2019.07.24
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意外と知らない高校生の就職事情

文部科学省の『平成30年3月高等学校卒業者の就職状況に関する調査について』(平成30年3月)によると,国立、公立、私立の高等学校(全日制・定時制)の高校生卒業者 1,061,494人のうち,就職希望者は 187,715人です。また、同資料によると、高校生の就職率は98.1%と情報が出ていたりするのを目にしますが,この数字には注意が必要です。

兵庫県立兵庫工業高等学校 学校心理士 教諭 藤井 三和子

高校生を取り巻く就職事情

就職希望者の就職率では毎年95%を超える高い数字が掲げられているかと思いますが,その数字が意味するところをよく理解しておく必要があります。この数字は,就職を希望している生徒のうちで,就職を実際にした(する)生徒のパーセンテージとなります。ここで、『学校基本調査』(平成30年 文部科学省)をもとに,高校生全般を考えてみます。全高等学校卒業者数(全日制・定時制合計)のうち、
 ①大学・短大に入学する生徒は54.7%  
 ②専門学校に進学する生徒は16.0%  
 ③就職する生徒は17.6% (就職生には大学・短大・専門学校に進学した者のうち就職している者を含む)
 
 以上のようになっています。7割以上は大学・短大・専門学校などに進学し、就職者は全体の2割程度です。

高校生の就職はどうやって決まるか?

さて,高校生はどのようにして,就職をきめているのでしょうか?これは,実際に経験していないとわかりにくいことが多いです。例えば,学校の教員というのは,大学・短大を出て教員免許を取得し教員となっているので,企業への就職活動の経験のない者がほとんどです。企業への就職と教員への就職は異なるため,公立学校に勤める教員にとっては企業の求人票に対して,なじみのない者のほうが多いでしょう。

私自身も現在の勤務校に異動してきてほぼ,初めて就職指導を経験しました。ほぼと言ったのは,過去に数名就職した生徒を担任したことがあったからですが,学校をあげての,大きな流れを経験したのは現任校が初めてです。経験してみて,これは生徒のキャリアを一緒に考えていくことができ,生徒の成長のまさに“成長点”に触れることができるとてもやりがいのあることで,奥が深いことであると感じました。しかし,時間が限られており,流れを理解していないと難しいですし,生徒の人生を左右しかねない一大事であるのでとても神経をつかいます。
 
では,どのような過程を経て,進められるかを見ていきましょう。まず,勤務校は100年を越える伝統ある県立工業高等学校です。専門学科が建築科・電気工学科・情報技術科など,8科あります。カリキュラムも異なるため,8校の学校が一つの学校の中にあると表現されたりしますが,学校としては,1つの学校としての一体感が強いです。

ステップ0:1,2年生時の取り組み

どの高等学校でもあるように,講演会や進路を考える時間を設定し,企業や働くことに関しての知識を増やしていきます。保護者も含めて情報を提供し考えてもらいます。2年生では全員が1週間企業でのインターンシップを経験します。

インターンシップ実施に際しては,実施前のアポイントを取った後の企業訪問・実施後のお礼状の作成と送付など就職活動を意識した活動&指導が行われます。お礼状など手書きでの手紙を書くことは今の高校生にとって難易度は非常に高いです。小学校・中学校でも先生に年賀状や暑中見舞いを出す課題があり,書いたことはあると思うのですが,なかなか指導に時間がかかります。

ステップ1:3年生 7月1日~ 求人票 受付開始

高校生の就職に関しては,職業安定法に基づき,高等学校への求人は職業安定所で確認を受けた求人票を用います。つまり,生徒たちは職業安定所(ハローワーク)を通した会社と学校を通してやり取りを行います。学校と職業安定所を介することは生徒を守ることでもあります。

<求人票とは?ー指定校求人と公開求人>

求人用には指定校求人と公開求人の2通りがあります。指定校求人とは企業から直接,この学校から採用したいと学校に送られる求人です。学校で選ばれたからといって無条件で採用されるわけではありませんが,倍率は低くなります。指定校求人の中にも科指定というものもあります。勤務校の中には,8科あるので,学んでいることも科によって大きく違います。職種も科によって目指すところは違うので,企業も科を選んで求人票を送ってくるところもありますし,全科指定という,どの科でも応募できるものもあります。ほとんどの生徒は,この指定校求人で就職をします。

その理由は,公開求人は全国だれでも応募できるので倍率が高くなるかもしれないこと。また、求人票も郵送されてくるのみで情報が乏しく、企業の様子が分かりにくいこともあり,過去に卒業生が就職している指定校求人の企業を選ぶことが多いです。 
企業の採用担当者は高校をまわって人材探しをします。高等学校の進路指導担当者も企業をまわって,自校の生徒を採用してくれる企業を探します。

かつて,普通科高等学校に勤務していたころ,「普通科には求人はこないよ」という表現を耳にしていました。普通科高校の生徒には工業高校や商業高校のような就職先はないという意味でした。しかし,それは意味することが違うのだということが,勤務校でわかってきました。
「求人」というのはつまり,生徒がどの企業に入社のチャンスがあるかということです。これは,企業の担当者が配ってくれるものではありません。高等学校の就職担当者が,企業を訪問し,どんな生徒がいるかを説明し,企業との信頼関係を構築し,築き上げて獲得しているものなのです。学校サイドがどんな教育を行い,どんな生徒を育成しようとしているかを企業に示し,見ていただく機会も設けています(インターンシップの報告会など)。そして,企業もこの学校の生徒ならと感じていただき,信頼関係の上で求人票を出してくださるのです。だから前述の「普通科には求人はこないよ」というのは違うのです。ただ,多くの生徒が就職するという前提条件があるからこそ,就職担当教員の奮闘は実を結ぶという点もありますが。

スッテプ2:求人票から自分が行きたい企業を探す

指定校求人でも数が膨大になります(私の勤務校で昨年は697社)。その上,前年度にきた求人が今年度も同じ条件で来るとも限りません。実際,前年度の求人を見て行きたい企業を考えていたのに,結局その企業からの求人が来ずに別の求人を探すということもあります。ですので,職種を絞っておくことはできますが,どの企業にするかは決められず,いくつも選択肢を作っておく必要があります。担任は,過去の卒業生がどんな企業に就職しているかを手掛かりに,学校内の就職担当者と連絡を取り,どんな企業があるかの情報をもらい,求人票や企業のホームページをみながら,情報を集めます。多くの企業の採用担当者と話をしている学校サイドの就職担当者は様々な情報を持っています。その情報を共有し,生徒にも情報を伝えていきます。生徒やその家族が求人票の情報だけで,その膨大な数から自分にあった企業を探すのは並大抵のことではありません。彼らは,自分のこれからのキャリアを考え,どんな人生を送っていくのか,彼らなりに考えます。それに寄り添い,的確な助言をしながら,選択の時に立ち会えるのは,教師としてやりがいのあることだと思いました。それまでの,学習や生活面でなかなかこっちを向いてくれない生徒でも,自分の人生ですから,投げやりには決められません。ふっと真剣に考える瞬間をつかんで,引っ張り上げる。「ここにする!」と選択できた笑顔に出会えることは教師にしか味わえないことです。

ステップ3 応募先企業決定&履歴書作成

応募したい企業が決まってくると,多くの企業が事前見学を受け付けてくれます。事前見学をしていないと応募できない企業もあるので,注意が必要です。事前見学は7月末から8月中という企業が多いです。学校を通して見学申し込みをします。見学日はあらかじめ決まっている企業が多いので,早く応募したい企業を決めなければいけません。求人票の受付が7月1日からなので,短期間でどの企業に応募したいかを決めなければならず,本人にとっても,家族にとっても大変なことです。教師としては,できるだけ情報を渡して,彼らが自分で考えることができるような条件をそろえてあげることを心がけます。自分の中で応募したい企業が決まっても,校内選考で,校内での定員より多ければ選考で漏れて,別の企業を探すことになります。

いわゆる高校生の就職試験は取り決めで,兵庫県では10月31日までは一人一社しか応募できません。しかし,これによって多くの生徒に機会が増えるという面もあります。

<苦労の連続の履歴書作成>

並行して行う作業に履歴書作成があります。手書きのボールペンでの作成です。履歴書は近畿高等学校統一用紙というもので,書式が決まっており,書く内容・スペースなどが決まっています。ですので,書く内容はそれほどありませんが,自筆で誤字脱字なく,バランスよく丁寧に書くということの難易度は生徒にとって非常に高いです。一回で合格ということはまずありえません。

担任から学年主任,進路担当,管理職と多くの教員の目で確認し,内容を吟味し,2週間ほどかけて完成させます。最初に書いたものと完成した履歴書とは格段の差が出ます。彼らも大事な作業であることは理解しており,必死に取り組み,完成した履歴書をそれは大事に扱っていました。
字を書くということ自体最近では少なくなってきており,高校生にとっては,一度書いたものを何度も却下され,修正を迫られる経験は大変ですが,貴重な経験であると思います。達成感も大きいものになります。高校で学校を通しての就職活動をした生徒は,似たような経験をしており,辛抱強く,努力するということを経験して内定を手に入れているのです。

ステップ4 面接練習&入社試験受験

選考試験開始日は取り決めにより,9月16日となっています。勤務予定地が関西であっても,東京本社で選考試験があるところもあり,宿泊の伴う選考試験もあります。東京での選考試験だった生徒は,宿泊ホテルを会社が用意して,交通費も支給されており,ある企業は新幹線のチケットが学校に送られてきました。生徒のモチベーションは当然上がります。

面接の練習は8月末から,教員全体で指導を行います。また,夏休みには,高校のOB・OGによる指導もしていただき,本番に臨みます。

ステップ5 選考結果発表&お礼状送付

企業によって,選考結果の連絡時期は異なりますが,学校に連絡が来ます。合格だった生徒は,すぐに人事担当者にお礼状を書きます。これも,また手書きなので指導に時間がかかります。封筒のあて名書きも高校生には未知のことです。

ステップ6 内定式&入社案内

時期は企業によって異なりますが,内定式の案内も学校を通して生徒に連絡します。その後は,入社までにしておくべき課題が出たり,英語の通信教育を受けさせてもらったりする企業もありました。企業での制服や実習着のサイズの確認などのやり取りをして,入社に備えます。自動車運転免許の取得も望ましいという形で要望のある企業もあり,3月末までに準備をすることもあります。ただ,誕生日の関係で,免許が取れない生徒もおり,そういう場合は,対応してもらえます。

そして,4月の入社式の後は,ほとんどの企業がそのまま研修に入ります。

以上のようなステップをふみ,高校生は就職という関門を突破していきます。学校を通しての一連の過程は,時間もかかり,しんどい部分が多いですが,学校と企業が持つ関係の中で,送りだしていきます。しんどさや手間は生徒を守ることでもあります。
この7月初めに,求人票を上司と一緒に,今年3月卒業した卒業生がスーツ姿で来校しました。わずか数か月ですが,企業人としての雰囲気を出し,名刺をもって挨拶に来てくれた姿にいろいろな思いがこみ上げます。

今回は高校生の就職事情を書かせていただきました。今,この時期,就職希望の高校生は,ステップ3の真っただ中にいます。自身のキャリアを考えて,納得のいく就職活動を突き進んでいってくれることを望まずにはいられません。

がんばれ!!高校生!君たちの人生はこれから始まる!

藤井 三和子(ふじい さわこ)

兵庫県立兵庫工業高等学校 学校心理士 教諭
兵庫教育大学大学院 学校教育研究科 専門職学位課程 教育実践高度化専攻 グローバル化推進教育リーダーコース 在籍
生徒の心の成長を促す存在でありたいと,教育の力を信じて,工業高校で英語を教えています。大学院での学びと学校現場での実践で感じたことを紹介していきたいと思っています。

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