WILLを形にするときに大切なダブルバインドの理解
新年度が始まりました。
「今年度はこんなことがしたい」という思いがふくらむ時期です。
今回はやりたいことを実現するために重要なダブルバインドの理解というテーマで原稿を書いてみました。
立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任) 酒井 淳平
ダブルバインドとは
ダブルバインドとは、メッセージとその裏に隠されたメタメッセージとの間に矛盾が含まれている状態のことを指します。日本語での「二重拘束」を意味し、「2つの矛盾した命令を他人にすることで相手の精神にストレスがかかる状態」を指すという説明もされています。アメリカの精神科医グレゴリー・ベイトソンが1956年に提唱した「ダブルバインド理論(二重拘束理論)」に由来しているようです。
例えば親が遊んでいる子どもに対し、「ちゃんと勉強をしなさい!」と命令した後、「ちょっとこっちに来て夕食作りを手伝って」と依頼をしたとしましょう。すると、子どもは「勉強」と「家事手伝い」の2つのタスクを同時にこなせず、どのように行動・選択をしたらいいのかわからなくなってしまいます。このような心理的拘束をダブルバインドと呼びます。
ダブルバインドが起こっている状況はまわりにいっぱいあります。たとえば授業中に「わからなかったらいつでも質問してください」と言っていた先生が、実際に質問がいっぱい来ると授業が進まなくなるので「聞く前に自分で考えてください」と言うようなケースはどの学校にもあるのではないでしょうか。これは聞き手側にとっては「わからなければ質問する」「(わからなくても)自分で考える」という2つの矛盾したメッセージを受け取ることになり、まさにダブルバインドです。
何かをするときにダブルバインドは必ずついてくる
ここまでの文章を読むとダブルバインドは悪いことのように思われるかもしれません。しかし大切なことは「ダブルバインドは悪いこと」という認識をするのではなく、「ダブルバインドは何かをするときに必ず付いてくるもの」ととらえることです。矛盾しているようでどちらも大切なことである場合も少なくありません。
私事になりますが、キャリアカウンセラーの資格取得に向けて学んでいた時のことです。講師の先生が「就職支援は必ずダブルバインド」と言われていたことがいまだに印象に残っています。たとえばハローワークなどで就職支援に関わる際に多くの方は「すぐ決まること最優先で、とにかく就職先が決まればいい」ではなく、「(多少時間がかかるときがあっても)相談者にとってよいところに就職できるように支援したい」と考えて支援します。それは支援の大原則であり、そのように学んでキャリアカウンセラーになります。しかし現場では時として就職決定率で評価されてしまうため、(無理やりにでも)就職先を決めた方が高い評価になることがあります。これはまさにダブルバインドです。
10年以上前のことなので、細かなところまで正確に再現できたかどうかはわかりません。その時に講師の先生は「基本的に支援の現場にダブルバインドはある。そんな中でどうするかが大切」というようなことを言われていました。このメッセージは今でも強く印象に残っています。ダブルバインドはある、そんな中で自分はどうするか、まさに自分が問われているのです。またダブルバインドは矛盾しているように思えてどちらも重要な場合も少なくないのです。先ほどの就職のケースにしても、カウンセラーのより良い支援という考え方も大事ですし、就職したいと思っている方の就職が決まるということは決して悪いことではありません。
学校現場でもダブルバインドはあります。たとえば高校で「これからの時代は多様性が大切」と言われつつ、実際には「国公立大への進学者数」だけで評価されることがあります。後者の評価を高めることだけを考えると、生徒の多様性を認めたり、生徒の希望を聞く面談をするよりも、国公立大に合格することだけを考えてカリキュラムを作って、今の成績でどの国公立大に入れるのかを考える面談をする方がいいということになります(こんな教育がしたくて教員になった人はいないと思うのですが、結果的にこういう教育しかしていない人はいるかもしれません)。
ダブルバインドに対してその存在を否定する人がいるのは事実です。たとえば「こんな指導がいいとは思わないけど、○○大に入れることが至上命題だから」や「○○大の入試がこうである限り、このようにするしかない」という発言はその典型かもしれません。一方でダブルバインドをなかったことにして自分の美学を貫き通すのも難しいことです。大切なことはダブルバインドを批判するのではなく、「ダブルバインドは何かをする際についてくるものだ」と受け入れることではないでしょうか。
ダブルバインドを受け入れると、MUSTとWILLが見えてくる
「ダブルバインドを受け入れた上で、自分はどうしたいのか」。実はこの問いを考えることで、自分のWILLはより明確な形になります。そして実現の可能性も高まります。
「(学習指導要領の趣旨をふまえて)生徒が考える授業をする」と「(受験などを考えて)授業の進度を確保する必要がある」ということがダブルバインドのように受け取られる時があります。仮に生徒が考える授業をすることで進度が確保できないという状況があったとします。このときに「もっと生徒が考える授業をしたい」と思っている人は、「進度の確保」とのダブルバインドに苦しみます。その際にダブルバインドをただ批判だけすると「この学校では進度を確保しないとダメだから、考える授業なんてできない」という考え方になってしまうでしょう。しかし、ダブルバインドを受け入れることができれば、たとえば「単元の中でこの時間は生徒が考える時間中心にしよう」など、実現可能な方法を考えることができます。授業をして楽しいのが後者であることは言うまでもありません。そして自分のWILLが形になるのも後者なのです。
学校では手段の目的化が起こりやすいと言われます。それはダブルバインドを受け入れることをやめた人が、MUSTだけを受け入れてしまった結果かもしれません。先ほどの授業の例でも、ダブルバインドを受け入れることをやめた人が、いつしかWILLをあきらめ、MUSTだった「進度の確保」だけを受け入れてしまうかもしれません。その人はおそらく「生徒が考える授業」をしたい先生が現れたときに、その先生を批判するでしょう。その先生のWILLは「生徒が考える授業」だったのですが、そんな思いが伝わることはないでしょう。忘れてはいけないことは「進度の確保」も手段でしかなく、目的があったはずなのです。もしかしたら進度を確保することで、あとで生徒が考える時間をじっくり確保するというねらいがあったのかもしれません。ともあれ、MUSTだけを受け入れたときに、手段は目的として定着してしまいます。これが手段の目的化です。繰り返し書きますが、「進度の確保」と「考える授業」は決してダブルバインドではありません。しかしそのようにとらえられるケースが多いのであえて例として書きました。
ダブルバインドの視点で周りを見ると、MUSTだけを受け入れているケースは実は多いのではないでしょうか。こう書いている自分自身、ダブルバインドを批判だけしようとしている場面、本来はダブルバインドではないことをそのようにとらえていることがあることに気づきます。
みなさんの今年度のWILLは何でしょうか。そしてWILLを実現しようとしたときに、ダブルバインドとなるように思えるMUSTは何でしょうか。WILLとMUSTを両立させるにはどうすればいいでしょうか。この問いは今だからこそ、考えたほうがいい問いです。
どんな世界でもイキイキと 活躍している人はダブルバインドを受け入れて、自分のWILLを形にしています。自分の教員生活を充実させることを考えたときにダブルバインドを受け入れることは重要なのでしょう。キャリア教育ではWILLを探すことが強調されます。もちろんそれは大切なことです。しかしWILLを実現するためには、MUSTがついてきてダブルバインドは起こります。そもそも生きていく上でダブルバインドはつきものです。これからのキャリア教育はこうしたことも伝える必要があるのかもしれないと思いながら書きました。
お読みいただきありがとうございました。今年度もよろしくお願いします。

酒井 淳平(さかい じゅんぺい)
立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任)
文科省から研究開発学校とWWLの指定を受けて、探究のカリキュラム作りに取り組んでいます。
キャリア教育と探究を核にしたカリキュラム作りに挑戦中です。
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