2023.11.23
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心のビタミン

保護者はもちろん、小学生本人や時に同僚の教員からも抱かれるこの問い。
「図工ってなんのためにあるの?」の素朴な問いに、できるだけシンプルな言葉で答えたいと思い今回のテーマを選びました。
それでも世界の多くの国でアートが初等教育で採用されているんですよね。

墨田区立八広小学校 教諭 遠藤 千裕

「でも、美術は心のビタミンだからね」

先日、画家の友人と恩師の美術展に参加した際にその友人が長らく私を悩ませてきたテーマの問いを、より高次元に引き上げて投げてくれました。
「絵を描いても、戦争は止められないのに 何か役に立つのだろうか」
確かに美術も美術家も、物理攻撃にさらされればひとたまりもありません。
彼女は以前はロシア文化圏での駐在経験があり、現在は英国在住の現代アートの日本画家です。

友人がくれた質問のおかげで、初めて自分を納得させられる答えを得た気がしました。

算数はタンパク質。体を作る栄養素。
国語は炭水化物。エネルギーになる栄養素。
理科と社会は脂質。
そして美術は心のビタミン。

「図工って勉強じゃない」

「図工って勉強じゃない」
という幸せな誤解があります。
私が勤める小学校の子どもたちと図工の授業の間である素晴らしい行き違いです。

普通教室での授業でなく図工室での授業だから。
2時間続きで特別感があるから。
作業の時必要に応じて離席したり、立ったり、できるから。
教科書、ノート、鉛筆をあまり使わないから。
テストがないから。
ドリルがないから。
丸つけがないから。
受験教科じゃないから。

子どもに聞いてみると、理由は様々ですが「なるほどな〜」っと思わせられるものばかりです。
今まで7年ほど教えてきて、図工が心底嫌いな子はあまりいませんでした。
高学年の後半になって図工に対して距離をとってしまう子も時々出ますが、出会ってから卒業まで一貫して図工が嫌いでやりません!という子にはまだ出会ったことがありません。
ありがたいことです。

図工と自分の間に溝ができてしまった子と話すと「これって何かの役に立つんですか?」というのがとりあえず出てくる質問です。
産休代替教員だった時代や、初任の頃はこの質問によく頭を悩ませていました。

今だったら、その質問自体には大した意味はないのかもと捉えるようになりました。
自分の不全感や違和感をその時たまたま図工や課題にむけているだけで、多くはそこが問題ではない様だなと感じることが往々にしてあるからです。
(きっと他の教科や、宿題や、友達関係や、小学校そのものに対して似たようなことを質問されたことがある同業者の方や、保護者の皆さんもいるのではないでしょうか)。

そんな時。
子どもの心に響かなかった説得は本当にたくさんあります。
・無人島に流された時ゼロから筏を作って脱出できる力をつけられるよ!
・手先が器用になるから日曜大工や料理をするときも便利だよ!
・創造的な視点をもつとアート思考になれるから、社会に出て成功できるよ!
・指先の訓練を通して脳の言語野の神経細胞が繋がり結果的に頭が良くなるという研究結果があるよ!
・いいじゃん、算数と国語で疲れてるでしょ、ちょっと図工を楽しんでいきなよ。

冗談めいたものから、権威あるか医学の大学の学説をひいたものや、面倒臭くなってけむに巻こうとするものまで書ききれないほどあります。
お恥ずかしい限りです。

芸術教科はビタミン

炭水化物やタンパク質と比べて、1日2日摂らなくても体に不調はきたしません。
でもずっとビタミンを摂取しなかったら、お肌が荒れたり、髪がパサついたり、口内炎ができて辛い思いをするでしょう。
それだけなら耐えられますがビタミン欠乏が続くと最終的には失明したり、脚気になったり、様々な重篤な病気にもなり得ます。
乳幼児の場合はさらに発達にも影響が出たり深刻です。新生児はK2シロップ飲ませたりしますよね、ビタミン大切です。

芸術教科も同じなのではないかなと考えています。
1年2年やらなくても受験教科には入っていないので筆記試験には問題はない。
テストで測れる「学力」には影響ない。

でも5年やらなかったら?
10年やらなかったら…?

バランスの取れた食事をしてきた人と、偏食の人。
どちらが健康でしょうか。
そして、9年間ビタミンを取らなかった人が体の不調を覚えて慌てて最後の一年で頑張ってフルーツやレバーやほうれん草を食べても間に合うんでしょうか。(芸術教科にサプリメントはありませんし!)

いっぱい摂る必要はない。
毎日取れなくても一週間でトータルでバランスが取れればいい。
でも、ずっと摂らないのは良くない。
定期的に少量ずつ摂取してほしい。
成長期の子どもには特にバランスの良い食生活を通じて健康な体を手に入れてもらいたい。

ビタミンと芸術教科の共通点を見つけた、芸術の秋でした。

※ちなみに芸術教科は水溶性ビタミンです。過剰摂取しても体に溜まったり負担をかける心配がありませんので、好きな子はどんどん摂取しましょう。

遠藤 千裕(えんどう ちひろ)

墨田区立八広小学校 教諭
脱サラして教員になった育休中の教諭です。 
一般市民、保護者、ママ友、ニュースの視聴者、地域の人間として 「学校」というものを俯瞰してみることを初めて経験しています。 
ママ友との会話等を通して、学校側から見た時は理解できなかった「地域からのお言葉」や「保護者とのすれ違い」について、腑に落ちることが多くありました。
この経験を現場の先生方にもシェアすることで学校と周りの環境の摩擦係数を減らす方法を考えていけたらと思います。

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