2023.02.17
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伝統野菜スイゼンジナを教材としたSDGsについての学び 【食とSDGs】[小学校4、5年、中学校3年・総合的な学習の時間]

食育は家庭科や総合的な学習の時間だけが受け持つものではありません。理科、社会科などどの教科でもアイデア次第で楽しく展開できます。教材開発のノウハウや子ども達の興味・関心を高めながら、望ましい食生活習慣を育てていく授業作りのヒントを、武庫川女子大学・藤本勇二先生主宰、食で授業をつくる会「食育実践研究会」がご紹介します。第193回目の単元は「伝統野菜スイゼンジナを教材としたSDGsについての学び」です。石川県では「金時草」、沖縄県では「ハンダマ」とよばれる「水前寺菜」を教材に、県を超えて3校が交流し、学びあった様子を熊本市立西原中学校の栄養教諭・松岡珠美先生が伝えます。

授業情報

テーマ:食とSDGs
教科:総合的な学習の時間
学年:小学校4・5年、中学校3年

沖縄・石川・熊本オンライン3県交流発表会

「私たちの住む熊本県では水前寺菜という呼び名で親しまれています」

画面向こうの沖縄県伊良部島小学校4年生と石川県安宅小学校5年生に伝統野菜水前寺菜について紹介するのは、熊本市立西原中学校の3年生です。

西原中学校3年生は、総合的な学習の時間に伝統野菜である水前寺菜について探究学習を進めてきました。どのような経緯があって、この交流発表会が実現できたのでしょうか。

きっかけは栄養教諭の交流から

令和3年12月。武庫川女子大の藤本先生から「伝統野菜とSDGs」について、同じスイゼンジナ(学名)を地域の伝統野菜として大切にしている沖縄県、石川県、熊本県の栄養教諭が引き合わされました。場所はSNSの一つである「LINE」。このLINE上のやり取りで、沖縄県伊良部島小学校・栄養教諭の宜保律子先生、石川県安宅小学校・栄養教諭の壽時尚子先生とお互いの地域でのスイゼンジナについての情報交換が始まりました。

スイゼンジナは、石川県では「金時草」、沖縄県では「ハンダマ」と呼ばれているキク科の多年草で、葉の裏が紫色なのが特徴です。

情報交換をしているうちに、水前寺菜が探究学習に適している教材ではないかと考えるようになりました。そもそも探究学習の教材として成立させるには、子どもたちの興味関心が高まり、調べたくなるような素材がベターです。その点、水前寺菜は地域の伝統野菜として認定されているにも関わらず、地元では認知度が低く、食べたことがない生徒がほとんどであり、いわゆる「謎に包まれた野菜」でした。「これは探究学習にもってこいの教材になりうる。」

しかし、栄養教諭が「おもしろい」と思った素材であっても、扱ってもらう学年部の先生たちが納得しなければ、プロジェクトは進みません。
そこで、興味関心が高まりそうなエピソードを集め、総合的な学習の時間に扱ってもらえるよう、教材のプロモーション活動から始めました。

学年主任に説明した時の資料の一部

令和3年度 スイゼンジナプロジェクト始動

前年度3学期には、3校とも総合的な学習の時間で取り扱うという計画が確定し、実施の方向で準備が始まりました。

栄養教諭が関わる総合的な学習の時間として、学校給食で実際に食べることができ、献立からの交流が可能になるという「生きた教材」としての献立の活用が最大の魅力です。しかしながら、自治体の標準献立があるために、なかなか学校単独の献立を実施できないという課題がありました。そこで、前年度から単元計画を基に教育委員会に説明し、独自の献立を実施させてもらえるよう準備を行いました。

単元計画の詳細は、学年部の主任と総合担当で作成され、校内研究推進委員会で承認されて実施という形で本プロジェクトが進みました。宜保先生、壽時先生にも、プロジェクトの推進の様子は連絡し、相互に確認しながら進みました。

探究学習①課題の設定 地域で学ぼうSDGs「水前寺菜って何だろう」

西原中3年生の探究学習のスタートは、SDGsの視点で地域を見直すことから始まりました。
10年後の生活を考える中で、
「変わりゆく社会の中で、残さないといけないものもあるのではないだろうか」
という問いが生まれ、問いから探究学習の核となる課題の設定を行いました。

探究学習②情報の収集「水前寺菜について調べよう」

今までに水前寺菜を食べたことがないと答えた生徒がほとんどで、栄養価も味も全くわからない状態で探究学習が始まりました。インターネットなどを活用し、栽培方法や料理方法などを調べ、水前寺菜の魅力に迫っていきました。しかしながら、水前寺菜はもともと普及していない野菜であり、情報も限られていました。そこで、「だれか詳しい人に水前寺菜について聞いてみたい」という生徒が思うような意図的な仕掛けをつくり、生産者が来校しインタビューができるという機会を設定しました。

来校していただいたのは、御船町の生産農家の德永さんです。德永さんとは事前に栄養教諭が打ち合わせを行い、4月に圃場を視察させていただいていました。インタビュー会当日は、栽培環境が大切であることや、伝統野菜を継承していくことの難しさについても語っていただきました。

また、6月から収穫時期を迎える水前寺菜を学校給食献立の中でも活用できる季節になったことに伴い、給食献立で紹介し、実際に食べて味わうことを全員で体験しました。

初めて食べた生徒も多く「おいしかった」「想像していた味と違った」という声を聞くことができ、食べた感想を調べた情報に加えてまとめようとする姿が見られました。

探究学習③整理・分析「表現方法に分かれてグループ発表会を開こう」

水前寺菜について調べたことを(1)プレゼンテーション(2)PR動画(3)献立紹介(4)店舗用POP作成の4つの表現方法別に分かれて、4,5人の小グループでまとめていきました。この時点で、それぞれの表現方法別のグループ発表会で最優秀賞をとったクループが、3県交流会での発表を行うことができるということを生徒たちに知らされました。

発表内容をまとめる中で、栄養教諭も授業に参画し、特に給食献立に採用することになる献立作成班の活動にはアドバイザーとしての役割でも参画しました。

「自分たちがまとめた内容が最優秀グループとして選出されると沖縄と石川両県の小学生に発信できる機会が与えられる」とあって、各グループまとめ作業に力が入ります。

こうして、グループ発表会が行われ、各グループの最優秀賞が選ばれ、3県オンライン交流発表会での発表グループが決定しました。

探究学習④まとめ・表現「私たちにできるSDGs~水前寺菜のことを発信しよう」

3県オンライン交流発表会に先立って、6月21日に3校の関係職員と藤本先生を交えて、オンライン打ち合わせ会が行われました。この打ち合わせ会では、オンラインの接続確認だけでなく、各学校の学習の進捗状況を報告し、発表会におけるそれぞれの目標や今後の学習にどのようにつなげていくのかを確認しました。

オンライン交流会では、本校の発表から始まり、続けて石川県安宅小学校、沖縄県伊良部島小学校が発表しました。両小学校については、この交流会を情報の収集の過程とし、中学生の発表からさらに学ぶ機会となったようです。

質問コーナーでは、発表内容に対して質問し、意見の交流を行うことができました。熊本県の水前寺菜の情報だけでは知らなかったこともあったようで、交流を通じた知見の広がりの大切さを確認する機会になりました。

「エージェンシー」

3県オンライン交流発表会に参観していただいた藤本先生から、発表会のまとめの中で、発表が素晴らしかったというお褒めの言葉と「エージェンシー」という言葉をいただきました。
エージェンシーとは、OECDが2019年に「ラーニングコンパス(学びの羅針盤)」で育成したい力として示した言葉です。
「変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任をもって行動する能力」と定義されています。
本校3年生にはインターネットから引用した言葉だけでなく、自分たちが見て聞いて感じたことについて、責任をもって言葉として発していくことが大切だと話していただき、情報を発信しただけにとどまらず、今後の学びへの指針を持つ機会となりました。

学びの最終章 「西原中学校のみんなに知らせよう」

特別支援学級では、自立活動の中で水前寺菜の栽培を行い、夏に収穫し、各家庭で調理などの実践に取り組みました。
その様子は、ポスター発表の形で活動報告を行いました。

9月には、献立作成でグループ発表を行った優秀賞の献立2つに加えて、7月にオンライン交流を行った石川県の「金時草料理」と沖縄県の「ハンダマ料理」を給食献立に登場させ、全校で味わう機会を作りました。献立を考案したメンバーの一人は、「全部とてもおいしかったです。給食で西原中のみんなに食べてもらい、水前寺菜の良さについて知ってもらう機会となったことが嬉しかった。」と話していました。また、献立班ではない3年生に食べた感想を聞いたところ、「同じ3年生が作った献立を食べることができてうれしかったし、しかもおいしかった。自分たちが調べてきた水前寺菜をこういう形でみんなに知ってもらえて、誇らしく思えました。」と話してくれました。給食で食べる日は、PR動画作成班の優秀作品を給食の時間に全校で視聴し、水前寺菜についての理解を深めることができました。

10月。西原文化の日(文化発表会)では、夏休みにさらに考察した「地域でできるSDGs」についての内容を加え、1、2年生に向けた発表を行いました。

まとめ

今回の学習を振り返り、「水前寺菜を大切にしたいと思うか(4件法)」という問いに、98.4%の3年生が「とてもそう思う」「少しそう思う」と回答しました。

その理由については次のような回答がありました。

・伝統的な文化に終わりがないようにするため

・生産者が少ないなか美味しい水前寺菜は熊本の伝統野菜としてずっと残るべきと思ったから

・熊本の魅力の一つであると思うから。

・伝統的な水前寺菜を絶やしてはいけないから。

・水前寺菜は熊本の重要な地域野菜なので、無くなると重要文化を失うから

・水前寺菜について最初はあまりわからなかったけど、水前寺菜の学習を通してたくさんのことが知れて自分達もたくさんの郷土料理を知り広めて、野菜を残すということが大事だと思った。

守り継いでいきたい地域の伝統野菜について、環境や産業などの諸課題と総合的な視点で捉えて学習することは、持続可能な社会の創り手を育成するために有効な学びであると考え、この探究学習を進めてきました。

地域のSDGsについて地域の伝統野菜である水前寺菜から考えた本校3年生が「伝統野菜を食べて、受け継いでいきたい」と感じたその思いを、社会の中で実現していけるように、この学びを持続し、広げるという役割の中で栄養教諭として貢献していきたいと思っています。

授業の展開例

〇地域の伝統野菜に関わる人やその取組を調べてみましょう。SDGsのどんなゴールに結びつくかを話し合ってみましょう。

松岡珠美

熊本市立西原中学校 栄養教諭 
食文化を大切にする生徒を育む食に関する指導に加え、ICTを活用した効果的な食に関する指導、学校全職員で行う生徒指導や道徳教育を踏まえた給食指導について、評価のあり方を含めて研究に取り組んでいる。

藤本勇二(ふじもと ゆうじ)

武庫川女子大学教育学部 教授。小学校教諭として地域の人に学ぶ食育を実践。文部科学省「食に関する指導の手引き」作成委員、「今後の学校における食育の在り方に関する有識者会議」委員。「食と農の応援団」団員。環境カウンセラー(環境省)。2010年4月より武庫川女子大学文学部教育学科専任講師。主な著書は『学びを深める 食育ハンドブック』(学研)、『ワークショップでつくる-食の授業アイデア集-』(全国学校給食協会)など。問題解決とワークショップをもとにした食育の実践研究に取り組む「食育実践研究会」代表。'12年4月より本コーナーにて実践事例を研究会のメンバーが順次提案する。

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