『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』 主体的に思考することの大切さを描く教育実話
映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうし た上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、様々な人種が集まる落ちこぼれクラスを、歴史教師の担任がまとめていく実話 『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』です。
多様な人種が在籍するフランスの公立高校。宗教、文化、思想、家庭環境すべて違う生徒達
舞台となるのは、フランスの貧困層が暮らすパリ郊外にあるレオン・ブルム高校。フランスと言うと、多くの人のイメージは「花の都パリ」とか、アートに関心を持つ国民が多いとか、エスプリの効いた会話が飛び交うとか、そんなイメージではないかと思う。かくいう私もそういうイメージを抱いていた。
以前、パリに2週間ちょっと仕事で滞在させていただいたことがあるのだが、そこで見聞きしたのは、イメージとは違うものだった。
まずフランスは驚くほど多民族が住んでいる。アフリカ大陸や中東も近いし、アジア系の移民も多い。街にはそれこそ様々な人種があふれており、だからこそ、それに伴ういざこざも多いと聞いた。軽犯罪も多く、スリなどは頻繁。一緒に仕事で行った人達の中で3名が地下鉄内で鞄をナイフで切られ、財布を持ち去られた。中には、カフェのテーブルに置いておいた携帯電話を盗まれた者もいた。それらは大抵ジプシーか、移民が起こすとも説明された。移民の多くは貧困層だとも言われた。実際、美術館などに行くと多くは裕福な観光客、あるいは貧困層ではないフランス人が来ているという感じで、別にフランス人=アート好きでもなければ、エスプリの効いた会話が飛び交う訳ではないことに気づいた。まるで歌舞伎町を思わせるような色欲の街も見た。そういう所は様々な人種がごった返していたのが印象深い。福祉制度がしっかりしているせいか、失業手当で暮らす人も多いとも聞いた。「働かない人が多い」と向こうで出会ったフランス人は嘆いていた。とにかく人種のるつぼ感は、ニューヨークなんかよりも圧倒的だと感じた。
この映画の冒頭もそんな人種の多様さを感じさせる強烈なシーンからスタートする。レオン・ブルム高校に在籍していたイスラム教の生徒達が、卒業証明書を取りにくるが、宗教的な理由からスカーフを巻いてきたために問題が巻き起こるのだ。フランスの公立高校では政教分離の目的のために、政治的・宗教的な印となる服装を学校内ですることを禁止している。だからスカーフを学校内でつけるなら証明書は渡せないと教師が言い張るのだ。生徒達は卒業までは学校のルールに従ってきたのだから構わないだろうと主張するが、教師はガンとして学校に入る以上はルールはルールだと譲らない。生徒達も宗教の自由を無視するのかと噛みつく。凄まじいまでの言い合い。これは恐らくフランスではよく見かける光景であり、「自由、平等、博愛」を国として提唱しつつも、実際はそうではないことを示す一例なのだろう。
こういったやりとりは、映画の中でもしばしば登場する。突然イスラム教に改宗して自分の名前は違うと言い始める生徒、長いスカートを履いている生徒を停学にしてほしいと訴えるPTAと「必ずしも宗教上の理由だけとは限らない」とそれを拒絶する校長とのやりとり、ユダヤ人だという理由だけで郵便ポストに悪口を書かれ、美術史の授業である絵の中でモハメッドが罪人として地獄に落とされているという説明に、抗議するためボイコットしようとする生徒……。なるほど、これだけ人種がいれば、宗教はもちろんだが家庭環境も文化も、考え方も違うのが当たり前。日常茶飯時で、様々な問題が起きるだろう。そんな中で生徒に同じように教育を施すことがいかに難しいかは、観ているだけで想像がつく。
実際、移民によってはうまくフランス社会に順応できない場合も多い。それが結局は子ども達の落ちこぼれを作る原因にもなっているという。資料によれば、移民はバカロレア(大学入学資格試験)に合格することが難しく、これがその後の移民の失業率の高さにも繋がり、社会的不安にも繋がってしまうそうだ。
自ら調べ、意見を深め、まとめていくことで、学ぶ楽しさを知っていく
この作品で核を成す高校1年生の生徒達も、ほとんどはそういった移民の子ども達であり、全員が 貧困層かつ落ちこぼれである。生徒達のほとんどは落ち着きがなく、教師や学校をなめまくっている。何かと言えば教師に口答えし、時には授業を妨害するよう な行為までする。教師生活20年目で、教えることに未だに情熱を持ち続ける女教師でこの落ちこぼれクラスの担任アンヌ・ゲゲンも、さすがにどうしたものか と思案を重ねる状況。
そんなゲゲン先生が、ある日、生徒達に提案したのは「レジスタンスと 強制収容所についての全国コンクール」(1961年に当時の教育相によって創設されたもの。人権と民主主義の原則に関わる価値を継承し、中学生及び高校生 にその正当性と近代性を評価させる目的を持つ)への参加だった。ナチスのユダヤ人迫害、アウシュビッツなどについて調べて、自分達の意見を深め、まとめて いくというものだ。だが最初から自分達には無理だと諦めがちな生徒達。それでも自分達が本当に関心のあること、例えばコミックやアンネの日記、スピルバー グ監督作『シンドラーのリスト』などを足がかりに、少しずつ少しずつ様々なことを調べて自分なりの意見を紡ぎあげていくようになっていく。
そんな生徒達の態度の変化と、勉強する本当の目的、学ぶ楽しさを知って輝きを増していく若者達の姿を活写していく。
すごいのはこれが真実の話であることだ。
実際に起きた話であるから、どうしても最後まで馴染めず、参加しな かった生徒の姿も正直に描き出しているし、ゲゲン先生自身がそんな生徒達にウンザリしてしまう様子もしっかりと描かれている。教育現場には決して楽な道な どないことが伝わってくる。一方、諦めずに地道に努力を続けることで、次第に生徒達が伸びてくることも、本作では痛感させてくれるのだ。
そして生徒達は、ナチスの行為について色々調べていく中で、差別から 起きたこの世紀の残虐行為を学び、人それぞれがこの問題を考えることの大切さを知っていく。個人個人が面倒臭がらずにしっかり問題をとらえない限り、多民 族国家ではどうしたって日常的に差別は起こり易く、衝突も起こりがちである。理想的な平和で争いのない世の中を作るには、そうした一人一人が過去から学ぶ ことが大事であることを、この映画は訴えているのだ。歴史を学ぶ意味はまさにそこにあるということを、痛感させてくれる作品なのである。
またこの映画ではフランスならではのリベラルな教育方法も観てとれる。それは、この落ちこぼれ クラスのことについての話し合いで、校長、教師、PTAが集まる中、クラスの代表として二人の生徒もそこに参加しているということ。日本では多くの場合、 大人達のみで解決してしまうが、そこに当事者達も加える所が素晴らしい。そして、問題点を挙げた後に生徒達にも意見を求める。それについてクラス代表の彼 らは、自分達のクラスに問題があることを認めた上で、反論すべきことはしっかり反論する。例えば、遅刻や欠席を問題視された生徒について、代表の生徒が 「その生徒は親が入院していて」と説明する。が、ここが面白いのだが、教師も教師で「誰でもそういう言い訳はします」と反論してくるのだ。そういった本音 がしっかりぶつかりあう現場がすごい。こういった話し合いに生徒を参加させるのは、生徒自身に危機意識を持たせ、そこから考える機会を与えることになり、 良いことではないだろうか。
またゲゲン先生は、さんざん生徒達にアウシュビッツに関することを研 究させた上で生徒達を連れてアウシュビッツについて書かれた記念館のような場所に行く。またアウシュビッツから生還した人を呼び、話を聞かせたりする。何 も知識もなく見に行ったら、例え衝撃的な写真や資料を読んでも、生徒は「怖い」とか「やばい」程度しか思わなかっただろう。だが知識をかなり詰め込んだ後 で興味を持って見れば、それは知識として乾いたスポンジが水を吸うように吸収されていく。生徒の興味をうまく引き出していくことで、本当に知りたいという 欲求が生まれてくれば、それは学ぶことに繋がっていくのだ。そういえば、筆者は昔、修学旅行で京都・奈良に行った時、様々な寺や仏像を見学したが、記憶に 薄い。もし自分達で色々研究してから見に行ったら、もっと楽しく見て回れただろう。そんなこともふと考えさせられた。
差別は人間が起こすもの。考え方一つで変わる。その考え方一つで変わ るのは、すべてにおいて通じることだ。考え方一つで、子ども達は素敵な未来を紡ぐこともできるし、最悪な未来に繋がる可能性だってある。考察を深めること の大切さを訴える本作は、是非生徒ともわかちあって観ていただきたい傑作だ。
- Movie Data
- 監督:マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール/脚本:アハメッド・ドゥラメ、マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール/出演:アリアンヌ・アスカリッド、アハメッド・ドゥラメ、ノエミ・メルラン、ジュヌヴィエーヴ・ムニシュ、ステファン・バック
(C)2014 LOMA NASHA FILMS - VENDREDI FILM - TF1 DROITS AUDIOVISUELS - UGC IMAGES -FRANCE 2 CINĒMA - ORANGE STUDIO
- Story
- 様々な人種が集まる落ちこぼれクラスの担任となった歴史教師アンヌ・ゲゲン。情熱的な彼女は歴史の裏に隠された真実、立場による物事の見え方の違い、学ぶ ことの楽しさについて教えようとする。が、生徒達は相変わらず問題を起こすばかり。そこでゲゲンは皆であるコンクールに出場しようと提案する。
文:横森文
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(C)2016 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。
横森 文(よこもり あや)
映画ライター&役者
中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。
2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。