特なものになっていないか、そのような見方といえます。行動的レベルとは、ざっくり言えば他者に「見える化」されている部分で考える立場。主観的レベルとは読んで字のごとく本人が持っている感情といえます。
学校現場で理解することができるのは主観的レベル、行動的レベル、認知的レベルでしょうか。
認知のプロセス
認知心理学は、パソコンの情報処理にヒントを得、そこから人間の認知を考えていったという歴史的背景をもつため、認知のプロセスもパソコン上の処理と似ている部分があります。外界の情報に
①注意を向け
②入力し
③情報を処理し
④出力する
が一連の認知プロセスといえるでしょう。
学校現場で授業や学級経営を行うと、この認知プロセスに関わる子どもたちの“つまずき”に日々直面します。今回は①と②のつまずきに対する支援について考えてみましょう。
注意への支援、学校現場では極めて重要です。人間のワーキングメモリには限界容量が指摘されており、注意を向けていないとあっというまにワーキングメモリ内の情報が消去されてしまいます。また注意が散漫になると認知的負荷の増大も考えられ、本来の課題に向けるべきワーキングメモリの容量が狭められてしまいます。大学院の講義の中で注意へのつまずきを減らす工夫として3点を学びました。
- 興味関心の活用
- 意欲を高める工夫
- 余計な刺激の除去
3つを俯瞰してみると「視線を誘導するための工夫」と考えられます。私は「視線」に関する研究を行っていますが、「視線」はその人の「思考」や「情報処理の仕方」が現れます。外界の刺激に対して何かしらの情報を読み取ろうとしたら「視線」を一定時間そこに留める必要があります(専門用語で「停留」といいます)。つまり、注意をひかせたい部分に視線を停留させるための工夫といえます。
意欲を高める工夫の中では、見通しの提示や短い学習サイクル、課題終了後のご褒美等が挙げられました。短い学習サイクルは大賛成です。45分じっくり授業をすることも意味があるとは思います。しかし教室内の子どもたちのワーキングメモリはある研究によれば4歳くらいの開きがあると指摘されます。6年生の教室であれば中学2年生と小学4年生が一緒にいるような感覚です。それが何の手立てもなしに45分間授業をすれば・・・一見静かに落ちついて授業を聞いているように見えても認知プロセスが起きているかどうかはわかりません。ちなみに、余計な刺激の除去がどれほど効果があるのか、エビデンスは乏しいようです。
入力の段階で困難があるとそのあとの認知プロセスに大きく影響します。私は目が悪く眼鏡をかけます。眼鏡によって情報の入力を支援してもらっています。感覚的にはそれと同じことです。
- 見やすくする
- ハイライト/音声化
の2つが有効であると学びました。白地に濃い字体に読みにくさを感じる人もいるようです。もしそういう人がいるのなら、例えばプレゼン資料は白地に紺色で書く、目立たせたいところは黄色というような工夫があると支援につながるでしょう。写真資料であれば、拡大したり色付けをしたり、注意を向けてほしい部分に制限をかけることも有効です。
字体についても、私も昔そういうところがあったのですが、明朝体等だと、書き写す際に微妙な太さの違い、とめ方を正確に真似しよう、したくなることがあります。そうなると入力はできてもその後の処理が滞ります。丸ゴシックのような文字が見やすいのかもしれません。
最近は読み上げソフトや、ハイライトをつけてくれるソフトもあります。見にくい文章でもハイライトがあるとかなり読みやすくなります。
小学校現場ではよく「構造的な板書」と言われ、子どもの発言や要点を上手くまとめることが要求されます(あっ、私の周りでは、です)。しかし、それもちょっと立ち止まって考える必要があります。板書される文字や図が増えれば増えるほどそれを写す作業も増えます。そして細かく写したくなる子もいます。写すことに注意が向けば友達や教師の話に割かれる注意資源は減り、注意が向けられずそれらの情報が抜けてしまいます。また、黒板の情報が多ければ何を、どこをノートに写したら良いのか混乱が生じてしまう子もいます。
これまで良とされてきた黒板の書き方が本当にいいのか、それも見直す必要があるのかもしれません。
以上、学校現場で使えそうな認知心理学の知見について紹介いたしました。実践の背景にどのような理論や知見があるのか、そのような目で認知心理学を見ていくとなかなか面白なと私自身は感じています。最後までお読みいただきありがとうございました。
篠田 裕文(しのだ ひろふみ)
佛教大学大学院博士後期課程1年
修士課程を修了し博士課程に進学しました。修士時代に学んだこと、学校現場で実践したことを書き綴りたいと思います。
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