2021.03.09
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日本語補習校だから学べる「社会科」(とクロスカリキュラム)

ユタの補習校は、他の補習校とちょっと違います。小学部では国語と算数を学習しますが、中学部では国語と社会科を学びます。たいていの補習校では国語と数学が基本科目なので「なぜ数学をしないんですか」とよく訊かれます。大規模校では主要4~5科目を学ぶようですが、小中規模校で授業時間数の少ない補習校では数学が優先されるのが一般的です。しかしユタでは、中学部設立時に運営と教務で検討し「日本への理解を深めるには社会科」という結論に至りました。

ユタ日本語補習校 小学部担任 小学部主事 笠井 縁

6年生でも社会科を

小学部ではしばらくそのまま国語・算数のみを教えていたのですが、昨年度の6年生は毎週小学生向けの新聞から1つの記事を選び、要約と感想を書いてもらう「ニュースでエッセイ」という取り組みで、現代日本の社会の動きに触れてもらえたらと試みました。

今年度はまた別の試みとして、小6社会科の歴史を取り入れました。中学部の先生から「アメリカで生まれ育った子たちは日本の歴史を知らない。中学部でいきなり学習しても難しい語句も多いし、小学部で少しだけでも歴史に触れてもらえたら中学部での理解度も深まると思う」という話を聞いたからです。

授業時間は土曜の午前3時間と決まっていて、国語も算数も授業時間はそんなに省けませんから、基本は家庭学習として社会科の教科書を読んでもらい、学級通信にその内容に関する問いを載せておいて記入、提出。朝の会で児童のコメントを元にクラスで話し合うという流れです。その分、算数の計算練習など現地校でも経験するようなものは家庭学習から省きました。

結ぶ:歴史と自分を、全ての教科を

問いは、ただ主要な歴史的出来事をなぞるだけではなく、なるべく今の自分と結びつけてもらえるようなものを考えました。例えば戦国時代で昔の地名が出てくる時は「日本の祖父母はどの地方に住んでいますか。それは今では何県(都道府県)ですか」など地理も少し意識しながら。

補習校の面白い所は、日本の様々な地方出身の家庭が混じっているという点です。戦国時代によく出てくる近畿地方出身の児童もいれば、沖縄に実家がある子もいます。

先日は太平洋戦争で空襲を受けた場所を示す日本地図で、日本の実家は空襲を受けたかどうか確認してみました。
また戦時中の子どもたちの生活の写真が載っていたので、食料の配給制、工場での労働、学校での軍事訓練、集団疎開の4つの中から「絶対に嫌で我慢できないこと」と「これだったら我慢して協力してもいい」を一つずつ選び、その理由も含めて話し合いました。また沖縄の地上戦では、県民60万人のうち12万人が亡くなったという事は割合は何%で、それは何人に1人という事か計算してもらい、5人に1人、つまり10人のこのクラスの内、2人が亡くなったと気付くと「えっ」と小さな声をもらす子もいました。

国語と社会科だけではなく、上記のように算数も取り入れながら児童と一緒にやってみて、私自身もすっかりクロスカリキュラム(科目横断的指導)の面白さと効果の虜になりました。

国語で「鳥獣戯画」や古典芸能を扱う時や宮沢賢治や福澤諭吉の作品に触れる時など、今までは時代背景がぼんやりしていましたが、今年は子どもたちも大枠や流れは知っているので、少し補足したり社会科での要点を思い出させるだけで時代の雰囲気が伝わります。グラフや表の読み取りも、時々社会科の教科書に登場します。算数の拡大図と縮小図では伊能忠敬の偉業にも触れられました。

結ぶ:日本とアメリカを

特にアメリカと日本で暮らす子どもたちにとって、歴史教育は重要だと以前から考えていました。現地の中学校や高校で歴史を学ぶ時、どうあっても太平洋戦争と真珠湾攻撃は避けられません。この多感な時期に、日本に(または日本にも)ルーツのある子どもたちは、アメリカ側の歴史しか知らない現地の同級生のからかいの対象になる場合もあると聞きます。また、たとえ周囲に悪意がなくても、自分自身が歴史をよく知らなければ漠然とした罪悪感や不安を抱える可能性もあります。

でも両方の視点からの歴史を知っていれば、不用意に不快な思いを抱くことを避けられるだけではなく、アメリカの教育現場においても、むしろアメリカ人教員や他の生徒の歴史観に違う視点を与えられる存在にも成りうるのです。

これは、保護者の駐在期間を経て日本に帰国する子どもたちにも同じ事が言えます。2学期に原爆ドーム保存の説明文に絡めて「平和と戦争」というテーマで太平洋戦争について話し合った際には、アメリカ人の大学生(日本語学部生)にゲストとして参加してもらいましたが、彼はユタ州に日系人の強制収容所があったことをほとんど知らなかったと発言してくれました。自分の国の歴史を全て学校で習う訳ではないという気付きがあり、歴史は被害者と加害者と言う視点よりも、どうしてそうなったのか、またこれからどうしていったらいいのか、という考え方へつなげていくという風に視野を広げる所までたどり着けたように思います。

大人になったら……

週に1回の補習校での学習は時間の制約に追われ、表面的になりがちです。だからこそ何のための学習かを明確にし、それに合わせて要点(補習校でしか学べないこと)を絞りこみ、現地校でも学べる内容は思い切って省くという作業も不可欠です。

また小6で歴史をサラッと扱ったとしても、その全てを克明に覚えている訳ではないでしょう。高校まで日本の公立校で学んだ私でさえ、それほど深く歴史を学び取っていたとは言えませんし、他の教科でも実際それは同じです。しかし様々な言葉や概念に義務教育の間に触れていたからこそ、大人になってから自分の経験とそれらを結び付け学び続けることができます。そしてそれはとても楽しいのです。子どもたちにも伝えます。「先生が子どもの頃『なんでこんなのやってるのかなぁ』って思いながら勉強してたけど、今は面白くてしょうがない。君たちも大人になったらわかる……かもよ?」

教科同士を結び付け、自分と学校での学習を結び付け、その上さらに日本とアメリカを結び付けられるような人たちが、この小さな町でも育っています。

笠井 縁(かさい ゆかり)

ユタ日本語補習校 小学部担任 小学部主事


アメリカの小さな補習校で多文化の中で成長する子どもたちと一緒に学んでいます。アメリカの現地小学校でも非常勤で子どもたちと接し、日本との違いに驚くこともありますが、子どもたちの学びの過程には共通する部分も多いのではないかと思っています。

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