2017.09.14
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今こそ教育現場に必要なパラダイムシフト

立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任) 酒井 淳平

今の教育現場に必要なのはパラダイムシフト
ではないか。このことを強く感じます。
大学入試の改革も、学習指導要領の改訂も
根っこの部分の改革がなければ小手先のものに
なるように思えてなりません。

これまで学びの場.comでキャリア教育や数学教育
のことを中心に多くの原稿を書かせていただきました。
連載は今回でラストになります。最後は今こそ教育
現場に必要だと思う、パラダイムシフトについて
書きたいと思います。

お客様から脱却することの大切さ

最近、各学校でかなり丁寧な教育が実施される
ようになっています。自分が生徒・学生だったとき
と比べても、特に高校や大学ではびっくりするほど
きめ細やかで丁寧な教育がされているように思い
ます。教材も良くなり、いろいろなプログラムも用意
されています。これは悪いことではありません。
生徒たちにとって与えられているチャンスは
間違いなく増えています。
しかしその一方で、多くのものを与えすぎ、
生徒(学生)がより受け身になってしまっている。
そういう傾向も否定できません。

今こそ必要なパラダイムシフト、
それは生徒(学生)たちをお客さまから脱却させて、
生産者にすることだと思います。

お客様はサービスや商品を受け取る側の人、
生産者はサービスや商品を提供する側の人です。
一人前の大人になって社会的・経済的に自立
するとは、生産者になることにほかなりません。
働いて生産者になり誰かに価値を提供するから
給料がもらえます。学校教育は一人前の人を
育てることが大切ですが、一人前の人とは自立
した社会人、これは生産者にほかなりません。
こう考えると、生徒をいつまでもお客さまにして
おくことは学校と社会をより不連続にしている
ように思えてなりません。

たとえばキャリア教育として、進学する学部を
考えるというテーマで、いろいろな学部の魅力を
生徒に伝えるときがあります。しかしそれは一歩
間違うと、生徒たちがショッピングでほしい服を
選ぶような感覚で学部を選ぶことにつながりかね
ません。学ぶことは何かを創り出すことであり、
その過程は楽しいことばかりではありません。
これはどの学部に進んでも言えることです。
学部の魅力を伝えるのと同時に、自分の学部
選択をプラスできるかどうかは自分次第、
自分の選択が正しかったと思えるような大学
生活を自ら創っていくことが大切ということも
伝える必要があるでしょう。職業選びも同じです。
適職を探しても答えはありません、むしろ選んだ
仕事を適職にする力こそが大切で、これこそが
生産者のマインドなのです。
私たちは教育の名のもとに生徒に与えすぎ、
生徒たちをお客様にしてしまってはいないでしょうか。

問われているのは教師かもしれない

変化が激しく正解のない時代、先行き不透明な
時代ということが言われます。たしかにその通り
です。そんなこともあり、「正解のない時代に
キャリアを語るのは難しい」という先生もおられ
ます。それは本音かもしれません。しかし、そもそも
キャリアは子どもたちに語るものでしょうか。

学習指導要領改訂を控え、大学入試が変わろう
としています。今回の大学入試改革は、明治に
始まった近代工業化の下での学校制度以来の
改革とも言われます。
こうした状況でいろいろな先生がいることは事実です。
より良い教育を創りだそうと学び続け、その成果
を現場で試行錯誤しながら実践を続ける先生。
出された指導要領について評論や批判ばかり
する先生。もっといい指導要領がほしいといい
ものが与えられるのを待っている先生。
どの先生がお客さまで、どの先生が生産者なのか、
それは言うまでもないでしょう。

変化が激しく正解のない時代だからこそ、おそらく
教師自身が自身のあり方を問われているのでしょう。
自らが生きている教育という分野で、自らよりよい
教育を創りだす生産者になるのか、お客様や
評論家になるのか。それは教師としての生き方・
あり方そのものです。

歴史をさかのぼると、日本は世界に誇るべき
学校教育を創ってきました。今でも「授業研究」
は世界から注目を集めています。このように
日本の教師には生産者として教育を創ってきた
歴史があります。今の時代は間違いなく昔より
便利で、教員に与えられるものも多くなっています。
教科書や参考書も進化し、クリックするだけで
演習プリントが作れるソフトもほとんどの学校
にあります。その環境はすばらしいことですが、
私たちはその中で教育ということについても
お客様になってしまってはいないでしょうか。

「親の背を見て子は育つ」といいます。生徒たち
は大人たちを見て育ちます。教員や大人たちが
生産者として生きている姿を見せることは、どんな
立派なキャリア教育のプログラムよりも生徒を
生産者にするのではないか、そんなことを感じ
たりします。正解のない時代です。
教師がキャリアを語ろうとするその正解を
与えようとする姿勢こそが、生徒をお客様に
しているのかもしれないとも思います。
キャリアは語るものではなく、自らの生き方・
あり方で見せるものではないでしょうか。

「お客さまから脱却する」。生徒だけではなく、
実は教師にもあてはまることかもしれません。
ある先生は「Playerになる」という表現をされました。
生産者になるとはまさにPlayerになることです。
観客・評論家とは全く違う苦労がそこにはあり
ますが、得られるものもまったく違います。
時代も教育も大きく変わろうとしています。
今必要とされているのは、評論家やお客様と
しての教師ではなく、生産者・Playerとしての
教師ではないでしょうか。

モチベーションは人にしか持てない

「現代の魔法使い」と言われる落合陽一氏は
「これからの世界をつくる仲間たちへ」の中で、
これからの時代「魔法をかけられる人」になるか、
「魔法をかける人になるか」に大きな違いが
生まれると述べています。
これからの時代の変化を語るときに、AIという
単語が良く登場し、AIが人の雇用を奪うなどと
言われる時もあります。しかし人間が持っていて
コンピューターが持っていないもの、それは
「モチベーション」です。社会をどうしたいのか、
何を実現したいのかといったようなモチベーション
は常に人間の側にあります。これからの学校は
ここに可能性を見いだせるのではないでしょうか。


最後に本校の挑戦を紹介します。
「立命館宇治は2018年4月から大きく変わります」。
本校がつい先日作成したリーフレットの表紙です。
2018年からのカリキュラム改訂、ポイントの
1つ目は「コア」科目の設定です。
高校3年間合計5単位程度で実施予定で、
キャリア・課題研究・主体的学びを組み合わせた
ものです。キャリア意識を高めるのはもちろん、
大学以降でも通用する「学びのスタイル」を身に
つけることをねらいとしています。一番大事に
したいのは生徒を生産者にすることです。
「コア」科目は、CSL(キャリア教育授業)や
課題研究として、本校で従来実践してきたもの
を土台としつつ、バカロレアのTOK、CASの
モデルも参考にしたものです。
ポイントは生徒たちが生産者として社会課題を
自分事として課題研究を仕上げ、それを社会に
向けて発信できるかどうかです。
一私学としての挑戦で、形になるのはこれから
ですが、少しでもいいものを産み出そうと
これから学校として挑戦します。

今から55年以上前に、第35代アメリカ合衆国
大統領のジョン・F・ケネディーは就任演説で、
「国があなたのために何をしてくれるかではなく、
あなたが国のために何ができるかを考えようでは
ありませんか」と言い、さらに「私たちは、今まで
になかったものを夢見る人々を必要としている」
とも訴えています。日本が高度成長期に入る時期
にされたこの演説、今こそ重要な指摘であるように
思えてなりません。高度経済成長を達成した日本
ですが、もしかしたらその時のパラダイムを今も
引きずっているのかもしれません。
今こそパラダイムシフトが必要な時期に思えてなりません。


「見たい景色がある」。
おそらく、明治維新の後や第二次世界大戦の
終了後の変化の激しさは今からは想像もつかない
ほど大きなものだったでしょう。しかし先人たちは
そこを力強く生き、よい社会を創ってきました。
その原動力は見たい景色があったことに
他ならないように思います。見たい景色に向けて
一歩ずつ進んだ結果が今残っているものなのでしょう。

見たい景色はなんですか?
今だからこそこの問いがもっとも大切なのかもしれません。

自分自身、学校で見たい景色を大切に、
これからも実践していこうと思います。

記事は今回が最終回になります。
お読みいただきありがとうございました。
学びの場.comでは途中休みを挟みながらも、
長期間書かせていただきました。
いろんな方からの原稿への感想などをいただき、
ここまで書き続けることができました。 
今回を区切りに少しお休みしたいと思っています。
長い間ありがとうございました。
読んでくださった方とまた色々な場所でお会い
できるのを楽しみにしています。

酒井 淳平(さかい じゅんぺい)

立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任)
文科省から研究開発学校とWWLの指定を受けて、探究のカリキュラム作りに取り組んでいます。
キャリア教育と探究を核にしたカリキュラム作りに挑戦中です。

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