社会科の授業づくり~教師のゲートキーピング~
教師が「主体的なカリキュラムと授業の調節をする」ことがゲートキーピングといわれています。教師のゲートキーピングに着目することは、教室の扉のようにある「ゲート(門)」を開けて何を教室に持ち込むのかを考えることであり、自分の教育観・授業観・子ども観を見直すと共に子どもが何を学ぶのかを省察することになるでしょう。
大阪市立野田小学校 教頭 石元 周作
ゲートキーピングという捉えの必要性
スティーブン・J・ソーントソン(2012)は、公的なカリキュラム(日本では学習指導要領など)を実行する教師が、「意図的にせよ、無意識にせよ、自らの問題関心や教育観、価値観などから時として公的カリキュラムの設計者の意図とは反する調整を行うため」に、ゲートキーピングの質が授業の良し悪しに影響すると指摘しています。つまり、学習指導要領をもとに授業デザインをしても、教室の中で実践する際には様々なものになり、その「実際に行われているカリキュラム」の質を上げることが必要だということです。
さらに言えば、学習指導要領を相対的に捉え、主体的な、自分なりの授業デザインも可能だということです。
このソーントンの主張は、実感として大変納得できますが、それはこれまで教師だれもがやってきたことであり、ごくごく当たり前の主張のように思われます。しかし、このゲートキーピングという捉えがあることで、自分の授業デザインの要素に目が向くと共に自分の教育観や授業観・子ども観を自覚するようになると考えます。
何をゲートキーピングするのか
授業デザインにおいて教師は何をゲートキーピングしているのでしょうか。まず、根底には「目標」があります。子どもが何を学ぶのか、どんな資質・能力につなげたいのかを決めることによって教室のゲートを通すものを調整していきます。
他の要素としては、内容・方法・評価となると思います。内容としてゲートキーピングしていくのは、学習指導要領、教科書、方法としては一斉授業や個別学習といった学習形態、評価は振り返りをどのようにするのか、単元のどこでどう見取って授業を改善していくのか、といったことがあげられるでしょう。
では、実際の実践をもとに何をゲートキーピングしたのか、ゲートキーピングの決め手なる要素などについて考えてみます。
5年生単元「森林のはたらきとわたしたちの生活」
1.目標
5年生の「森林のはたらきとわたしたちの生活」についての学習ですが、学習指導要領では、知識・技能の目標として
〇森林は、その育成や保護に従事している人々の様々な工夫と努力により国土を保全し国民生活を守るために国や県などが様々な対策や事業を進めていることを理解すること
となっています。大きくは国土の自然環境を取り上げる学習なので、「森林」全体に焦点を当てる必要がありますが、教材研究の中で「林業」そのものに大きくスポットを当てたいと考えるようになりました。林業従事者が減少している大きな課題がある中でも、様々な取り組みがあり、課題があってもそれを乗り越えようとする人の営みがあるという社会の現実を子どもに見せていくことに価値があると考えました。教科書では、林業従事者が減っているという課題が投げかけられているだけでした。最新の社会の様子や社会のしくみや構造を理解することは社会科にとって大切だと思います。ですので、目標は
〇森林は、森林蓄積量が増えているにも関わらず林業従事者が減少しているなどの課題がある中、その育成や保護に従事している人々の様々な工夫と努力により国土を保全し国民生活を守るために国や県などが対策や事業を進めており、自分なりに今後の対策を考えることができるようになる。
としました。では、実際にゲートキーピングした単元を教科書と比較してみます。
ゲートキーピング(内容)
単元構想を教科書と比較すると(表1)のようになります。
森林の働きや森林資源の大切さは、1時間目の学習問題づくりの際に一気に扱いました。その大切な森林に人の手が入らないことで、土砂崩れといった災害が起こる可能性があることや放置することで森林を無駄にしてしまうという課題から学習問題につなげました。
第2時は教科書にあるような、植林、間伐といった林業従事者の森林の育成・保護の方法を学習します。
第3時の林業で働く人が減少している要因を考えるために、死傷年千人率(表2)やオーストリアと比較した低い労働生産性、木材輸入量が増えていること、国内産の木材の価格が下がっている事実を資料として用意しました。
第4時では、国の対策として、スマート林業、緑の雇用、新しい品種や早生樹の利用、木材からプラスチックの代用となる改質リグニンなどの技術開発を扱いました。
第5時では、間伐材から木糸という糸を開発した大阪の企業を取り上げました。木糸によってスリッパやマスク、バックや服などをつくることができ、抗菌効果も優れています。
ゲートキーピング(方法と評価)
2.方法
私が担任ではなかったのですが、この単元だけクラスをお借りしてやらせていただきました。そのため、通常の一斉授業の形態で実践しました。ただ、普段の子どもの様子や子どもについてわからない点が多いので、挙手の指名やグループでの活動などは難しかったです。対話的な学びの成立の難しい面も見られました。子どもの振り返りにコメントすることでつながりをつくろうと思っていました。
3.評価
担任ではないので、雰囲気をつくっていくのが難しく、子どもの様子もしっかりとした見取りも難しい面がありました。ですので、毎時間の振り返りで学びの状況を見取ることが中心でした。
第5時の振り返りには以下のようなものがありました。
〇わたしは、木糸がとてもいいと思った。なぜなら、環境にもいいからです。またスマート林業もいいと思いました。なぜなら楽になるから林業をやってもいいかなと思う人が増えるかもしれないからです。
〇林業を盛んにするためにいろんなことをしているなかで、私は特に早生樹に興味をもちました。ふつうより早く切って木材をたくさんとることができるから、林業がもっとさかんになると思ったからです。
〇私は最初は、人を増やすことだけだと思っていました。なぜなら人をいっぱい増やすだけでいいでしょ、と思っていたからです。だけど、学習が終わったら、人を増やすだけじゃだめだーと思いました。
森林を守る取り組みに興味・関心が高まっている記述を取り上げましたが、取り組み内容を理解するのが難しい子どももいました。しかし、森林を守る取り組み、特に地域である大阪の木糸には大変興味・関心が高まっていました。
ゲートを通す決め手
実践を振り返ると、ゲートキーピングをする決め手となったものには、
①自分の教育観・教科観
⇒社会科は最新の社会を取り上げたい
工夫や努力も情意面だけに偏らず、社会の仕組みや構造にも目を向けさせたい
うまくいっていないことも取り上げる
地域教材があれば活用したい
②子どもの実態と子どもとの関係
⇒担任している子どもではないので、わからない点も多い
⇒対話的な学びが成立しにくい面も見られたので、資料の提示を工夫し、一斉的な面の比重を多くする
③担任ではないという環境要因
⇒テストのこともあり、教科書の内容は網羅する必要がある。
時間数を延長することができない。
ただ、反省すべき点が多くありました。特に資料過多の面があり、子どもの活動が少なくなってしまったことは大きな反省でした。
このように自分のゲートキーピングを分析することで、自分の教育観・教科観などを自覚でき、今後の実践に活かすことができます。自覚するからこそ、調整・修正ができ、自分の幅が広がると思います。
金・河原(2018)は、生活科の学習において、教師の問題意識を含む教師の教育観,そしてそれに影響を及ぼす子ども,学校を取り巻く文脈,教科の特質をゲートキーピングの分析のフレーム にしています。また、草原(2012)は、高校の実践において、教師の教育観はもちろん,学校のICT環境,地域の教育水準,各学校における社会科を担当する教員の数,学校の地域的な特色などがゲートキーピングに影響することを明らかにしています。これらの要素も参考にして、ゲートキーピングを考えていきたいと思います。
関連リンク
参考資料
- スティーブン・J・ソーントソン著,渡部竜也・山田秀和・田中伸・堀田諭訳「教師のゲートキーピングー主体的な学習者を生む社会科カリキュラムに向けてー」春風社,2012
- 金 鍾成・河原洸亮「生活科の授業デザイン・実施における教師の役割に関する研究 : 単元『まちたんけん』における教師のゲートキーピングのケース・スタディー」『初等教育カリキュラム研究』第6号,pp.41- 50
- 草原和博(2012)「多文化的性格の地域を教師はどのように教えるか―社会科教師の意思決定の特質とその要件―」 『社会科教育研究』第116号,pp. 57-69
石元 周作(いしもと しゅうさく)
大阪市立野田小学校 教頭
ファシリテーションを生かした学級づくりと社会科教育に力を入れて実践してきました。
最近は、書籍からの学びをどう生かせるかや組織開発に興味があります。
統一性がない感じですが、子どもの成長のために日々精進したいと考えています。
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