2019.04.18
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教育の力を信じる!

新年度に当たり,これまでをふりかえり,新学期にかける思いを書きたいと思います。学校への様々な思いがあります。私たちはどのような思いをもって子どもたちに接するべきでしょうか。

兵庫県立兵庫工業高等学校 学校心理士 教諭 藤井 三和子

1.「教育」ってなんでしょうか? 教師にとっての大切な「問い」

このたび,執筆させていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします。
「今ここ」からの実践を考える前に,昨年4月に考えていたことから振り返りたいと思います。

『~中略・・さて、教育について多くの議論がなされ、様々な提案や展望が出されています。そもそも教育とは何でしょうか? 子どもの教育という視点で考えると、心を育て、人との関わりの中で人を成長させることであると考えております。

また、近年、科学技術の進歩に伴い、AIによって、人間の仕事が奪われるということが危惧されています。しかし、進化する科学技術を恐れず、使いこなす力量を、私たち教育に携わる者は身に付けなければなりません。そこには学び続け、現実に真摯に向き合う姿勢が必要です。大学院生活の中で、問題意識を探求し、自らのこれまでの教育活動を検証し、時代に合った必要なものを取り入れていく「しなやかさ」と、これまでの日本の教育が継承してきた大切なものを融合し、教育の実践者として、精進していきます。

ふたたび、教育とはなんでしょうか? 熊本大学の苫野一徳准教授は、その答えとして、著書「教育の力」の中で、「自由の相互承認」の感度を上げることだと述べています。人の「自由」に生きたいという思いがぶつかり合わないために、お互いを認め合う術を学ぶことが大切であるのだと理解いたしました。

様々な領域でグローバル化が進む現在、私たち、教育に携わる者も、子どもたちも、様々な他者と向き合うことになるでしょう。他者とどのように向き合い、自己をどのように成長させていくかを学び、伝えることが私たちに求められているのではないでしょうか。大学院での学びの中で、大いに思考し、教育の現場に貢献できるよう努力してまいります。』

これは,1年前,大学院の入学式で読ませていただいた,いわば,決意文のようなものの一部です。「教育とはなんでしょうか」ということをあらためて考えながらの1年間でした。

2.心に突き刺ささる思い

長年教員をしていると,年度末には卒業の別れがあります。卒業式は何度も経験しまが,何度経験しても,新たな感動・感慨のある行事です。これまでで,心に突き刺さった経験を皆さんと共有できればと思います。

ある年の卒業式は2月末に行われたのですが,当日が入試と重なっている者が数名がおり,3月初めに校長室でその生徒たちの卒業証書授与式を行いました。私のクラスのA君もその一人でした。数名のためのものですので,簡略化したものでしたが,せっかくなので,生徒に一言「感謝の言葉」を述べてもらうということになり,その旨連絡するように担任への指示がありました。感謝の言葉を用意しておくようにと強要するのは個人的に言いにくいと思いながら,そのような場をもうけていただいたことへの感謝をさらっと言ったらいいよ。前の人にならったことを言ったらいいよと発言の機会があることを伝えるにとどめていました。

式が始まり,A君の前の生徒たちはそつのないお礼の言葉を述べ,彼の番になりました。彼は「この場を借りて,進路のことで熱心に相談にのって考えてくれた担任の先生にお礼を言いたいです。どうもありがとうございました。」と私のほうへ体の向きをかえ,深々とお辞儀をしました。そしてそれだけ言って終わりました。A君はとても優秀な生徒です。そのような場で全体に配慮した言動ができる生徒です。しかし彼は私にだけお礼を言うという選択をしました。

就職を選択する生徒が大半の学校で,学校行事などもそれに合わせて組まれていました。その中で,推薦入試やセンター試験を受験し,個別試験にまで臨むことは孤独なことだったことは想像に難くありません。全体としてできないことを担任として,カバーしていきたいと行動していましたが,局所的な関わりしかできず,何より彼に結果を残させてあげることはできませんでした。私に対して,不信感を持っているだろうなあ。反感を持っているだろうなあ。とその時まで思っていました。校長室でA君の言葉を聞いてほっとしたものの,彼の言葉と視線は私の心に突き刺さりました。

3.そのやり方大丈夫でしょうか? ―指導を俯瞰する―

進学の指導でも就職の指導でも教師として生徒とのかかわりは彼らの進路選択に関わることであり,まさに彼らの成長点に触れることができる瞬間です。私たち教師は,自分の言葉を吟味し,一瞬一瞬に配慮した行動が求められます。一人一人の教師の関わりが学校全体で大きな網の目になって生徒を包み込むような指導をしていきたい。そういう関わりができれば,生徒は学校の中で教師一人ひとりを「点」としてみることはなくなるのではないでしょうか。

かつて教員になりたての頃,先輩の教員に様々な助言をしていただいた中で,「教師は親とは違うのよ」という言葉をいただいたことを覚えています。教育のプロとしての実践をしなければならないという文脈だったと記憶しています。今,当時の先輩方と同じような年齢に達して,付け加えたいことが一つあります。教師は保護者とは違う視点で子どもたちを見ます。しかしその視点に,「わが子に対しても同じ指導ができるか」という物差しが絶対に必要であると思うのです。

新学期が始まりました。私たち教員が生徒たちを見ているのと同じように,生徒たちも私たちを見ています。皆さん,ともに頑張りましょう。

藤井 三和子(ふじい さわこ)

兵庫県立兵庫工業高等学校 学校心理士 教諭
兵庫教育大学大学院 学校教育研究科 専門職学位課程 教育実践高度化専攻 グローバル化推進教育リーダーコース 在籍
生徒の心の成長を促す存在でありたいと,教育の力を信じて,工業高校で英語を教えています。大学院での学びと学校現場での実践で感じたことを紹介していきたいと思っています。

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