2021.10.01
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今こそ注目すべきはキャリア教育~個別最適な学びが言われる時代だからこそ~

実はこれからの学校教育では改めてキャリア教育に注目するべきではないか。
29期の最後はこのテーマで執筆したいと思います。

立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任) 酒井 淳平

個別最適な学びを作るのは誰?

新学習指導要領に基づいた児童生徒の資質・能力の育成に向けて、ICTを最大限活用し、これまで以上に「個別最適な学び」と「協働的な学び」を一体的に充実することが大事と言われています。実際、令和3年3月31日には文部科学省より「『個別最適な学び』と『協働的な学び』の一体的な充実」が公表されました。

多様な生徒がいる中で、一人一人が自分の良さや可能性を認識しながら成長していくということを考えたときに、全員一律ではなく指導の個別化や学習の個性化を進めるということは一見悪くないように思います。また動画の授業を見ることが容易になっている時代だからこそ、多くの生徒が集まる学校では、異なる考え方が組み合わさり、より良い学びを生み出す協働的な学びが重要である。これもその通りだと思います。

しかし一見もっともなこれらの意見ですが、「何を個別最適化するのか?」「個別最適な学習内容を決めるのは誰か?」「そもそも生徒たちは協働してより良い学びを生み出したいと思えるような学びをしているのか?」。こうした問いを考えると、個別最適化や協働的な学びという言葉だけが一人歩きする危険性に気づきます。これからの時代に本当に必要な教育は何なのか、学校はどうあるべきか、今回はこのことについて考えたいと思います。

トークライブ「個別最適な学びとは何か?」から

2021年6月15日「『生徒の気づきと学び』を最大化するプロジェクト」の主催により、「個別最適な学びとは何か?」をテーマにしたトークライブが開催されました。最初の論点は「何を個別最適化するのか」でした。議論の中で個別最適化すべき対象は、学びのゴールなのか、それともプロセスなのか。さらにはゴールやプロセスは誰がどのように決めるのかを考える必要があることが指摘されました。その後パネリストの個別最適な学びの経験から、個別最適な学びには生徒の主体性が欠かせないということが共通認識となりました。こうした議論を受けて、広尾学園中学校・高等学校の堀内陽介先生は「生徒の主体性を引き出すために必要な学びへの動機づけは、多くの学校が挑戦中のテーマ」だと指摘します。この指摘は重要な視点だと思います。個別最適化というときに、多くの人はAI(人工知能)ドリルのように、生徒の学習状況を見て個々に必要な問題などを与えるという認識を持ちがちです。確かにそういう側面はあります。しかしそれが効果を発揮するのは、取り組む側が取り組む意義を分かり、自ら学ぼうとするときである。このきわめて当たり前であることが忘れられがちなのです。個別最適な学びを作るのは生徒である。このことを忘れてはいけないと思います。ベネッセ教育総合研究所の小村俊平氏は「生徒が自ら判断して個別最適な学びを作れる余白こそ重要ではないでしょうか」と締めくくられました。では生徒が自ら判断して個別最適な学びを作るのに必要なものは何でしょうか。

大事なのは出会いと原体験。キャリア教育を核とした学校づくりが今求められている。

生徒が主体性に動く、自ら判断して個別最適な学びを作る。もしかしたら新学習指導要領でブームのように扱われている探究的な学びもここに入れてもいいかもしれません。これらすべての言葉が成り立つために必要なのは「生徒が夢や目標、自分事となるテーマを持っている」ことです。これはどうすれば実現するでしょうか。

札幌新陽高校前校長の荒井優氏は「出会いと原体験」の必要性を言われます。札幌新陽高校では「本気で挑戦する人の母校」をキャッチフレーズにこれからの時代にふさわしい、出会いと原体験を大切にした新しい教育のあり方を推進されています。

人は人との出会いや自分に大きな影響を与えた体験(原体験)によって、夢や目標、自分事となるテーマを持てる。このことは多くの人が経験してきたことでしょう。「出会いと原体験」の大切さは時代に関係ない不易ともいえます。そしておそらく学校は出会いと原体験の場として大きな可能性を持つのではないかと思います。「キャリア教育」は出会いと原体験の機会になるものであり、出会いと原体験をふりかえり、自分の将来とつなぐものに他なりません。

学びはオンラインでもできるから学校は不要である。このようなことを言われるときがあります。しかし歴史は、学校のような他者と出会う場所の必要性を証明しています。たとえば江戸時代は、生まれた家で自分の将来が決まる身分制社会でした。身分制社会では、たとえば農家に生まれれば、自分の将来は農民と決まり、将来どのような力が必要になるのかは幼いころから明らかになります。そんな時代でも、子どもを一人前に育てるのは家庭だけでは不十分で、村全体で子どもを育て、若者組のような場で集団生活をしながら村の機能の一部を担い、子どもたちは一人前になっていきました。人は他者とのかかわりによって一人前になっていく。こう考えると、商人や職人の世界での丁稚奉公や徒弟制が存在した理由も分かります。

今は自分の将来を自分で決める可能性がある社会です。確かにオンラインで一人で個別最適な学びを進めることも可能になっている時代です。しかし自分の人生を自分で切り拓くためにも、自分の夢や目標を持つためにも、他者との出会いや自分に大きな影響を与える原体験は重要です。そしてそれができるのは学校であり、キャリア教育である。このことは忘れてはいけないと思います。

キャリア教育はキャリアパスポート、職業体験などのキーワードのみでとらえられがちで、職業からの逆算で進路を決めさせる指導という誤解もまだあるように思います。しかし、生き方を考える、学ぶ意味を考える、こうしたことこそがキャリア教育が一番大事にしていることです。そして新学習指導要領でキャリア教育が原体験になる可能性が高い特別活動(学校行事やホームルーム活動など)に位置づいたことも、実はキャリア教育こそが、これからの時代のコアであることを示しています。探究的な学びで、長い時間取り組む自分のテーマを決めるのも、キャリア教育に他ならないでしょう。そもそも学びに向かう力はこれまでもキャリア教育で重視して取り組んできたことで、それが学習指導要領に位置づけられたのが新学習指導要領です。この時代だからこそ、キャリア教育が大事でキャリア教育に改めて注目するべきである。29期はこの言葉で終わりたいと思います。お読みいただきありがとうございました。

酒井 淳平(さかい じゅんぺい)

立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任)
文科省から研究開発学校とWWLの指定を受けて、探究のカリキュラム作りに取り組んでいます。
キャリア教育と探究を核にしたカリキュラム作りに挑戦中です。

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