2007.12.04
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『SMILE~聖夜の奇跡~』 最下位の成績に奇跡を起こすには?

今回は、少年ホッケーチームに起きる"奇跡"の物語『SMILE~聖夜の奇跡~』です。

一味違う“ダメ人間がんばれ”映画

この『SMILE~聖夜の奇跡~』は、とある少年ホッケーチームの物語が軸になった作品だ。ま、簡単に言えば弱小チームが懸命に奮闘して強くなっていくというもの。『がんばれ! ベアーズ』を代表とする“ダメ人間がんばれ”映画というわけだ。
 だがこの映画が他の“ダメ人間がんばれ”映画と少し違うのは、実話を元にしているところ、さらにそのテーマだけで物語を収めていないところにあるのではないだろうか。
まず簡単に物語を説明しておこう。
 東京でプロのタップダンサーとして頑張ろうとしていた修平(森山未來)は、膝を故障したために自分の夢をあきらめ、遠距離恋愛している静華(加藤ローサ)のいる北海道へとやってくる。二番目の夢である教師になり、静華と結婚したいと考えたからだ。しかし静華の父親から出された条件は、オーナーを務める少年アイスホッケーチーム“スマイラーズ”を勝利に導くということ。実は静華は少しでも修平を父親に認めてもらいたいがために、彼が元アイスホッケーの選手だと嘘をついていたのだ。かくしてスケートもまともに滑れない修平が、ホッケーチームのコーチを務めることに。そこから物語は進んでいく。

 実は、本当にホッケー未経験ながらも、北海道一のアイスホッケーチームを作りあげたという監督がいる。その監督の話をベースにして脚本は練り込まれていったのだそう。そのため、素人コーチが弱小チームを強くしていく過程に、観ていて違和感がない。

 具体的に挙げると、修平が少年たちに教えていくのは技術ではなく、その子たちの性格を理解した上での作戦。あえてダメそうな子をキーパーにすることで、「ゴール前をあいつだけに守らせることは不可能だ」と、チームメイトの危機感を煽り、チームの守りを固めていく。また、すぐにカッとなり、つい相手のチームとケンカ調子になってしまう少年には、罵声を発しないように口にガムテープを張ってから試合に送り込む。

 そういうちょっとした子どもの心理を読んで指導することで、結果として子どもたちには「やればできる」という自信を与え、最終的には弱小チームから脱却させていくのだ。勝利から縁遠かった彼らが勝利に近づいていく姿は、まさに奇跡的。だが、この奇跡は偶然に起こったわけではない。少年たちが自分の手で奇跡を起こしていくのである。

奇跡は“起きる”ものではなく“起こす”もの

そこでこの映画の二つ目のテーマが見えてくる。それが文字通り“奇跡とは何か”だ。
 このチームに所属する子どもたちは、それぞれがいろいろな問題を抱えている。例えば両親が離婚し、母親が家を出ていってしまったという少年・田島拓也。ずっと補欠だった彼が、修平の采配から選手として出場することになり、彼自身もホッケーへの情熱に火がつき、その火が彼自身を大きく動かしていく。北海道内のローカル番組が、ガンガン勝ち進む“スマイラーズ”を取材した時、なんと拓也はテレビカメラの前で母親に向かって「試合を観にきてほしい!」と叫ぶ。これがずっと連絡も取れなかった母親との再会という感動の奇跡を呼ぶことになるのだ。
チームに途中から参加する元相撲部員の十文字一郎太という少年は、チームの紅一点で、性格もホッケーも男まさりに強い林崎千夏を好きになる。一方、千夏は千夏で好きな男子・猪谷昌也がいるが、生来の気性の荒さから昌也にはまったく相手にされず落ち込み気味。だが十文字の熱烈な“好き”コールで、女の子としての自信を取り戻すという奇跡を生む。

 そもそも千夏がホッケーに参加したきっかけは、昌也が自分を見てくれないイライラから昌也を殴ってしまい、病院送りになった昌也の穴埋めをするためだった。十文字も相撲で負けたことが原因でホッケーに転向した少年。どちらもホッケーとは関係ない生活をしていたのに、ホッケーに関わったことから、結果的に自分にとって大事なものを手に入れることになるのだ。

 他にもちょっとしたものから大きなものまでいろいろな奇跡が起こるが、すべてホッケーに真剣に取り組んでいたからこそ起こるものばかり。つまり“奇跡は起きる”ものではなく“奇跡は起こす”ものであるということが、この映画を観ていると伝わってくる。それは逆に言えば、どんなに才能があろうとも頑張っていない人には“奇跡”は起きないということ、夢を得たいなら本気で努力することが大切であるということなのだ。

 考えてみれば、成功を手にする人で“棚からボタ餅”的な成功をする人は確かに少ない。どんなに有名なサッカー選手でも最初から軽妙にドリブルができる人はいない。何度も練習し、何度もボールに触れることで次第にうまくなっていくもの。それまでにどんな人だって一度や二度は自分の体が思うように動かないことにイライラしたこともあっただろう。問題はそこでやめてしまうか否か。やめてしまえば才能があった人でも当然のことながらそこで何もかも終わってしまう。案外、人間はそんな風に最後まで努力できないことで、自分の才能をドブに捨てている者が多いのではないだろうか。反対に、最後まで諦めずに頑張れば、自分の道を輝かせることにつながるはずだ。

制作現場にもさまざまな奇跡を起こした作品

私には高校の英語の講師をしている友人がいる。彼女は中学生の頃から英語がズバ抜けてでき、アホウな私などは彼女からずいぶんと英語を教えてもらったものだ。当時「なぜそんなに英語ができるのか」と聞いてみたところ、「英語の勉強が本当に楽しくて、何時間でも英語の勉強をしている」と、彼女はしれっと答えた。“好きこそものの上手なれ”とはよく言ったもので、かくして彼女は後に大手企業の英語をバリバリに使う部署に配属されて働き、結婚&退職し、子育てが一段落したところで英語講師として再び“働く主婦”となった。私はそんな彼女を心から尊敬している。語学の才能を彼女がキチンと活かしきって生きているからだ。
そういう意味では私は父も尊敬している。私の父はアコーディオン奏者の横森良造というが、実は彼はアコーディオンを誰にも習っていない。幼い頃、父親(私の祖父)からもらったオモチャのアコーディオンを弾こうと悪戦苦闘し、独学でその弾き方を覚えた。譜面の読み方も独学で習得。だがそのおかげで「アコーディオンの天才少年がいる!」といわれるようになり、十代からお祭りなどで演奏の仕事をして稼ぐようになっていったという。
 テレビの仕事が増えてきてからは、今度は誰よりも早くスタジオに行き、スタジオでピアノを練習。ピアノまで弾きこなせるようになってしまった。おかげで伝説の番組『スター誕生!』などにも関わるようになり(何百人もの予選をひとりでピアノ演奏していた)、私達家族はそんな父の演奏業で食べて暮らしてきたのである。

 一方、奇跡を信じて頑張ってもどうにもならない現実があるということも、この映画は伝えてくれる。ネタバレになるので詳しくは書けないが、本作の監督である陣内孝則自身が青春を共にしたバンドメンバーを若くして亡くすなど、いろいろと辛い体験を経てきたことがその背景にはある。
 努力を重ねても変えられない現実もある。しかし、だからと言って夢を諦めたり途中で投げ出したりしまっては何も手に入れられないということを、本作はしっかりと描いているのだ。それは、頑張って試合を勝ち進む子どもたちの姿を見て、修平自身「怪我をしてドクターストップがかかっても、自分はやはりタップを諦めるべきではなかったかもしれない」と、反省するくだりによく表れている。

 ところで、本作は制作段階からさまざまな奇跡を起こしてきたようだ。少年アイスホッケーチームのメンバーを演じた子どもたちは、実はアイスホッケーを実際にやっていた子どもたちである。つまり子役ではなく、演技はズブの素人。アイスホッケーシーンを本人たちにやらせたいがために、アイスホッケーができるか否かを基準にキャスティングしたのだそう。が、実際芝居はできず、陣内監督は呆然としたという。監督いわく「泥舟に乗ったような気持ち」だったというから、よっぽどの出来だったのだろう。もちろん映画を観ている限り、そんなダメ役者っぷりは微塵も感じさせないが。

 しかし、それは監督が子どもたちにかかりっきりになって演出をしたおかげではないかと思う。考えてみれば陣内監督だって役者としての歴はたくさんあっても、映画監督としてはこれで2本目だ。そんな彼が懸命に現場を引っ張って、――決して“上手”と言える作品ではないけれど――、ここまでハートにズシンとくる作品を撮りあげたというのも、大きな奇跡の一つだと言えるかもしれない。そんな奇跡が起きたのも、陣内監督の“監督業”に対する努力があったからこそ……といえるのではないだろうか。
Movie Data
監督・原作・脚本:陣内孝則
脚本:金子茂樹
出演:森山未來、加藤ローサ、田中好子、谷啓、坂口憲ニ、高樹沙耶、森久美子、松重豊、モロ師岡、RIKIYA、佐藤二朗、原田夏希、岡本杏理ほか
(c)2007 フジテレビジョン/日本映画衛星放送/東宝/電通
Story
アイスホッケーの経験なぞ皆無なのに、弱小少年アイスホッケーチーム“スマイラーズ”のコーチになってしまった修平。一方、その“スマイラーズ”のメンバーで、両親を失ってから笑顔もなくした昌也。だが東京からやってきたフィギュアの少女・礼奈と少しずつ恋心を募らせていく中で、次第に笑顔を取り戻していく……。

構成・文:横森文

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(c)2007 Sony Pictures Animation Inc.All Rights Reserved

文:横森文  ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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