2023.03.09
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教師と美容師

美容師さんってすごいよね、という話。

東京学芸大学附属大泉小学校 教諭 今村 行

どうも、今村です。

今はそんなことないのですが、昔は外に髪を切りに行くのが苦手な子どもでした。
その理由を当時自覚していたわけではないのですが、今想像するに、ものすごい人見知りだったので(その点は根本としては今も変わってない)、髪を切ってくださる見知らぬ大人と話すのにとても緊張していたということが一つ。それから「見知らぬ人に刃物を持って背後に立たれたくない」ということも心のどこかであったのではないかと思っています。
刃物を人の頭にあてるって、すごい職業だなと思います。

そんなわけで、自分も社会人になると、美容師になった友人に髪を切ってもらうようになり(ちょっと安心だったのだと思う)、その友人が遠方に移り住むというタイミングで他の方(仮にAさんと呼びます)にお願いするようになり、ずっと切っていただいています。
今となっては、Aさんとお話しさせていただく度にいつも発見があり、僕にとってとても貴重な機会となっています。背後に刃物を持って立たれるということへの恐怖もひしひしと感じる、というわけではありません笑

「Aさんにお願いする」という決断をしている

美容師の方って、日本にものすごい数いらっしゃるわけですよね。その中で、自分はAさんにお願いしています。Aさんでいいや、という気持ちではなく、ぜひAさんに、と思ってお願いしているわけです。
もちろん僕が、星の数ほどおられる美容師さん全ての方に切っていただいた上でAさんを選んだ、というわけではないですが、Aさんが僕の髪の好みや要望を理解しようとしてくださること、お話しているととても居心地がよく刺激もいただけること、あとはAさんの服装のセンスが好きだということ、そのようなことをひっくるめて、通い続けたいと思っています。

「美容師さん、チェンジ!」と決断してAさんを選ばない、という選択肢もそこには一応存在しているわけですけれど、自分はAさんを選ぶ決断をしているわけです。
Aさんも美容師の一人として、星の数ほどいる美容師の中で自分がお客さんに選ばれるために、ものすごい努力をしていることが伝わってきます。

すごい職業だな、と思います。
そういう尊敬できる人を前にすると、自分もAさんに選び続けてもらいたい、と思って、毎回何を話そうか入念に準備をしていきます。Aさんだって、僕を選ばないという選択肢があって然るべきで、その上で「今村が来ると嬉しい」と思ってもらいたい。

「チェンジ!」

ふと、自分が身をおいている教師という職業のことを、他の職業と比べて考えることがあります。
自分は、毎年4月に新たな子どもたちと出会います。そして、次の日、まだこちらを信頼してもらう努力もろくにできていない状態だったとしても、基本的にはみんな元気に登校してきてくれるわけです。
すごい職業だな、と思います。

これは、どこでもいつでも言われることですが、子どもは教師を選べません。4月にこのメンバーで行くとひとたび決まったら、子どもは「担任、チェンジ!」とは言えません(もちろん教師もそのようなことは言えないわけです)。3月まで、基本的には一緒になんとかして過ごしていかなければならない。

仮に美容師と比べたら、「ぜひこの美容師さんに!」ということは全くなく、それまでの信頼の積み上げや培ってきたものなど関係なく、とにかく同じくらいの人数が、それぞれの教師のクラスに分配されるわけです。そして、そこにはある種の「縛り」が存在していて、「チェンジ!」ができない。子どもの側からしてみても、心の中で「チェンジ!」という言葉を叫んでいても、よほどのことがない限り口には出さない。

それって、改めて考えてみると結構異常な事態だなと、僕は思ってしまいます。
「明日、お客さんが来てくれないかもしれない」という恐怖がないんです。子どもがクラスに来るのが当然だと思っていて、自分の話を聞いてくれるのが当然だと思っていて、相手が自分のために時間を割いてくれるのが当然だと思っている。そういう自分の姿、思考にゾッとしてしまうことが、美容室に行くとあるんです。

3月は、怖い。

3月に入ると、1年間一緒に過ごしてきた一人ひとりを前にして、この子は「チェンジ!」を心の中で叫んでいなかっただろうか、目の前に立つ大人を見限って、諦めて過ごすことを自分に強いていなかっただろうか、ということを考えます。
自分は、教師という立場の異常さに胡座をかいていなかっただろうか、と考えます。

見方によっては、刃物を人の頭にあてるよりも、ものすごくデリケートで危険なことを、僕らは担ってる。そんな中で、僕が「ぜひAさんに」という思いで美容室に通うような気持ちで、教室に足を向けてくれる存在が、どれくらいいただろうか、と思います。
もちろん教室というのは「担任に会いに来る」ための場所ではないわけですけれど、それでも。学ぶ、仲間と過ごすという魅力の上に、担任に会うのも悪くない、という魅力を感じてもらうための努力を、僕はし続けたいなと思います。

選ばれないという選択肢を自分の中に感じながら、心の底からビビりながら、選んでもらえるための努力を、目の前の大切な、尊敬する相手へ向けたい。

今村 行(いまむら すすむ)

東京学芸大学附属大泉小学校 教諭

東京都板橋区立紅梅小学校で5年勤めた後、東京学芸大学附属大泉小学校にやってきて今に至ります。教室で目の前の人たちと、基本を大切に、愉しさをつくることを忘れずに、過ごしていたいと思っています。

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