2021.07.21
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我が師の恩~富良野塾篇(上)~(2)

これまでたくさんの先生に出会って、様々な教えを受けてきました。そんな私にとって、「先生」という言葉を単独で使う時には、ただ一人の先生のことを意味します。今回は、その特別な「先生」と出会った場所で、自分がどのような教えを受けたのかを紹介したいと思います。

尼崎市立立花南小学校 主幹教諭  富良野塾15期生。青年海外協力隊平成20年度1次隊(ミクロネシア連邦)。 山川 和宏

富良野塾の生活

大阪駅から寝台特急「トワイライトエクスプレス」に揺られて北海道の富良野にたどり着いたのは、23歳の春でした。丸一日がかりの旅でした。
富良野駅に降り立つと、先輩の塾生が2人迎えに来てくれていました。そのままアサミツという作業着の販売店で、長靴・合羽・ヤッケ・軍手・ゴム張り手袋などを先輩に云われるまま購入し、車で30分程かけて山間の塾の敷地に入った頃には、昼食時が過ぎていました。そのままお昼ご飯をいただいたのですが、人見知りの激しい私は「お茶をください。」の一言が云えず、危うくご飯をのどに詰まらせそうになってしまいました。
そして、いざ入塾式の日。その日は、富良野塾で「原始の日」と呼ばれていました。電気・ガス・水道などといった文明の利器に頼ることなく、一人につき一羽与えられた鶏をさばいて料理し、一夜を過ごすのです。ここでは、誰かがしてくれていることをあたりまえにやり過ごすのではなく、全て自分自身がやってみるということを大切にしているのだと思い知らされる一日になりました。
次の日、「室(むろ)」の掘り起こしという作業がありました。「室」というのは、地面に穴を掘ってじゃがいもなどの野菜を越冬させる貯蔵庫のようなものです。これが大変な作業でした。大きなスコップを手に地面を掘るのですが、「室」の場所が良くなかったのか、地面の下には雪解け水がたまっていてびしょびしょになります。泥水にまみれて背丈ほどの深さまで地面を掘り進めた頃には、倒れそうになりました。これからこんなキツイ作業を毎日やらないといけないのかと思うと絶望しそうになりました。
農作業も始まりました。農作業は、農家さんに出向いて行って、北海道の方言で「出面さん」と呼ばれている日雇いのおばさんたちと一緒に、草取りをしたり、間引きをしたりします。北海道の畑は絶望的に広く、実働8時間の労働を終える頃には毎日くたくたになっていました。
そしてようやく悟るのです。ここで必要とされる力は、これまでの都会での暮らしとはおよそ別の物であるということに。地面に這いつくばり、土にまみれ、ひたすら労働に汗を流す。そんな毎日を過ごすことで、地に足のついた生き方を叩きこまれたような気がします。
数少ない息抜きとなる休日は、2か月に3回のペースで与えられます。週休2日に慣れてしまっている今から考えるとよく体力が続いたなと思うのですが、めったにない休日だからこそ、その1日をめちゃくちゃ満喫するために全身全霊をあげていたことを懐かしく思い出します。
季節によって変わっていくのですが、富良野塾での暮らしはそんな感じで始まったのです。

富良野塾の講義

夜には「先生」の講義を受けることができました。
講義は、役者志望の塾生が「先生」の作品の中から一つのシーンを選んで演技し、「先生」がその演技を指導するという形で進められます。その中で、本当に様々なことを教えていただきました。

①「頭が上がらない人を3人持て。」
どんなに偉くなっても、お山の大将にならず、絶対的に頭が上がらない尊敬する人物を3人持つようにしなさい。それが人間に奥行きを与えるのだ……という話を任侠映画に登場する高倉健さんを例に教えていただきました。

②「大嘘をつけ。小嘘はつくな。」
ドラマ創りは大きな嘘をつくことであるが、そこに小さな嘘を重ねるとリアリティがなくなる。北海道を舞台にするなら北海道の人がリアルに感じられるドラマを、病院を舞台にするなら病院で働く人たちが自分たちのドラマと感じられるリアリティを創り出さなければならない。職業に対するイメージで人物を描くのではなく、人間をきちんと描け。そのために、まず登場人物の履歴書をつくれ。

③「質問をしろ。」
講義を受け身で聴いているだけじゃなく、もっと質問してきなさい。質問せずに座って聴いているだけなら講義を開く意味がない。

④「根っ子を大切にしなさい。」
木は地上に現れている幹や枝、葉と同じくらいの大きさの根を地面に張っている。しかし、それは見えない。ドラマ創りも同じだ。目に見える部分を支える根っ子を大切にしなさい。……他にも、海面から隠れている氷山を例にされることもありました。

⑤「歯を磨きなさい。」
芝居の前や講義の前には、歯を磨きなさい。

⑥「人に愛されたければ、まず自分が愛しちゃうことだ。」
時には、恋愛論についても教えていただきました。

⑦「俺たちの仕事は、心の洗濯屋だ。」
観た人がいい顔をして帰っていくような芝居を創るために全身全霊を捧げなければならない。

⑧「初めから山の頂上を見るな。」
富士山に登るなら駿河湾からスタートするという心構えが必要。ホントのはじまりから地道に一歩ずつ登って行くという姿勢が大事なのに、君たちは車で何合目かまで行ってラクに山の頂上に登ろうとする。それは大きな間違いだ。

⑨「生活必需品とは?」
生活必需品とは何だ?塾で生活していると、都会で生きる若者たちとはその捉え方が大きく変わってくる。お金なんて、山の中では火をおこすための紙切れとしてしか価値がない。石油と水のどっちが大事かを考えよ。

⑩「批評家になるな。」
川の対岸で見ていると簡単にできそうなことも、実際に川を泳いで渡って行くと下流に流されて行って、同じ立ち位置にすら立てない。簡単そうに見えても、創り手になってみれば、決して簡単なことなどないのだ。創り手であろうとする人間は、無責任に人を批評することは厳に慎まなければならない。

⑤「歯を磨きなさい。」については、「先生」に直接教えていただいたのか、先輩に教えてもらったのか曖昧なのですが、どの教えについても今も大切に心に刻んでいます。
ただ、③「質問をしろ。」については、何か質問することで「先生」に自分の浅はかさをさらけ出すことになりそうで、なかなか勇気を出して質問することができませんでした。これは今も自分にとっての課題です。「先生」の教えについては、次回も紹介していきたいと思います。

講義が終わると0時を回っています。「先生」がレンジローバーに乗って、塾の敷地を去っていく時に、塾生みんなで腹の底から「お・や・す・み・な・さーい!!」と声を張り上げました。谷に響いたその声がとても懐かしいです。(つづく)

山川 和宏(やまかわ かずひろ)

尼崎市立立花南小学校 主幹教諭
富良野塾15期生。青年海外協力隊平成20年度1次隊(ミクロネシア連邦)。
テレビ番組制作の仕事を経て、小学校教師になりました。以来、子どもたちと演劇を制作し、年に2回ほど発表会を行っています。

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